7ー桜舞い散るー
用意してもらったお茶に入っている氷がカランと鳴る。
「影二君の言いたいことはわかった。だがねぇ、それは到底容認できるわけはないよね。」
僕の父もその言葉に対応してうんうんと頷いている。僕もそんなことはわかっている。
「第一桜奈がどう思っているかが一番大事じゃないのか?桜奈、お前はどうしたい?」
「お父さん。私は影くんと一緒に過ごしたいと思うから提案に乗りたい。影くんが教えてくれなければ私は急に死んでた。だからこそ影くんと一緒にいたい」
「駄目だ。お前はまだわかっていない。それに死ぬとわかっているなら俺だってお前との時間をこれから作りたいんだよ!な!わかってくれよ…………」
白熱する僕を含めた三人の話はどこまでも際限なく膨れ上がり蒸し暑ささえ感じさせる。桜奈の父の言うことはド正論なので押し込まれそうになるのも要因の一つだろう。そこで話を聞き一辺倒としていた男が動いた。
ガラガラガラ……
その男は扉の反対側にある窓を全開で開けた。
「三人とも少し落ち着こう。大事な話だからこそ冷静に話そう」
「すいません。たしかに娘の話ということで熱くなりすぎてしまいました。」
「父さん、ありがとう。」
フュ————
開けた窓から吹き込む風は強い。入ってきたそよ風は花瓶に飾られているサンザシの花びらを誘っていた。
「……あ。」
ぼそっと桜奈のお父さんが言った。
「山城さんどうされたんです?」
「何、大したことではないですよ。この散った一枚の花びらを見てたらふと思い出してしまって、娘の名づけのことを」
「私の名づけ?聞いたことないよ」
「そりゃあ言ってないからな」
「教えてもらえませんか?桜奈の同級生として、彼氏として」
桜奈の父は顔をゆがませてから語り始めた。
「別にいいけども大した話じゃないよ。
今でも覚えてるよ。7:30を過ぎたころに強いけど優しい風が吹いたんだよ。その時に私たちの目にはたった一枚の桜が飛び込んできて『桜!』と二人で声を合わせて声に出したんだよ。この後は二人で大笑いしたよ、こんな偶然があるもんかとね。それで桜と共通部分から【桜奈】という名前にしたんだよ」
桜奈のお父さんの話し声は人の親のそれだが、話し方は僕から見ても子供っぽく無邪気であった。
「さっきの話だが私は許可するよ。影二君ごめんね。ただ出発するのは正午を回ってからにしてもらえないかな、母さんとも話して三人の最期の時間を過ごしたいんだ」
桜奈のお父さんの目にはうっすらと涙があった。逆にここまで泣かなかったのがすごいとも言える。
「話していたら色々と思い出したよ。高校は入ってすぐの時に帰ってきたら「お父さん、学校にすごい人がいた!」と言ってたりしたこととか……」
「ちょっと、お父さんやめて!」
僕は反射的に桜奈の方を見て、すぐさまもう一度桜奈のお父さんの方を向く。
「許可ありがとうございます。父さん、いいかな?」
「おめぇがどんな決断を下したとしても、それを自分で決めたならそれでいいじゃねぇか。好きにやれ」
いつも通りの返答で安心した。
桜奈親子が部屋を出た後に花瓶に水を入れると僕も社長室を後にした。
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