9ー虚ろー

  ―2025年11月2日7:42― 18回目のタイムリープ終了後


「あぁっあああぁぁあぁ……」

 左頬は上がって右頬は下がっている顔で口が半開きの男は感情ののらない声を出す。笑っているのか、泣いているのか、はたまた……

 芝生に体を預けて天を仰げばそこに広がるのは雲一つない晴天。なんならここからは弓道場が邪魔して太陽を目視することができないので宙は真っ青に見える。吸い込まれてどこまでもどこまでも落ちていきそうだ。

 空を10分ぼーっと見下ろして、彼はまた弓を引いてタイムリープをしていった。


  ―2020年11月2日7:52― タイムリープ19


「何突っ立ってんだよ!」

「ちょっと待て、こっち向け!

 ——お前顔色どうした?というより、よく立ってられるな」

 僕は三回くらい前のタイムリープから顔色が良くないらしい。3人の友人からはそれぞれのタイムリープでそれぞれ別のことを言われた。

 金太郎からは「最近の影二君は人のぬけがらみたいだよ」と。

 狛太はくからは「今日の影ちゃんは10年ほど成長してきた大樹の枝という枝、すべての枝が様々な鳥についばまれて中心の幹しか残ってないような状態に見える」と。

 煌輝からは「今のお前は何かに動かない身体(からだ)を無理やり押され、自分の意志はそこに介在していないかのように不自然」と。

 一度に脳裏にこの情報が内から流れ出すと僕は走っていた。何かから逃げるように、何かを追いかけるように。

 走っている最中の彼を見た者は「歯を食いしばるように走っていた」と口々に言う。

 僕の走る先に目的地はない。3㎞ほど走ったところで足がもつれてきて歩きにシフトチェンジする。そこからゆっくりと足を進めていくと僕は[Statue Back to Coffee]略してスタバの目の前の歩道にいた。そしてその足で招かれるように僕は店内に入っていった。


 内装はいたって普通。僕は入るなり列に並び、なんとなく抹茶ラテのTollを注文した。注文したのは良いものの重大なことに気づいてしまった。それはお金がないことだ。

 それはそうだ。急に弓道場を飛び出したのでリュックと共に財布やスマホ諸々は置いてきてあるのは当たり前だ。愚の骨頂も甚だしい。

 僕はみっともなくごそごそとポケットをまさぐっていた。それを見かねてか後ろの方でイスの動く音とこちらに歩いてくる音が聞こえる。ひと一人分間隔をあけて後ろに立たれ、右肩に男とも女ともとれる手を置かれた瞬間に僕は反射で瞼を閉じた。すると、聞き覚えのあるいい声で「すみません。こいつ、私の連れなんですよ。いくらです?」と後ろから聞こえる。そこからは流れるように見知らぬお兄さんがさっとお金を払い、もともと座っていた席に案内された。

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