6ー承諾ー

 未だに受け入れられないが少しだけ心が落ち着いた気がする。そんな頃にもう一組見舞いに来てくれたようだ。いや、見舞いに来たかはわからないな。訪れたのは山城夫妻、つまり桜奈の両親だった。もちろん恨まれることも怒られることも承知だ。

「影二くん、久しぶりだね。元気になってくれてよかったよ」

 ゆっくりと心に刺さる言葉。とても合わせる顔がない。

「早速で悪いのだが何があったのか、何で桜奈が死んでしまったのか教えてくれないか?」

 時速160Kmのストレート。でも、覚悟していたし予想していたことなので包み隠さず話す。11月8日の行動を、出来事を、桜奈と話した内容を。

 話し始めるとご両親の顔を見ながら話す勇気も度胸もなかったので礼を欠いていると頭ではわかっているが俯いたまま話していた。そして僕は約二十五分間の事細かな説明を終えた。

「そうか、ありがとう。」


 ありがとうと桜奈の父に言われ、影二は何とも言えない顔をする。だがその顔を見る者は誰もいない。

「ありがとう」は第三者から聞いていれば…いや、顔を見ていれば「辛いのに話してくれてありがとう」と言っているように受けとるだろう。無論、その場にいた幻郎や照三はそのように感じていた。だが、影二だけは社交辞令で言われているだけであって、怒っているように感じた。


「影二くん、こっち向いて」

 肩を手でつかまれる。どんな顔をしたらよいか全くわからないがとりあえず顔を上げる。

 なんとも不格好な顔。その顔に向けて一言。

「生きて」

 このたった一言でハッとした。そして頬を伝って流れて、流されていくものがある。

 よくよく見ると笑顔でこちらに語りかけてくれていたようだ。窓から差し込む陽光が明るくお父さんの顔を照らしていた。つかまれていたはずの手も置かれているだけだと気づく。歯を食いしばっているつもりが眼からは止まることのない水分が溢れ出ている。

 俺よりもつらいはずなのに……。このご両親だからこそ桜奈のことをすきになったのかもな。

 病室を出ていく山城夫妻に、立って深々と頭を下げて礼を示す影二の姿がそこにあった。


「目撃者の証言から11月8日19:52に死亡が確認された山城桜奈さんの事故について…………」

 山城夫妻が病室を出るのと入れ替わりで警察が入ってきてそのまま事情聴取となる。

 警察の方々にも山城夫妻に話したのと同様に一言一句漏らさず話した。いくつかの質問も受けたがそれだけだった…


「親父」

 警察官が退室した後、父親ともう一度話そうと声をかけたのだ。

「ごめん。あと、ありがとう」

 幻郎はさっきよりは良くなったようだが影二の顔はまだ晴れきってはいないように思えた。そのためなんとなく次に言うことを察し、先に口をだす。

「おめぇがどんな決断を下したとしても、それを自分で決めたならそれでいいじゃねぇか。好きにやれ。但し、自由にやることと責任を取らねぇことは違うからな」

 重い。でも、助かる。この言葉以上の言葉が他にあるだろうか。

 影二も父親が普段から「好きにやれ。好きに生きろ」と言っているのでなんとなくだが幻郎の発言を予想できていた。だがしかし、実際に言われてみると心のつかえが小さくなり軽くなる。

 最大限の己を絞り出す。

「親父。兄さん。前は向いていこうと思う。でも、一人で生きていきたい。いや、最低限少しの間は独りにさせてほしい」

 影二は己の不注意や身勝手な行動のせいで他人を巻き込んでしまい、不幸にさせていると思い詰めている。そんな心情は誰から見ても明らかなほど顔に表れている。

「わかった。で、どうするんだ?」

「スマホなどはお返しします。菅平の山奥の弓道場を影二にください。そこに住み、自給自足の生活をさせてください。お願いします。」

 山奥の弓道場とは渉家が私有している弓道場である。そして、その辺り一帯も渉家の私有で、広さは東京ドーム三個分ほどもある。柵でかこまれた土地には猪や鹿などが放してある。特に手を加えて育てているわけでもないので野性動物と言っても差し支えないだろう。

 なので自給自足をして生活することもできなくはない。

 この提案を一つの条件をつけて快く受け入れる。その条件とは電気、ガス、水道の全てを使わないことだ。


 世界時計の【ペンデュラム】は大きく動く


 影二は高校を退学。ここから約五年間山奥に暮らすこととなる。不自由なこともあったが自らが決めた行動は最後まで貫く性格をしていたからであろうか、生き続けた。

 そして【現在】の…いや、タイムリープしているので【過去】というべきだろうか…

 つまり【今】に至る、というわけだ。

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