5ー対話ー
~四日後~
影二は目覚めると知らぬ病室にいる。個室のようだ。曇っていて窓からはあまり光が差し込まないので部屋は薄暗い。頭には包帯が巻いてあり、腕には点滴が刺さっている。周りを見渡せば切られて置いてある梨と置き手紙らしき物がある。
『影二へ
起きたら、まずは担当医の武藤先生を呼んでください。そして、落ち着いたら連絡を下さい。
あと、切ったリンゴを一緒に置いておくから絶対に食べてね。 母より』
梨ではなかったようだ、残念。
達筆だが優しさのこもっている字。母の
顔が光っている。状況を理解し、自分が生きて桜奈が亡くなったことに耐えられないようだ。
ひとり病室で泣く。不甲斐なさでなのか、悔しさでなのか、わからない…
その間、約二時間三十分。途中で武藤先生がそっと扉を開け、室内を覗き確認しに来たがそれに気づかない。
全身の水分を出しきり、もう人生の終幕のような顔をしている。ピクリとも動かず、第三者から見ればモニュメントかと見間違うほどだ。
ガラガラガラガラガラ…
「やぁ、大丈夫かい…いや、大丈夫そうにないね。私は精神科医の
「あぁ……どぉも……」
中身が空っぽ、しどろもどろ。とても話せる状態じゃない。が、話す。話しかける。武藤はそのような使命感に駆られていた。この若者を救わなければ…
「渉くんは意識を失う前のことは覚えているかな?いや、無理に思い出せっていうわけじゃないからね。ゆっくりでいい。何なら覚えていなくてもしょうがないよ。」
武藤は身長170cmのガタイのいい46歳の大男。優しさと顔のカッコよさに同病院の看護師の人たちからは定評がある。そして声の低さが耳にとって心地よく、聞くものを落ち着かせる力がある。そんなイケおじである。
だがその声は心の奥底に沈み込んだ影二には届かない。
「……………」
「また来るね」
そう一言残し病室を出る。病室は沈黙を貫く。
影二は答えたくなかった。答えてしまえばそれは事実であることと受け入れ、現実からはもう逃げられないと感じてしまったからだ。
半世紀生きている人間でさえ現実を受け入れるのは容易ではない。それなのに影二はまだ年端もいかない17の学生だ。現実をすぐに受け入れられるわけはない。
考えれば考えるほどそれを覆い隠すように頭の中に
ここから三十分ほど経ったころだろう。病室の扉が静かに開く。
コロコロコロコロコロ
扉が開く音がした。そこには親父と兄、
「先生からの連絡を聞いて仕事を切り上げてきたが思っていた以上には元気だな」
双方の親公認で付き合っていたのでもちろん彼女のことは知っている。そして、なくなったことも………
ちなみに影二の父親はゲーム会社[excite parade]の創設者であり、そこのCEOである。スマホのアプリゲームから家庭用ゲーム機まで幅広く作っている今話題の会社だ。話題になったのは2015年の秋に発表した[プログレス]。この事故の起こるちょうど5年前だ。プログレスはゲームの世界観を一手でひっくり返した。
底面が70cmの正方形、高さが2mの直方体の箱の中に椅子があり、この椅子に座って首を痛めないために固定してボタンを押せばゲームスタートだ。このゲームの凄いところは二つある。一つはゲームの世界に精神が入り込み、現実の肉体とは違うゲームの肉体で動き、まるで現実の世界にいるように錯覚させる世界観。もう一つはゲーム内時間が現実世界の120倍で動く。ゲーム内で一時間経ったとしても現実に戻れば30秒しか経っていない。つまり時間の進むスピードが全く違う。そのうえ脳に負荷がほとんどかからないということで医療の世界でも利用され大注目を浴びた。一部では「タイムマシン」と呼ぶ人まで出てくるほどだ。一台7万円ととても高い。それであっても今でも売り上げは右肩上がり。会社は成功も成功、大成功を収めている。
照三はそこから様々なことを学ぶために、今は幻郎のもとで付人をやっている。
そんな彼らがこんな早くに病室に来たということはよっぽど影二のことが心配であったのであろう。
「あぁ、少しは良くなったよ。未だに信じられないし、信じたくないけどね。親父も兄ちゃんもありがとう」
「まぁ無理すんなよ。お前は色々と貯めこむ癖があるからな。どっかで吐き出せ」
幻郎は影二が悩みを抱え考え事をするときは俯角三十度を作る癖を知っているからこそ出る発言だ。伊達に17年間父親をやっていない。
「……………」
照三は視線だけで言葉を残さない。彼なりの気遣いだろう。だが視線では「前を向け。受け入れろ。乗り越えろ」と訴えている。
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