13ー三者三様ー

  ―2020年11月3日14:44―


 七つすべての温泉に入り、楽しんだ彼らは脱衣所にいた。

「腹減らん?めっちゃお腹すいてるんだけど」

「あーね。俺も腹減ってるわ」「そういえばそうだな。昼めし食ってねぇもんな」「僕も僕も」と僕の問いかけに三人が続いて返事する。三人もお腹が空いていたようだ。

 僕だけがお腹ペコペコじゃないと気づきにっこり。

「じゃあ、座敷で何か食べてからここ出よ」

『賛成!』と揃う三人に「はやっ」とツッコんでしまった。


 身支度を整えながらよくよく他人を観察する。

  ひとりは雑把に体を拭き、服を着る。

  ひとりはスマホ片手にドライヤーで簡単に髪の毛を乾かす。

  ひとりは顔に乳液をつけ、懇切丁寧に肌を手入れする。

 三者三葉だ。そんなことを考えていると暇そうだと思われたのか、はたまた見られるのが恥ずかしいのか「影二君、影二君、先に座敷に行ってていいよ」と言われる。

 このときの影二の背中は果てしなく寂しそうだったそうだ。


 ひとりで座敷に行き、暇だったのでさっき撮った写真を見返す。僕はひどくこの写真を気に入り、無意識のうちに帰ったら簡単にプリントアウトできるよう自宅のパソコンにデータを送っていた。

 時間を潰しているとわらわらと三人がやってくる。

「こんな角っこに陣取ったんかいな」

「端の方が落ち着くじゃん」

「まぁいいや。」そんなことを言いながら三人が座布団を下に敷き、座る。

 机の上に立てかけてあるメニューを取り出し、左上から確認する。

 この一動作にも差異が見て取れ、肩を震わせる。

「今日は一段と笑うな。影二はゲラだから常日頃から笑ってるけど今日はいつも以上だな」

「そうそう。それにいつもより悲しそうな眼をしてるから、より一層ギャップでそれが際立つんだよね」

「そんなつもりはないんだけどなぁ」

 怪訝そうな顔で返答する。

「バカ話してないで決まったら注文しに行くよ」


 金太郎はラーメン、煌輝はあんかけ焼きそば、影二は蕎麦、狛太はオムライス。

 出会った当初に一緒にご飯(クレープ)を食べに行ったときは影二が尖っていたので「あほか、JKじゃあるまいし。シェアなんてできるか!」とかほざいていたが、今はそれぞれシェアするなどして食べている。

「ここの蕎麦うまいな」「そのままそば好きになっちまえよ」なんて言ってる。

「好きといえば、お前ら聞いてくれよ」

 餡にアルコールでも入っていたのだろうか、酔っぱらったような口調で語りだす。

「こないだよ、告白したんだがふられちまった」

 金太郎が彼の皿の上のものを化学物質でも嗅ぐように手で仰ぎ、こちらを見て頭を横に振っている。

「百葉ちゃんにコクったけど駄目だったんだよ~」

 十七歳の漢泣き。

 ちなみに百葉とはサッカー部のマネージャーである栗河百葉くりがももはのことである。彼女は笑顔が可愛く、学年でも1,2を争う美少女である。

「元気出してよ。すぐにまたいい人見つかるよ」

「うぅるぅせぇ!彼女持ちが励ますな!」

「煌ちゃん落ち着いて、百葉も嫌いでふったわけじゃないと思うよ」

「イケメンにそんなこと言われても何の足しにもならねぇんだよ!」

「煌輝君、煌輝君、煌輝君は女たらしやチャラいことで有名になってるからそういう理由でふられたんじゃない?」

「そうかもしれないな。金太郎、ありがとうな」

「おい!」と言いたい。

 ほっとする日常。他人の愚痴が聞けることに感謝を。僕は恵まれすぎている。手放したものは多かった。

「……僕は…運がいいな………」

 ぼそっと口から出たことばは到底人が聞き取れる音量ではない。

 だがしかし、三人の耳に音が届いたみたいでキョトンとした顔でこちらを見た後に大笑いしている。

 ―僕は本当に運がいいな―


 あの後、すぐに解散し、そのまま各々帰路についた。

 代えようのない当たり前の日常が過ぎ、日付は11月8日へとつながる。

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