10ー友人たちへー

  ―2020年11月3日13:08―


 全身を洗い現在は白亜の湯の角で「く」の字になって浸かっている。

 心地好く眠ってしまいそうだ。全員疲れてしまっているのか誰も話し始める気配がない。暇なのでここから窓を通して外の景色を鑑賞する。紅く彩づく木の上で「チュチュ、チュチュウ」という甲高い鳥のさえずる音が聞こえてくるようだ。もっと雲の量が少なければ画になりそうである。

 学生特有の忙しさでずっと動きっぱなしになっていたがやっと落ち着けるタイミングがやってきた。人間というのは意外なものでぼーっとするなどのふとした瞬間に様々なことを思い出し整理するものだ。影二ももちろん例外ではない。

 昨日と今日で【過去】を体験してみて、生への喜びや人と関わることの幸せを感じて胸がいっぱいとなる。辛い。絶頂にいるはずなのに辛い。わからない。何がつらいのか、何が原因なのかわからない。

 頭の中でぐるぐると廻るこの感情は始発点がなければ終着点もない点Pだ。

 わからないからこそ今は心の端に置いておき、この四人との時間を大切にする。そうしなければ僕は彼らに一生追いつけなくなってしまいそうだからだ……


 湯に浸かってから十分か二十分が経過する…

「みんな、みんな、[紅玉の湯]入ろうよ」

「入りたいけど怖くない?紅玉というよりも褐色であって血みたいじゃないかな。あまり気は進まないけど…ふたりはどう思う?」

「俺は前に来た時に[紅玉の湯]に入らなかったから入るのに賛成かな」

 煌輝が僕をじっと見る。

「ごめんな、煌輝。僕も入りたいと思ってるんだよ」

 苦笑い気味に答える影二。ちょっぴりうなだれる煌輝。

「あぁあぁ、わかりましたよ。入りますよ!」

 吹っ切れたようで、立ち上がり、彼の彼があらわになる。

 このとき三人が何を考えていたかはわからないが、同じような考えを抱いていたのはここだけの内緒だ。




  ―2020年11月3日13:26―


「近くで見るとマジで赤いな。ほんとは血なのかもよ」

「マジでやめろよ」

 冗談交じりに言ってみると、空間と煌輝がピリッとし、普段聞かない重みのある低音で返答される。銭湯内に低温が響くことで『申し訳ない』という気持ちが芽生え、「ごめん。そんなに嫌がってるとは思わなかった」と反省し、謝罪する。

「別にいいって。こっちも半分くらいは冗談だったしね」

 ふたりで冗談を言いつつ温泉に入っていく。


 入って三分が経過した頃であろう。

 煌輝が「入ってみると気持ちいいな。よくよく見ると全然血に似てないしな」という。

 一方で影二は温泉が血ではないと頭ではわかっている…だが、体があの日の惨状を軽微だが思い出し反射で目をつぶる。

 一度した失敗は絶対に二度はさせないという思いに飲み込まれている。

 あの時間に交差点に近づかなければいい…

 そんなことはわかっている。だが、妙な胸騒ぎがするのも確かに感じる。

「…………、…ちゃん、影ちゃん」

「——あぁ」

「何ぼやけてるの。いきなり目なんか閉じてどうしちゃった?桜ちゃんのことでも考えてた?」

「⁉」

 あまりにも頓狂な顔をしていて滑稽である。

「やっぱりか。影ちゃんが悩む時なんて高校卒業後の進路か桜ちゃんのどっちかのことだもんね。本当にわかりやすい人だよ、渉影二ってひとは」

「いやいや、進路のことだよ!!」

「本当?まぁ、どっちにしても言いにくいだろうけど、最低限俺のことは頼っていいんだよ。いつでも相談しろな」

「影二君、影二君、僕のことも頼ってね」

「そうだな、俺も胸に飛び込んできたら聞いてやってもいいぞ」

「……」

「やっぱ今のなし!普通に相談して来い!」

 若干気持ち悪いところもあったが純粋にうれしい。感無量とはこのことだろう。

[この三人がいる]ということに気づいていなかった自分が悔しい。だが、ここでそれに気づけたことは良かったかもしれない。それが原動力になり現実を見させてくれるのだから…

 かといって、簡単に理解できる話題でもなければ、相談できる話題でもない。なので、すごく嬉しいことなのだが、僕はそっと「ありがとう」の五文字を残して別の話を進める。


 ふと彼の顔を見れば、影二はスッキリとした高校生らしい顔つきとなっている。そして、【過去】にタイムリープしたとき、桜奈と会ったとき、学校の弓道場にいたとき、どんなときよりもなまやかな顔をしている。

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