2ー絶望以上の絶望とはー

  —2020年11月8日23:57—


 僕らはお泊りにテンションが上がって話し込んでいた。だが疲れて今は落ち着いている。

「そういえばさ、影くんは何の夢を見てたの?」

「それがあまり覚えてないんだよね。海外のチーズみたいに所々記憶に穴が開いててすべてが点になってるんだよね。ごめんね。」

「可愛い寝言をいっぱい言ってたし本当は言いたくないだけじゃないの~?」

 全く覚えていない。それだけに飽き足らずすごい量の恥ずかしい寝言。その中には「一生守るから僕のそばから離れないで」とか言ってたらしい。ゆゆしき事態だ。

 桜奈と話していると指先から凍るような感覚する。それに合わせて体の自由が利かなくなってきた。

「キャッ!!影くんっ!!」

 桜奈は僕の足元を指さして僕の足と目を交互に見るように目玉を動かしている。何事かと僕の足元を確認するとそこには目を疑うほかない光景が飛び込んできた。

 足が地についている感覚はあるのにその足は透けてきているのだ。その透化はみるみると侵食していく。

「あぁ、今までと同じキーンとする頭にくる痛みだ。桜奈、僕はもう元の時間軸に戻るみたい。僕は君を救えてよかったよ。明日からの僕は生意気で嫌になるときもあるかもしれないけどこれからも愛してくれると嬉しいな」

「もちろんだよ。私は五年後の影くんと会えてうれしかった。ここまで愛してもらえて幸せだった。5年後の私にもよろしく伝えてね」

 僕の手をつかもうとした桜奈の手は通り過ぎて行き場を失っている。とてもさみしそうだ。そんなに寂しそうにしないでほしい。僕らはただ見つめあうことしかできない。

「じゃあね」

「…………」

 最後に何かを言ったようだが聴くことは叶わず意識がとばされていった。桜奈の目はどこか悲しそうな眼をしていたことだけが心残りであった。


 影二が19回目のタイムリープから去ったのは24:00丁度であった。

 影二は知らなかった、絶望の最下点だと思っていたところよりも低いところがあると知ったときに途方もない悲しみに襲われるということを。

 絶望とはいつも突然やってくる———


  —2025年11月2日7:42—


 影二は【白の書室】に寄らずこの時間軸に戻ってきたのだ。なぜそのことがわかるのかと言うとここはあの山奥の弓道場だ。この時間軸に戻ってきたのは一目でわかるがそれはことを明示している。明らかに生活感のある場所があるのでそれが確かなる証拠だ。

  フゥーーフォ――フゥ――

 声を出すことすらしない。息遣いすらも風に消されてしまうほど影二は静かだ。

 重い足を出して歩いて吸い込まれるように棚に近づいていく。そこで彼が手にしたものはあの写真。棚の上に飾られている狛太たちと行った温泉の時の写真だ。影二は写真を手に持ち、ふと天井を見上げていた。泪がこぼれないようにしたのか、はたまた何かにすがりたくなったのかはわからないが紫色の目で上を向いていた。何度も瞬きを繰り返して溜まっている水分は眼球に染み込んでいく。

  グェロッ

 カエルのなく音がよく響く。


 ゆっくりと時間が流れ時刻は7:47となっていた。体から影二の精神は離れだした。幽体離脱というやつだろう。そこからは瞬く間に空中にある一点に離脱した精神は吸い込まれていった。

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