3ー二人きりー

  ―2020年11月8日10:02―


 ついにその日がやってきた。

 ここに来るまでにこの案が棄却されないかなどとひやひやとした場面もちらほらとあったが、何とかなって彼は胸をなでおろしている。

 そして影二は今、桜奈の家の前に立ち、怪訝な顔をしている最中だ。

  スゥ――――っ

 深く息を吸うこと十五回。ここに立ち始めて既に4分が経っている。

 家の前の道を通り過ぎる第三者からは冷ややかな目で見られている。

 他人の家の前で右手を胸に当てながら荒い息を吐いて、目つきの悪い男がいるのだからそう見られても仕方がない。


 中から影二のことが見えたのかゆっくりと玄関の扉がガチャリと開く。

 ひょこッと顔を出し「インターホン押してくれればいいのに」と仏のような笑みで話し出す。

「ごめんね、初めて女の子の家に上がるから……」

 どんどんと声が小さくなる影二を見て更に頬を上げていく桜奈。そんな彼氏を見て思いっきり声を出す。

「誕生日おめでとう!影くんはこれで私に追いついたね」

 苦笑いしてスルーする。

「ささ、上がって上がって」

 彼女の話によるとお父さんもお母さんも今日は旅行に行ってて明日まで帰ってこないそうだ。

 今、彼の感情は迷子になっているようだ。


 通してもらうと玄関にはきれいな棚や、すべての部屋の明かりを操作できるスイッチがある。

 置いてけぼりになる中、二階の桜奈の部屋に案内され「影くんは女の子の部屋初めて?」なんて聞くものだから感情はさらにどっかへ行く。ドクンドクンと心臓の音で桜奈の声以外一切周りの音が聞こえない。

 僕が緊張しているものだから、桜奈はあらゆることを汲み取ったのか顔は徐々に見たことのない赤さになり頭頂から湯気が出ている。そんな彼女を見ているとふと冷静になり始める。冷静にはなったが、そこにいるかよわい生物は僕にとってどんな宝石より美しいのであるからこそ「守り抜こう。何とかして【未来】につなごう」と口から漏れ出てしまった。

 そして、いつのまにか彼女の前に立ち、両手を握っていた。その握っていた小さな手と僕のガッチリとした手を媒介として交わる緊張や不安等々。それらが伝わるように彼女の顔が和らいでいく。僕の胸辺りを見ていた顔を上げて話し始める。

「そういえば今日はArioに凪さん来るらしいよ。UCV(市内放送のテレビ局)で生放送するみたいだから、一時から放映を一緒に見ようよ」

「本当⁉知らなかった。すごく楽しみ!」

「じゃあ準備してくるね。あと飲み物持ってくるから座布団に座ってて」

「ありがとう」と言い、視線を桜奈から外す。


 外れた彼の視線はそのまま部屋に向けられる。

「…………」

 そこにあったのはベッド、小さな机、勉強机、本棚、カーテンとピンクに近い色で統一された家具たち。あまりにも女女しい部屋で目を奪われ、言葉も出ない。彼の眼は少し潤ってきているように見える。

 肩から掛けていたウエストポーチを外して指定された場所に腰を下ろす。そしてもう一度きょろきょろと『ヤバイ、背徳感ハンパナイ』などと思いながら部屋中を見渡す。

「恥ずかしいからあんまりジロジロ見ないでよ」

 氷の入ったグラスと麦茶の入っている容器が乗った御盆を持っている桜奈が声をかける。

「ごめん。桜奈さんの部屋があまりに可愛かったものなので……」

「———。」

  トクトクトクトク、カラン

「そうだ!これ、誕生日プレゼント!」

 そう力強く言って影二に突き出されたのは青と白の包み紙で包装された板チョコのような形と大きさをした物。

「開けてもいい?」と社交辞令として聞く。そして一つ一つ手順をふみ、包装紙を破らないように優しく開く。

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