8ー循環ー

  ―白の書室―


 ふわりとこの世界に落ちてきた。前回は存在していたという言い方が1番合うだろうが今回はクッションに沈むような感触だ。

 この二回目のタイムリープであった一週間、常に考え続けていた。その一つはこの空間のことであり、僕はここに【白の書室】と名付けた。

 前回は目だけがあったが今回は鼻があるようだ。でもこの空間が無臭のせいでついているだけでそれ以外は意味をなしていない。

 前回もそうであったが、この空間にいると不思議と様々な記憶が想起される。桜奈との馴れ初めや高校生活などのリープした時点周辺の記憶は勿論、中学校での修学旅行、友人達との交遊などまでも。桜奈が死んでしまったことでそんな些事は本来ならどうでも良いのだが何故だか感傷的になって、記憶の深部まで潜り込んで…、いや沈み込んでしまう。記憶の海はどこまでも深い。

 潜っていると前回と同じでどこからか声が聞こえる。

「…………かい?」「……えるかい?」「聞こえるかい?」「まだ君はボラだね」

 同時に体は水中から水上まで一気に浮かび上がるように下から突き上げられる。

 前回はこんなことがなかったせいでこれでもかと目を見開いているがその目は物凄い早さで靄に覆われていった。


 ―2025年11月2日7:42―


  ドサッ

 目を開けばそこには芝生と的。前回同様に僕の眼前には見慣れている五年間も暮らしていた実家の弓道場が映った。握りこぶしで地面を殴る。たった一度拳を打ち付けただけで皮が少々めくれて痛いは痛いが痛みはない。

「また、ここか。」とゆっくりと口から出す白い霧はずっしりと重い。

 泣くことも、わめくことも、落胆することもせず彼は上半身の衣を脱いで弓を引き始めた…………



 ここからどれほどの時間が経過しただろう、焼死、病死、圧死、縊死、絞死、骨折死……

 桜奈の死を繰り返すこと16回。影二はタイムリープを計18回終えていた。

 人の感情というのは悲しみ→怒り→悲しみを笑えてくるものであり、それすら超克すると木偶の泥人形になるものであるものであることを彼は実際に体感した。呆然と立っていたことも、他に怒りをぶつけたことも、嗚咽したことも、自身に笑いが込み上げてきたこともあった。

 ここまで紆余曲折あった彼が世界の傀儡になろうとも眼だけには未だに光がともっていた。それは一本の糸が確実に見えているからだ。

 ① タイムリープの引き金は現在で11月2日の7:52に的を射ること

 ② 跳んだ瞬間にいる場所は高校の弓道場であり、時は5年前の11月2日の7:52

 ③ 桜奈が亡くなる場所がどこであろうが決まって日時は11月8日の19:52

 ④ 19:53には強制的に現在へと引き戻される

 ⑤ 現在に戻るときには【白の書室】を経由する

 ⑥ 白の書室ではリープするたびに動かせる体の一部が増えていく

 ⑦ リープから戻ってくると必ず2日の7:42

 ⑧ タイムリープする瞬間は体の平衡が保てなくなる

 この8つの項目は繰り返される虚無の時間で彼が手にした情報だ。だからこそ希望と呼べる数々から精神がいくらズタボロに切りつけられようともバラバラになることはなかった……

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