12ーほふく前進ー
薄い声で話していた影二の言葉はすべてを聞き取るのは難しく、事実恒二には一部しか聞こえていなかった。だが最後の言葉の音量は大きくないが球膜中に響き、勿論恒二にも届いた。
一通り話し終わった影二は思わずうつむく。左頬にひんやりとした優しい何かを感じると軽くビクッとした。
「ごめんね。冷え性のせいでびっくりさせちゃったね。」
荒いが落ち着き払っている息をする影二に対して恒二の右手は触れていた。
顔を上げればそこにはくしゃっとした乾いている泣き顔。そしてそこには光なんてものはない。
「まるで昔の私を見ているようだよ」
凪さんは笑いながらそう言い放った。その笑顔と発言に僕は不思議と恐怖心を抱いている。
「影二君はシュレディンガーの猫というのを知っているかい?」
「あ、はい。一応は…。」
「あれはさ、確認しない限り真実はわからないというものじゃん。何を迷うことがあるんだい?何を考えることがあるんだい?
……
【山城ちゃんは死んでいないだろう】
君が今この時間軸にいる限り山城ちゃんが未来で生きているか死んでしまっているかはわからない。そうだろう?」
頭ではわかってはいたがはっきりと言葉にされたことで頭の中にある薄紫色の何かが霧散していくような気が、濁った海が浄化されていくような気がして僕が僕を呼び戻していくのを感じられた。
「……ありがとうございます。決めました、話してみます。信じてもらえないかもという一抹の不安はありますが正確に細かく話してみようと思います」
こう話すと僕は一気にドリンクを飲み干し、ものすごい速さでスタバの外に出ていた。机の上にはただ空虚なプラスチック容器二つが置かれていた。残された恒二は不敵にもニヤリとしていたそうだ。
テロンッ!
スタバを出るとスマホが鳴った。右ポケットからスマホを取り出し時間を確認すると時刻は9:46。体感では三十分ほどだと思っていたため驚きを禁じ得ない。そして通知音の正体はチャットアプリ[chain]で連絡が来たことだったみたいだ。アイコンが白いクマのぬいぐるみの写真である桜奈からの連絡だ。
「朝は学校にいたらしいけどどうしたの~?」「ノートは取っておくね!」
僕はメッセージを確認すると急いで学校に駆けていった、スマホの画面は開きっぱなしのまま。そして明るいオーラを放ちながら。
—2020年11月2日10:13—
ガラガラガラガラ……
静かな教室に扉が開く音が響く。二時間目の英語の授業中であるためわかりやすく皆がこちらを向いている。
「おぉう、渉か。何やっとるだ!早う席つき!」
「すいません…」
僕はちょこんと席に着いた。桜奈に話す内容を頭の中で整理し、メモ用紙に書いていたためそこからの英語の授業の内容は入ってこなかった。
そして時間は過ぎて昼休憩に入った。
—13:00—
「影二君、影二君。影二君、お昼食べにいこ!」
「ごめん、今日はいけない。桜奈と話しながら食べたいから。狛太と煌輝にも伝えておいてくれない?」
「わかった。楽しい昼にしてね!」
金太郎に声をかけられたが僕はとにかく桜奈と話したかった。だから僕は桜奈の席に向かった。
そこには既に先客がいた。いつも桜奈と一緒にお昼を食べている百葉ちゃんだ。二人とも小柄でかわいらしい。マスコットみたいな美少女だ。その美少女二人が会話している様子はえも言えぬほど微笑ましい。眼福とはまさにこのことだ。
おっと、そんなことはどうでもいい。問題は一緒にいるということだ。
「桜奈、今日は一緒にお昼食べられないかな?」
桜奈が渋い顔しながら百葉ちゃんの顔を見ているので気まずい。だがそこへまさかの思いがけない助け舟が来た。
「桜奈ちゃん、影二君と一緒に食べなよ!私はいいから!」
百葉ちゃんからだ。援軍が来たとはいえ未だに桜奈は渋い顔をしている。なのであと一押しを僕が押す。
「君のことを世界一愛していて、君が世界で一番愛してる彼氏からのお願いです。一緒にお昼を食べてください。」
僕は顔をぐっと近づけて目をバキバキにしながらそう言った。声には異様な重さがあった。桜奈との距離は指2本分しかない。今にも唇同士が触れてしまいそうだ。
「は、はい。」
「ありがとう。百葉さんもありがとう。無茶言ってごめん」
「私は大丈夫だよ。桜奈ちゃん、良かったね!」
言葉の真意はわからないが百葉ちゃんには感謝しかない。僕は桜奈の腕を引っ張って物理室まで連れて行きご飯を食べることにした。
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