3ー白の書室ー
—白の書室—
僕が何かに吸い込まれたと思ったらここは白の書室だ。今回は体が落ちるような感覚はない。
コツッコツッコツッ………
遠くの方から軽快な足音が聞こえる。それと同じように全身が黒色の靄で覆われた男とも女ともとれる背格好の人間が歩いて近づいてくる。
「山城桜奈は救えないよ」
モザイクがかかっているような芯のつかめない声で靄が放った第一声であった。
「死人が生き返ると思うか?」
「………」
「あったことをなかったことにできると本当に思っているのか?」
「わかってるよ、わかってる。でもかけられる望み希望をつないだっていいじゃないか。僕だって…、僕だって……」
靄の襟元をにぎって泣き崩れる。
「いや、君はわかっていない。わかっていないからこそ抗ってあきらめない。最善の選択肢を自分で作ってそれを選び、最良の選択肢から目を離そうとしている」
「俺はこれ以上ない選択をしている。何が……おかしいんだ」
そう言いとばすとカチッという音が鳴り体は落ちていく。それは感覚だけのことではなく実際に落っこちている。音と同時に真っ白だった世界は急に月夜が現れたように薄暗くなり、あの靄は世界に溶け込んでいった。この世界はプラネタリウムのようだ。
薄暗くなった世界で急に映画館のスクリーンのように大きな長方形で光りだす。一か所光ると呼応するように次々と光っていく、まるでそうするのが当たり前かのように。そのスクリーンは僕を円の中心とした円柱状の内部に上から下までびっちりと数百、数千枚光り輝いている。映し出された映像は高校時代の僕。しかもタイムリープしたときに起こった出来事。つまり映っているのは15回分の一週間の一瞬一瞬。映像に音声はないが音はいともたやすく聞こえてくる。
「ゆっっくりと聴くといい」
靄のやつ声でそれを言われると僕は見入った。見ていたのはわずか数分だろうか、はたまた数時間だろうか。すべての映像が流れ終わると僕はあの弓道場に落っこちていた。
「戻ってきたのか……。」
的を矢で射抜く音の波紋
早朝、雲を透ける陽に照らされた静かな森の中
ハスやアンモビウムの花が咲き並ぶ
響き渡るは深く心をえぐる音
僕の体の細胞一つ一つは泣いている
荒れている音
鳴っているのは男が過去へと跳ぼうと弓を射ている音。
たった一人、森の中で弓を引く。そして次の一射が過去に跳ぶ弓引きである。
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