4ー日曜日ー
そこから現れたのはローズグレイの被せ蓋型の長財布。
嬉しいことには嬉しいが何かが頭をよぎる。だが、それがなにであるかは確認できなかったので気に留めない。
「ありがとう。すごく嬉しいよ。どうして財布選んでくれたの」
「それはね、前に一緒に買い物行ったときに欲しそうな眼をしてたからだよ。あれはもはや目からよだれが垂れてたよね」
女々しいかもしれないが、僕は五年以上前のこととは言えデートした日付を覚えている。最後に行ったデートでさえ、【今日】の日付より三ヶ月くらい前だった。【過去】の僕が買わなかったということは確実に8,000円を超えているだろう。校則でバイト禁止であるため無理して買った姿がありありと目にうかぶ。
「一生大事にするね」
「一生は大袈裟だよ。壊れるまででいいよ」
「大丈夫、絶対に壊れないし、壊させない」
色はローズグレイだが優しく黄色味がかっていてあたたかい財布。これを持っていると不思議と落ち着く。
麦茶のいれられた氷に色が染みあたたかいグラス。それを少し口に含み舌を湿らせる。直に伝わってる来るあたたかさは至上の心地である。味は噛みしめるほどにじんわりとじんわりと……
陽気な天気は人を見ない。
「影くんが寒かったり暑かったりしなければ窓開けてもいいかな?」
「開けても大丈夫だよ。僕が開くよ」
そう言い窓の鍵を外し、ガラス窓をスライドさせる。空気が読めないのか、風は二人だけの空間に容赦なく吹き込み、楽園に異物が入り込む。
「思っていた以上に風強いね」
長い後ろ髪と程よい前髪がなびき、笑いかける姿がその一瞬透けるように見えた。
言葉で形容することは無粋である、この複雑な気持ち。それで心の中が充満する。
「どうしたの、そんな今にも泣きそうな顔して」
「ごめん、ごめん。やっぱり桜奈と付き合えてよかったなと思って。そろそろ付き合って一周年を迎えるしね」
「そうだね、ありがとう。」
桜奈は影二がいる窓際に立ち上がり歩み寄る。そして空いている窓のガラス板一枚分間隔をあけて立ち、若干の上目遣いで話しを続ける。
「そういえば未だに聞いてなかったけどもなんで影くんは私に告白してくれたの?」
「嫌だった?」と冗談交じりに返せば「真面目に答えて」と言われるので渋々話す。「何だろうね」と口に出したあとに一呼吸置く。
「桜奈に吸い込まれたからだよ」
ムスっとした顔で見つめられ、そっと無意識に発する。「本当だよ。」と。
「はいはい、言いたくないんだね」
「いや本当なんだって。逆に聞くけど、どうして桜奈こそO.K.してくれたの」
「それは…………」
ビュ――ビュ――
急に猛烈な風が部屋の中で旋回する。
そのせいで後半部の大事なところが聞き取れなかった。なので「今なんて言った」「言わな―い」と話している。このような問答が幾秒つづき、風に乗って外を歩いている人の耳にも届く。
「まぁ、いいじゃん。今は影くんのこと大好きなんだから。」
ぼそっと言ったその声を耳で正確にとらえ、先ほどよりも強い風が僕の周りを吹き抜けた。
間が空いてまた話し出す。
「よくよく思い出すと、こうやってゆっくり二人きりで話すのは初めてだよね
そうだ、百葉ちゃんから聞いたけど狛太達と火曜日に銭湯行ったらしいね」
目線を下げて続ける。
「私ね、怖いの。ふらっと影くんが他の男や女に獲られるのが…」
「はぁ……。悲しいよ。一年も付き合っててそんな勘違いされるなんて……」
シクシクシクと鳴き真似をし、やられた分をきっちりやり返してイジル。
その後、二人の間に言葉はなかった。だがすぐに互いに目を合わせ笑っている。
「影くんと一緒にいると幸せになるね。影くんを好きな理由の一つだよ」
そう言って逃げるように立ち上がりどっかへ行こうとしたが躓いて転んでしまった。折角の言葉が台無しだ。
転んだ先にいたのは渉影二、本日十七歳(実年齢21歳)の童貞だ。
転んだ拍子に彼を押し倒し、ラブコメかよとツッコみたい状態になっている。二人で見つめあうこと約一秒。
「大、丈夫か?」とひねり出した一言で桜奈は現実に引き戻されたようで、陸上部で鍛えられた足で逃げ出していく。
彼女の前では平静を装っていたが、彼はお玉を落としてうなだれている。現実が見えているからであろう。
それから十五分が経ち、桜奈は部屋に堂々と帰ってくる。
「どうしたの、そんな顔を真っ赤にして。影くんはいいことでもあったのかな?」
あくまでも何もなかったかのように振る舞っているので訝しげな顔だけしてこちらも同様に振る舞い始める。
「もちろん何もなかったよ。まさに凪だったよ」
空から飛行機の音が聞こえる中、こうして日曜日の午前は過ぎていく。
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