4ー奇音ー

 時刻は19:51。

 1日デートをし、これから夕食。そこは桜奈が予約を入れておいてくれた、ちょっといい店だ。今はそこに行くまでの途中にある駅前のスクランブルな交差点で赤信号を待っている。

「…っ、………ょ」

 桜奈が少し震えながら何かを呟く。良く耳を傾けなければ聞こえない、今にも消えそうな声。

「さっき見た光景に似すぎてる」


 時刻は19:52。

 その言葉を聞き、何か不吉なものを背筋に感じとる。と同時に誰かが影二の背中を押して道路に突き出す。そこにトラックが容赦もなく突っ込んでくる。

 正にさっき桜奈が見た光景である。

 桜奈は先に似た映像を見ていたこともあり、影二が突き出されたのを第六感で感じとった瞬間、考えるより先に体が横断歩道へ飛び出していた。

 次の瞬間には手にしていた濃青色の傘は宙に舞っていた。

 赤信号で横断歩道に一人立つ影二を力一杯突き飛ばす、向こう岸に届けるような勢いで、そっと静かに。

  キィ、キィ――――

  ビシャッ

 急ブレーキと血の飛び散る、形容しがたい、惨い音だ。同じタイミングで カサッ,トッ と宙に舞い、半円を描いた傘が今落ちた。

 一瞬の出来事である。動体視力の悪い者であれば目で追うことは困難であろう。

 鮮血に染まるワンピース。うつ伏せの状態で目が虚ろになりつつある桜奈。状況は最悪だ。

「おい、しっかりしてくれ!ごめん、ごめん。」

 影二は身を呈して桜奈が助けたことを理解して涙ながらに話しかけている。

「…の…………………ゃ、ゆ……ない」

 もう話すことすら辛そうな桜奈の顔を見ながら最期の言葉を聞く。前半部は何を言っているかはわからなかったが、後半部は「ゆるさない」と言っているようにこえた。最期の最期に桜奈に恨まれ、この世にしこりを残して逝かせてしまった自身に酷く憤りを感じる。死んでしまったという事実を腕のなかで段々と冷たくなる桜奈を感じつつ身をもって実感する。

「あ、あぁぁぁーーーーーー」

  プンッ

 精神の糸が切れたのだろうか。叫びきり、枯れ果てた男はその場で彼女を抱いたまま倒れこみ道路の一部となる。

 声にならない声は音のない交差点で不協和音のように呼応し響く。小さく消え入る音であるが、今聞こえるのはどこか空しいそんな音である。


 その後、山城桜奈の死亡が確認され、渉影二は昏睡状態となる……

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