6ー月明かりにてー

  ―2020年11月2日19:02―


 すっかり日は沈み木々は囁く。

 僕は正門から出たところにある砂利の上で思いっきり伸びをしながら人を待っている。長年父以外の人と話してなかった以前に会ってもいなかったので、様々な感動を得られたこと、人と関わることの楽しさをしみじみと噛みしめるように味わっていた。たった一日、されど一日といえども、この一日は一生残り続けるであろう。

 待っているとここを通る人がクスクスと笑っている。おそらく今朝抱きついたことでちょっとばかり有名になったからだろう。今日は散々いじられたせいで察しがつく。普段だったら恥ずかしすぎて赤面し、立っていられないだろう。だが、桜奈を助けることができるという事実と代償なら安いものだと考えられ平静でいられる。不思議なものだ。

 そんなことを思っていると

  バスッ

「朝の仕返し、恥ずかしかったんだからね」

 突然背後から抱きつかれ、こんな言葉を甘い声で言われる。好きな女にこんなことをされて惚れない男がいるだろうか。

 ガッチリとホールドされた優しい手はどうにもほどけない。

 体を180度回転させ桜奈の顔を見る。照れた顔もまたかわいい。とても愛おしい。

 そんな桜奈の頭に手を伸ばし、後頭部をなでる。左手はどうしようかと迷走し、手の先で空中に円を描いている。

「………」

 無言で僕の顔を見上げ、嬉しそうな顔をしてこちらに微笑む彼女は天使だ。僕の現人神だ。そんな桜奈を見ていたら手持ち無沙汰だった左手を使い抱き寄せる。

 ここから一分密着し、お互いの体温を交換する……


「ありがとう。でも恥ずかしいからここから離れよっか」

 我に返った影二がりんご飴みたいな顔をしてそう伝える。

「う、うん」

 桜奈もここが正門であることに思い出したようでこくりと頷き返事する。

 影二と桜奈はいつも一緒に下校をしている。影二は弓道部、桜奈は陸上部ということもあり、いつもここで待ち合わせて歩いて帰っている。

 ちなみに影二は自転車で登校しているので押しながら歩いている。

 桜奈の家は学校から徒歩二十分のところにある。毎日一緒に帰るこの二十分が二人の二人だけの至福のひと時だ。

「そういえば影くん、今日はいつもと雰囲気違うね。何というか、落ち着いてる。でも今日の影くんも好きだよ♪」

「そうなのかな~。いつも通りだと思うけどな~」

「そうだよ。ぎゅうっと抱きしめてくれるところとかね!」

「あ、そうだね。本当にごめんね、教室で抱き着いちゃって」

「嬉しかったよ。」

 言葉と同時に風が吹き、髪の毛がなびく。

「そんなこと言われたら照れるよ。話かえよっか」

「そうだね。私も恥ずかしくなってきちゃった」

 一息置き、桜奈が切り出す。

「日曜日は誕生日だよね。それで影くんが前々から会いたいって言っていた凪恒二さんが8日の日曜日にArioに来るらしいんだよ。だからさ、どう?一緒に見に行かない?」

「え!?本当!?行きたい!」

「なんか嘘くさくない?ほんとは凪さん来るの知ってたでしょ」

 ほっぺをまん丸に膨らませながら言ってくる。「ふぐみたいだね」とか言えば叩かれそうなので心に留めておく。

「いやいや、本当に知らなかったんだって。行こうよ。時間はどうする?」

 19:52にあの場所に近づかないためにも、様々なあの日の失敗を繰り返さないためにもこの提案を受けた。

「いつも通り10:00でどう?」

「いいよ!影くんから言い出すなんて珍しいね」

 そんなほほえましい雰囲気で話していると、突然影二が右斜め前上方向に人差し指をクラーク博士のように突き出して

「見てよ!ペガスス座!くっきり見えるよ!」

と息をこれでもかと荒げながら桜奈に語りかける。

 おおよそ高校生男子(21歳)とは思えぬ声と無邪気な顔で元気いっぱいに話し出す。

 男という生き物はいくつになっても好奇心には打ち勝てないものである。

 山に籠りボッチで暮らしていた時には毎日見ていた空。そんな空を一緒に共有したいと思い、自分でも予想外なことに、はしゃいでしまっている。


「見てよ!ペガスス座!くっきり見えるよ!」

「どれ?」

「あの光ってる四角形らへんだよ。あの四角形は秋の大四角形って言って、右上に二本と右下に一本延びてる線をつなげるとペガスス座になるんだよ」

「あっ、あれだね!右上が二本角?右下が足かな?」

 ペガサスに角はなく、桜奈は正座を上下逆に見ているため影二は両手で顔とお腹を押さえている。

「何笑ってるの!」

 ぷくぅっとしている。

「ごめぇん、ごめん。だって上下逆なんだもん。間違って見てるんだから……」

 腹筋が仕事をし続けている。確かに言わなかった僕が悪いけど、そう見るか。

「教えてくれなかったじゃん‼」

 このプンスカプンスカとしている桜奈も実に可愛いとにやける。

「ちょっと聞いてる?」

「ごめんて。あまりにもかわいかったからさ」

「もぉ………」

 解せないという面持ちだ。

 そんなたわいもない話をしながら二人は赤く染めされた月に照らされて帰る。


 桜奈と別れて家に着く。家族は基本的にバラバラで食事をとるためそそくさと食べ、眠りにつく。久しぶりに人と話したこと、学校に行ったために疲れていたようでベッドに吸い込まれるように眠っていく。

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