6ー1週間桜奈をくださいー
—2020年11月2日8:20—
エレベータ扉を出ると7階に一室だけある大きな部屋の洋風扉が目の前にある。
キュ、キィィィ———
大きな音をたててそのアメリカサイズの扉が開く。中には影二の父ともう一人誰かがいる。
「お父さん、何でいるの?」
室内にいたのは桜奈の父親であった。手前にある背の低い机を挟むようにソファーが置いてあり、その二つのソファーに向かい合うように座っている。影二らを確認すると幻郎はもう一方の側に机上のコーヒーを動かしながら移動した。
「ちょうど影二君のお父さんの会社に取引に来ていてね、そしたら渉社長に二人が学校に行かずに来ているから一緒に話を聞かないかと言われたもんでね」
話しながら座りなさいと言わんばかりに腕を右から左に動かすジェスチャーをしている。その動きに合わせるように影二から奥に背負っていたリュックを置いて座り、それぞれの父親が正面になるようにした。
「さて、私たちは時間がないんで手短に話してもらえるかな渉(・)君(・)。こういう奇行はどうせお前だろ?桜奈ちゃんがこういうことをするとは思えないからな」
驚いた顔をする桜奈。渋い顔をする影二。
「父さんはすごいね」
影二が大きく深呼吸をすると室内に流れる空気は重くなり、気温は3度ほど下がったようである。
「桜奈を含めた三人にはこれから僕が経験してきたことのすべてをお話ししようと思います。三人には到底信じられないことだと思いますが静かに冷静に話を聞いていただけたらなと思います。」
影二は話し出すとリュックからB5サイズの白紙とシャーペンを取り出して樹形図のようなものを書いて説明していた。
影二がタイムリープしていること、桜奈が必ず亡くなってしまうということ、それが既に15回を超えていることなど順を追って数多く話した。時間をかけてゆっくりと言い洩らしのないように心がけて言う様は到底嘘には見えない。
机の上にあるガラスの花瓶。水分はすべて蒸発し、カラカラの瓶の中には一輪ずつのスイートピーとサンザシだけがあった……。
影二が一通り話し終わると一息置いて次は桜奈の父が話し始めた。
「それで影二君は何がしたいんだい?こんなことを言ってただ経験を伝えたかっただけなんて面白いこと言わないよね?」
「さすがですね。」
影二は口をつぐむ。桜奈が亡くなること以上に伝えづらいことを言おうとしているのは目線からも明らかである。
「一週間桜奈さんを僕にもらえませんか?」
「おい、影二!お前、何を言ってるんだ!」
「渉さん、いいんです。影二君はここまで誰よりも桜奈のことを考えて動いてくれていたようですのでまずは話を聞きましょう」
「ありがとうございます。
僕は桜奈が現代には生きられないことを知っています。先ほど話したように前回のタイムリープでは救うことができたのですがそれでも現在は変えられなかったんです。正直言って絶望の底に落ちてもうリープするつもりはなかったんですが、そんな僕の気持ちを変えたのは過去の思い出でした」
「思い出っていうのはさっき言ってた白の書室で見た映像のこと?」
「そうだよ。あの流れていた思い出を見たときに枯れ果てた砂漠に水が注ぎこまれていくように僕の心を潤していってくれたんだ。そこでやっと気づいたんだ。自身のうちから溢れ出る本心で過ごした思い出がないんだってことにね。僕にとっても、桜奈にとってもね」
冷え切っている空間にゆっくりと流れる時間と響く声。ここまでの話を全て前座とするように一段と低い声で彼は改めて言う。
「お三方、桜奈と二人で一週間旅行させてください。」
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