第三章 ー恒久の誕日ー

1ーPrayerー

  ―2025年11月2日7:42―


 目を開けると見慣れた弓道場。着ているものは使い古された袴。陽が眩しい。僕は芝生の上に横たわっている。

「——夢か」

 タイムリープだと思っていたが違っていたこと、夢ですら救えなかったこと、その二つに対しどうしようもなくうなだれる。

「そうだよな、タイムリープなんてありえないよ」

 立ってみたはいいもののすぐさまに芝生の上で両ひざをつく。

 目頭が熱い。視界が見えない。その上天気がいいのが癪に障る。

 一部の冷静な僕が僕に告げる

「夢だとしたらおかしな部分もあるため納得いかない部分も多々ある」と。そして「考えろ」と。

 顔を上げ、真っ先に目に飛び込んでくるのは一枚の写真。

 銭湯前で撮ったあの写真。あるはずのない写真。親友三人との写真。この世界軸の僕は何を考えてかプリントアウトした写真を持ってきていたようだ。

 写真がタイムリープしていることを、希望があることを、【現在】は変えられるということを物語っている。


「あぁ、そうか…そうか……」

 タイムリープした時の瞬間からの7日間すべての記憶が押し寄せてくる。

 記憶の一つから涙ぐみながらも動く。とにかく動く。一縷の望みをかけて矢を弓につがえ、やるせない思いを込めつつ的を狙う。放たれた矢は何かにすがるように、祈るように。

  ドルゥッ

 矢が真ん中ドンピシャに刺さる……

 が、何も起こることはない。弱々しくも強く、自暴自棄のようにどんどんと射つづける。

 ぴたりと森に響く音が鳴り止む。放ち始めて六分が経った頃だ。

「………」

 どんよりとした音。呼吸するだけの音。

「……」

 今度は落ち着いた音。

 その音を発した影二は今、袖から腕を引いて諸肌を抜いた状態になった。もちろん言葉通りの意味だ。

 彼がこの状態になるときは集中力を高めて弓を放ち、こころを落ち着かせる場合だけだ。

  スポッ

 軽快な音であった。

 そこから放たれる矢はタイムリープ時に部活で打ったどの矢よりも比べられないほど軽い。打っている者もその音を聞いている森の住居者も心が澄み切るようである。

 普段は一射で終えるはずの矢は終わらない。降りやむことのない五月雨のように。


 時刻は7:52となる。

 まだ彼はゆっくりと優しく半裸で矢をめでている。

 深く息を吐き、手から矢を離す。そしてタイムリープをした時と同じ「矢が的に吸い込まれる」という感覚。

  キィ、キィ――――

 あぁ、あの時と同じだ。立っていられない。

 その場に倒れこみそうになるが抗い、壁掛けの丸時計を確認する。

 短針は56を示し、長針は52を示している。つまり今は7:52というわけだ。

「あぁ、そういうことか。」

 動揺と感嘆の言葉を残しこの【時間軸】を去っていく。

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