11ー影二は語るー

 影二は語る。話し出すと彼の背中からは紫がかった黒い何かが漏れ出ていた。

「僕はこの時代の人間ではないんです。タイムリープしている人間で既にその回数は十回を超えています。……そんな慈しむような目をしないでください。僕は大丈夫ですから。」

 影二の声はかすれ、おおよそ正常な人間のそれではない。恒二が冷え切った目で見るのも無理はない。しかしながら恒二は影二が語る中終始沈黙を貫いていた。

 ちょっとだけ間を置いた後に影二はフッと鼻で笑って続けた。

「もともといたのは5年後の2025年でした。最初にリープした瞬間はこの現象が本当であるか信じられなかったのですが、それを裏付ける確固たる確信を故人と出会うことで得られました。その故人というのは彼女であった山城桜奈という女の子です。桜奈は今日から六日後の日曜日に死んでしまいました。そこから僕は強烈ブレーキ音に支配され、山奥で一人暮らしていました。」

 影二が顔を明らかにどんどんと暗くなるのを恒二はじっと眉一つ変えず顔や目を見ている。


 「桜奈とは交際9ヶ月でした。5年経った今でも鮮明に覚えています。天然なところがあり笑顔が可愛いことを。僕が放課後に密会して告白した2月3日のことを。2020年の年越しは付き合って初めての年越しであったので二人で近くの神社に初詣をしようと約束したことを。楽しそうに「振袖を着ていくから影くんも着物を着てきてね♪」と言っていた桜奈が簡単になくなってしまったことを思い出すと沸々とした怒りが抑えられなくなります。初詣の約束したのは11月6日の夜に電話をした時であったので桜奈が亡くなったのはその直後でした(ハハッ)。

そんな桜奈は1度目の死ではトラックで轢かれました。2度目は物の下敷きに、3度目は銃で心臓を貫かれて………。僕がどう動こうとも必ず亡くなってしまったんです。何度も何度も。中には桜奈が僕の身代わりになったこともありどうにも気持ちの制御がつかないこともありました。当たり前ですが何度桜奈が死のうと慣れないものです。いつも死ぬときには必ず小さな声で何かを僕に言い残していき、いつもそのうちの一言は「ゆるさない」と言っているのです。僕だって代われるものなら代わってやりたかった。だけれども彼女の命が、暖かさがこの両手から零れ落ちるのがはっきりと見えていたのです。腕の中で溶けていく体はみるみると軽くなっていって、気づけば僕の中にはもうその存在がなくなってしまいました。そして失ったものの代わりにもともと僕を侵していた音が充満していきました。タイムリープによる懐かしき高校生活を送ったことで抜けたと思い込んでいた音がこれでもかと……。信じられないかもでしょうけど本当なんです。しまいには1回前のタイムリープにおいて桜奈が亡くなる直前に右腕を骨折してしまいましたが痛みがなかったのです。もう何が何やら頭では追い付かなくなってしまったのです。

 …………

初めて会ったのは高1の春でした。入学したあの暖かい風の吹く教室で左を向けば彼女がいました。そこから10ヶ月の月日を近くで過ごして彼女の優しさなどに触れて年が明ける頃には好きになっていました。

2月3日、、、。2月3日に勇気を出して告白をした時に桜奈は「私は影二くんが好きになる前から見てたよ」と言われたときに心音が外まで鳴り響くのではないかと思うほどであり、僕はより一層桜奈に惚れ込んでしまいました。そこまでの一年も楽しかったですが付き合ってからの日々は比喩でもなんでもなく鮮やかに僕の生活を彩って目に映る栄華が新鮮さを与える毎日でした。そんな中唐突に11月8日は現れ、瞬く間に桜奈は死んでしまいました。悲しくもタイムリープを繰り返すことで人は簡単に死ぬものだということを認識させられした。僕を愛してくれた初めてでたった一人の人。そして僕が愛を注ごうと誓ったただ一人の人。静かに静かに一緒に過ごしたかった。ただそれだけなのに……。あの頃の思い出は今も僕を温めつづけています。橙色の優しい思い出は音に侵食されない唯一のオアシス。今はそれすらもすり減らされているのをひしひしと感じせられています。鰹節のように薄く削られていき、あとどれほど残っているかはわかりません。

 …………

桜奈が亡くなってから5年間、夢に見ることも多々ありました。見るたびに悲しみが増幅していたので久しぶりにその姿を目にした時は神様がいるのならば感謝したいほどでした。ですが今は違います。神がいるようものなら僕が打ち堕として見せましょう。もう桜奈の生きてる姿を見ていることができないんです。信じられないんです。僕の見ているもの、感じているものすべてが……」

 何故であろう。泣きやすい、涙もろい影二は恒二との会話中に一滴の水分すら眼から出ることはなかった。声は泣いているのに目に潤いなんてものは存在せず目は充血していた。影二に終始一貫しているような感情はなかった

 影二は同じ内容(桜奈への懺悔と過去への縋り)を壊れたラジオテープのように何度も何度も繰り返して四十分程話していた。そんな彼が最後に放った言葉は一言だけであった。

「僕はもうなんでしょうか?」


 ——影二は泣けなかったのだ

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る