7ーミルククラウンー

 時刻は19:51。

 ついにはリビングにまで来たようだ。とっさに机の下に隠れ、身をひそめる。

 凍えた空間に足を踏み入れるのと同時に「ケーキ…」という男の重く低い声が聞こえる。

  カッカッカッカッ……

 身長が190弱で年齢が30代後半といったような様相。上半身の衣服は汚れているが下半身は卸したてのようなきれいな服。顔はやつれている人間だ。

 僕が桜奈の顔に目を向ければ恐怖とも唖然ともとれない顔を横にふっている。おそらく見たこともない人なのだろう。とにかく去るまではここにいた方がよさそうだ。

  カッカッカッカッカ!

 男は机の真横におり、文字通り目と鼻の先だ。

 こう考えていると、突如耳鳴りのするような大きな声で僕らの頭上に鳴り響いた。

「おいっ!誰かいるのか!出てこぉい!」

 体の芯に響いて純粋にぞっとする。本能で触れてはいけないと訴えかけている。

 声を大にされて初めて気づいたが、男の声はかすれていた。

「早く出て来いよ!」

 声はさらに大きくなり、体が勝手に動き出ていこうとする。だがそれは腕をつかまれ止められた。掴んだ本人の顔を見てみれば冷めた目でこちらを見て顔を横に振っている。心苦しいが僕は顔を横に振り、手を振りほどき、手首をたてて手のひらを見せて出ていく。

「…………」

「やっぱり机の下か。お前だけか?」

「あぁ」

  ジャチャン

「!?」

 なんと、こちらがわき目も降らず一心に男の眼を見ていたのに対し、男は胸元からスッと拳銃を出して装填し、銃口を僕に向けた。

「手ぇ挙げろ!早く挙げろや!ドラマとかでこういうシーン見たことあんだろ!早くしろや!」

 恐る恐る注目を集めるように動く。


 時刻は19:52。

  パァ、パァゥーン

 甲高い銃声が部屋中に散る。それと一緒に僕のわき腹と右太ももの血肉も飛び散る。

 雨音に銃声が溶け込んでいる。それに合わせて僕は体全体で声を交えた速度の速い深呼吸をしている。

「そこでじっとしていろ」

 オニの形相で睨む僕に声を落ち着かせてそう言う。

「左足もいくか」

  パァゥーン

 そのように聞こえた瞬間に目に飛び込んできたのは発射された銃弾ではない。横から小さな背中が僕に覆い被さるように視線に入ってくる。

 僕の視界から消える前に見えた男の顔は猛烈な驚嘆。

 確認できなくてもわかる。僕の瞳孔は確実に大きくなっていく。

 それぞれがそれぞれに驚きを隠せず、何とも言えない顔をしていた。

 飛び出した銃弾は桜奈の胸を貫き影二の左ふくらはぎを掠っていった。

 桜奈の体は堕ちていく、宙に浮いた孔からドバドバとありえない量の血を流しながら。流れ出る血で池をつくり、滴る血でミルククラウンをつくりながら……


「お前、一人だって言ってたじゃねぇか……」

 男は顔を引きつらせながら声をだんだんすぼめて後ずさりしている。男は殺す気がなかったのは行動から想像に難い。

 僕は鷹のような目で睨むもそれは一瞬であった。目を落として近くにあった瑠璃色のタオルを使い必死に止血しようとするも意味をなさない。

 もう無理だと体で感じ取り、彼女の手をぎゅっと握る僕の裏ではどたどた低くなっていく足音をたてて男は家を去っていった。

「…の…………………ゃ、ゆ……ない」

 足音に揉まれつつも何かを桜奈が言っているのが聞こえる。それは【現在軸】に聞いた言葉と同じようにさいごの言葉は「ゆるさない」と言っているように聞こえた。

 煙の匂いがするこの部屋には壁に掛けられた丸時計の秒針が動く音だけが鳴っている。

  チッチッチッチットッ

 分針も一つ動いたようだ


 時刻は19:53。

 影二は反射で音が変化した時計を憎むような目で見る。

 今彼は桜奈の死亡時刻が19:52であることを知り、頭を抱えていた。しかし頭を抱えていたのは交通事故の時の死亡時刻と一致していたためだけではない。強烈な頭痛に襲われていた。そして体を支えることすら叶わず床に伏していった。



 

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