5ー兄さんー
—2020年11月2日8:16—
僕らは父の会社、[excite parade]本社前にいる。
「ここまで来て言うのもあれだけど、ごめん。連れてきちゃってごめん。」
「大丈夫だよ。中に入ろうよ」
「ありがとう」
自動ドアがスイッと開いた。開いた扉をくぐり片足を社内に踏み入れた途端に僕の体は重くなった。押しつぶされそうな重圧になす術はなく潰されてしまいそうである。重力を吹き飛ばしたのは聞き覚えのある声だった。
「影二⁉お前何でここにいる?高校は?」
「影くん、あの人誰?」
「僕の兄さんだよ。父の付き人をやっているんだよ」
僕らは受付嬢の隣にいる兄の下へと近づいていった。
「お前、高校はどうした?」
「早退してきた。すまないが父さんと今からすぐに会えるようにしてくれないか?」
「なんでだよ!!父さんだって忙しいんだよ!!」
怒りながら笑ってそう言う兄の姿に心が落ち着く。考えてみればうちの家族は基本的に顔をそろえることはなく、十数回のタイムリープで一回も会うことはなかった。だから兄と会うことは久しぶりだ。もちろん父に会うのも久しぶりなのでどういう顔で話したらいいかわからないというのが本音であると今気づいた。
「こんな時だけ会いに来て悪いとは思っているよ。頼むよ、時間がないんだ」
「わかったよ、影二ついてこい。山城さんもおいで」
僕らは兄さんに連れられてエレベータに乗った。父のいる社長室は7階にある。
「山城さんであってるよね?影二が女の子連れてあついてるからさっきはそう呼んじゃったけど」
「初めまして、山城桜奈と言います。渉君とお付き合いさせていただいてます」
その挨拶に何を思ったのか僕の頭に腕を置いてきた兄さんはぺらぺらと僕のことを話す。
「影二はわがままでバカだから手を焼くでしょう。よくこいつと付き合おうと思いましたね。いずれにせよこれからも弟のことをよろしく頼むよ」
「こちらこそ渉君にはいろいろとお世話になっています。優しくとてもいい人ですよ」
今度は桜奈の言葉を聞いて兄さんは歌舞伎のように顔をゆがませながら僕を覗き込んできた。いい具合に顔に影ができて兄さんの目だけが光っているのがわかる。
「影二の彼女、こんなに素晴らしい
最後の一言は声を低くして言われたので音が耳に響く。
「余計なお世話だよ。兄さんたちもいるし手を出すつもりはねぇよ!」
僕は兄さんに反抗するようにそう言い返すと7階についた音がした。
ティン!
「話は通しておいたから行って」
兄さんは開けるボタンを押しながらエレベータ内に残ってそう言う。ずっと僕らと話していて父に連絡していた時間はないはずなのに既に話は通してあったみたいだ。こう見えても仕事ができるのがむかつくが今はとても感謝する。
だから僕は兄さんに何も言わず深々と頭を下げて感謝をしていた。
「父さんとの話、うまくいくといいね!」
下を向いているが兄さんの顔は笑っているのが僕にはわかった。兄さんと少しでも話せたことへの安堵なのか僕も笑っていた。
「ごめんね。さぁ、行こう!」
このときの僕は桜奈がトラックに轢かれたあの日からのどんな日より、タイムリープで戻った過去のどんな日より明るい顔で笑っていた。
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