第四章 ー今を生きるー

1ー至高ー

  —2020年11月8日19:53—


  ズザァ―――――

 彼らは桜奈の家にいた。ついでに泥棒もいる。そのため3人は同じ屋根の下にいる。影二と桜奈は生きて屋根裏に、泥棒はリビングにいる。つまりは19:52に亡くなるという今までのジンクスを攻略した。

 影二はスマホで時間を確認するとガッツポーズをし、喜びが漏れあふれているようだ。そのままの手で桜奈の両頬を触れ、ぷにぷにとした感触から生きていることの確証を得ている。

「あぁ~、良かったよ~」

 小さい声であるため屋根に衝突する雨音に打ち消され泥棒には聞こえず桜奈のみに届いている。真っ暗で狭い二人きりの空間であるため聴覚は殊更に鋭敏になっていた。

「ここまでして聞くのも変なんだけどさ、本当に私は死んじゃったの?」

「あぁ、いつもなら必ずもう死んじゃったよ。情けないことにね。」

 ゆっくりと二人で話すこと六分、玄関の扉が動く音がした。


 ガチャリと扉が開く音がした。僕はゆっくりと折り畳み梯子を出し、一歩一歩足おろしていく。地から反発する心音が僕の高揚を伝えていた。

 家の隅々を確認して僕は首を振って桜奈に伝える。

 すると………

 桜奈がその自慢の健脚で僕の胸に飛び込んできた。その顔は、その声は泣いている。かよわい声は痛みを伴っているのが伝わってくる。

「口では信じていないと言ってたけど怖かったんだね、ごめんね。一生ついてるよ」

 僕は頭を一定のリズムでなで下ろしながら声をかけている。僕も信じられない光景ゆえ涙腺は震えている。ぎゅっと僕の服をつかんで泣いているため頭部から香ってくる桜のような匂いが否応にも僕を髄から刺激してくる。こうやって至近距離に桜奈の感情が僕に流れ込んできているようだ。

「私、、、生きてるんだね、、、。やったよ、影くんとお別れせずにいられる。」

 顔をあげて柔らかい顔で目に涙を浮かべる彼女に僕はそっと「当たり前だよ」と耳元でささやいてぎゅっとどんな時よりも強く抱きしめていた。

 あぁ、なんと幸福なことだろうか。今までは冷たく死に行く肉体しか触れていなかった。だが今は違う。縁起でもないが死んでもいいと思えるほどに…

 僕は桜奈成分をしっかりと吸収して次の行動に移るため彼女をつき離らかす。正直な話、未だに信じられない。僕が今まであれやこれやと手を尽くしてきたのに今回は簡単にいき過ぎた。なのでゆっくりと桜奈成分を吸収するのも良いが、もう一度だけ見回りたい。その旨を桜奈に伝え、反転して歩き出そうとすると足がほつれ見事に転んだ。

   ブチッ____。



 —数刻後—

『なんだろう、この後頭部に感じる柔らかい感触は』

 影二は視界が開けていない。というかまだ瞼が上手く動かない。ようやくまぶたが仕事をしても今はうっすら見えるくらいだ。

『!?!?!?』

 そのかすかな光をつかんでいると真上に桜奈の顔があるではないか。

 つ・ま・り影二は今柔らかい太ももの上に頭がのっかっているので膝枕をされている。

『桜奈は貧にy…おっと、発育があまりよろしくないからよくあるラブコメのようにはいかないで下からだけど顔が見えるな』

 ばっ!!

 そう音がなる程早い起床で体全体を使ったアクロバティックな立ち上がりであった。真っ赤な顔は今にも吹きそうだ。いや、吹いているのかもしれないな。


 ちゃっかり寝巻に着替えている桜奈に僕の目が奪われないはずはない。部下で鍛えたであろう太ももからふくらはぎにかけた足の肉づきの生足が美しい。「意外と元気そうだね」じゃねぇよと心の中で思っている僕はそのせいで再度気絶しそうであった。

「ごめん。どのくらい眠ってた?」

「4時間くらいかな。可愛い寝顔と寝言ごちそうさまです。」

 時計に目をやれば23:45。確かに四時間ほど眠っていたようだ。もう少しで日付が変わってしまいそうなことに驚きだ。

「影くん泊ってく?」

「じゃあ、迷惑にならなければそうさせてもらおうかな」

 そう言うと何故か桜奈は僕の頭をさすりながら「よしよし」と言ってきた。ちょっとだけ不快だ。さすりながら桜奈は左手でグレーのパジャマを僕に突き出して言ってきた。

「お父さんの服でいい?」

「…………?」

「服の替えはないでしょ」

 僕はみっともなく、いわゆるアホ面で驚いている。

「ありがとう。頭になかったよ」

 不意に出る微笑みから僕らはクスクスと肩でわずかに笑っていた。

「どう?サイズ合うかな?」

「大丈夫だよ!バッチリ!」

 ここにブカブカのパジャマを着る可愛いらしい顔の男と白と薄水色のボーダー柄のパジャマを着る可愛い女の子が爆誕したのだった。


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