10ーEncounterー
茶色の渋い椅子に座ると間髪入れずに話しかけられる——
「お金を持たずに購入なんて君は面白いね!」
——いや、見ず知らずの人間をただ嘲笑しているだけみたいであった。僕はそれに対して「すみません。」としきりに下を向いて頭をペコペコさせながら言っている。
「背中に上田高校弓道部と書いてあるけども現役かい?」
「そうです。」
「Excellent‼私も弓道部に所属していたんだよね、上田高校の!」
ファッ、とみっともない音が口から漏れ出るのと連動して顔を上げた。
「僕は120期です。お兄さんは何期の先輩ですか?」(上田高校には[期]というものが存在し、毎年の入学生に数字が与えられ、いつの時代の人間かがわかるというシステムがある)
なんだろうか。この人と話していると自然と心がほぐされていく実感がする。不思議だ。僕の壊された豆腐の精神は粘土であったかのようにいとも簡単に修復されていく。絶妙にこの人に嫌悪感がするのは別の影響だろう。
「私は114期だよ。ちなみに一浪して今は大学三年生」
社会人だと思っていたが意外に若かった。落ち着いた雰囲気が分不相応だ。
「さっきから気になっていたけれども君は渉影二君かな?」
「!?!?!?」
THEこ・わ・い
「どうやら当たりのようだね。何かを言い当てられた時の反応までお兄さんにそっくりだよ」
話を聞けば高校時代は兄さんと同じクラスでバカやっていた人だそうだ。
よくよく見てみれば眼鏡をかけているけれども見覚えのある顔。というよりもよく知っている顔であった。
思わず考えるよりも先に「凪恒二さんですか?」と蚊の飛ぶような声で聞いていた。
「言わなかったっけ?そうだよ、凪恒二だよ」
ただの自己紹介であるはずなのにあまりにも神秘的。話し方もそれをさせる一助となっているのだろう。ベレー帽を外して白髪の長い髪をいじりながら話す彼に僕は目を奪われていた。
「初めましてかな?僕のことは知っているかな?」
「あっ…はい…」
誰もが経験あるだろうが人は意外とあこがれや好意を持つ人が目の前に現れると話せなくなるである。そして今までのことをすべて忘れ、その時間を大切にしようと脳で自発的にシフトチェンジするものである……
—2020年11月2日8:44—
月曜早朝。車通りは少なくゆったりとした空気が流れる。
「そんなに緊張しないでよ。君の兄さんの友達と話してると思えば楽でしょ!」
また聞くことになるとは思わなかった彼の声はやはり明るく重い。そして聞き心地が良い。
「すみません…」
「だからそんなにかしこまらないでって」
そのままのスムーズな動きで珈琲を流し込む姿も画になる。
「ささ、影二君も飲みなよ」
僕は言われるがままに会釈をしてストローから緑色の水分をとる。
「影二君はさ、なんで学校抜け出してきたの?あと、なんで顔は明るいのにその芯は冷たいの?」
「ゴホッゴホッゴホッゴホッ」
「そぉんなに驚くことはないでしょ。その姿を見ればみんなそう思うよ」
「…………」
そっとストローを整えて目線を下げている状態で黙り独りごちる。その後、数秒経った頃にやっと鍵のかけられた口を動かす。影二の瞼は閉じかけそうになったり開いたりし、顔は動いていないが目線は一点に落ち着いていないようだ。
「僕はここにいるべきの人間じゃないんです。僕は僕が何者であるのがわからないのです。」
話すべきでないことではあるとわかってはいたがスラスラと言葉が出ていく。この男には話せるかもしれない、話してもいいと体の奥底で感じていた。
「こんなことを言うのはおかしいと、いかれてるんじゃないかと思われるかもしれませんが本当のことです。僕はこの世界の人間ではないんです。」
着実に重くなる空気。それに呼応して音を遮るうすい膜が僕らを包むように囲い、僕らの生み出す音は反響している。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます