第37話 エピローグ

「そっちも、大変だったみたいだねえ」

 何故か理系の研究員みたいな白衣姿のうちの教授は、私の分のコーヒーを入れながら出迎えてくれる。

 あの後、クーデターはあっさりと鎮圧されて街は平穏を取り戻してきていた。

「後ろ盾の組織が逃げちゃいましたから」

 私は入れてもらったコーヒーに口をつけながら、窓に近づいた。

 あんな大事件が一週間前に起きたとは思えないほど、大学の構内は元通りの生活が戻ってきていた。

 普通に課題に追われた生徒たちが足早に登校してきていて、中庭にはくつろいでいるカップルのすぐそばでギターの練習をしている男が見える。

「平和が一番ですね」

 しみじみとこぼれた言葉に、教授は隠居したお爺さんみたいな優しい笑顔で応じてくれた。

「ねえ。レイ・クレイバード」

 その優しい笑顔は、私がにっこりと微笑みながら言った言葉を聞いて一気に強張っていた。

「え、ど、どなたのことかな……」

 わざとだろうかというくらいごまかすのが下手で吹き出してしまった。

「……記憶が戻ってしまったの?」

 アルフ教授ことレイ・クレイバードは観念したようにつぶやいた。

 ああ、やっぱり『戻ってしまった』なんだと私はその言葉を噛み締める。

 私にはあの記憶のことは忘れてもらって普通の学生として生きて欲しかったんだと思うと、寂しさもあるけれど嬉しかった。

「でも、僕はもうセンターにはアクセスしていないのだけれど、何で僕だと分かったの?」

 センターが何のことかはよく思い出せなかったけれど、どうやらクレイバード一族で記憶を共有する場所らしい。

 サーバーにデーターを保存しにいかなければ、ばれないはずということのようだった。

「まず、不完全だったルミサの記憶を捏造して、わざわざ大学に通わせるからには、近くにおいておきたかったんじゃないかと思いまして」

 容疑者は、この街かこの大学の関係者に絞れますとレイの周りを歩きながら名探偵みたいな推理を披露しはじめた。

「次に現サマリナ首相ですが、あの方はずっとティルデたちがいた基地の州知事でした。当然、あそこは戦争の最後の最後まで最前線でした」

 一般の外国人が行くことさえ難しい地方なのだと指摘する。

「あと、ロヴィーサが迎えにきていたことを見て知っていたと言っていましたが、ティルデと違い、ロヴィーサの顔をこの距離から見て分かる人物は限られているんですよ。それこそ彼女と直接、長いあいだ会っていた人物でないと」

 私は窓から、以前にロヴィーサが迎えにきてくれた車が停めてあった場所を指差しながら告げていた。

「そんなことより決定的なことは……」

 私は窓から離れて、再度レイに向き合った。

「その口髭が全然似合ってないことです!」

 びしっと言い切った言葉に、レイは最初は何を言っているのかと思いながらも、しばらくすると理解しはじめたように付け髭を擦っていた。

「似合ってない?」

「ええ、記憶が戻る前から思っていました。ずっと」

 心外そうな顔をしながら付け髭を少し痛がりながら外していく。

「でも、変装に自信がないから最初ティルデさんに会う時も直前で逃げ出したんでしょう?」

「まあ、それはね。ティルデと話したりすればすぐにばれるし……」

 名探偵の推理にまいった降参だというように両手をあげて認めていた。

「でも、君が無事でよかった」

 もう教授だった面影はなく、あの頃のレイ・クレイバード教官の顔のまま私の背中に手を回して抱き寄せた。

 久しぶりに教官の腕の中にいる感触を嬉しく思いながらも、こうやってごまかすのはこの人の良くないところだなとも思いだしていた。

 もぞもぞと胸に押し当てられた自分の顔の角度を変えて扉の方を向いていった。

「お二人とも、犯人は白状しましたよ」

 私が廊下に向かって呼びかけると二人のゲストが左右から軽快な横ステップで研究室に入ってきた。

「はーい」

「え」

 レイから今まで聞いたこともない間抜けな声が聞こえてきた。

 残念ながら腕の中だったので、表情をよく見ることができなかった。さぞかし、かつてない間抜けな表情をしているのだろうと想像すると見えないのは残念だった。

「ロヴィーサ? ティルデ? ニュースでは、サマリナに帰ったはずでは……?」

 浮気現場を押さえられた男みたいに、私から手を離してたじろいでいた。

 やっぱり教え子たちを残していきなり去ってしまったのはレイ教官にとっても罪悪感がありつつも、もう一度会いに行くわけにはいかなかったのだなと同情しつつも、うろたえるレイの姿はいい気味だと楽しく観察する。 

「見つけましたよ。教官」

「教官。なぜ、いきなりいなくなってしまったのですか」

 ティルデとロヴィーサがにじりよっていく。

 ゾンビに襲われているみたいに、窓の方に逃げ場もなくゆっくりと追い詰められていく。

 私からすれば、こんな美少女と美人二人に追い詰められるなんてご褒美でしかないではないかとちょっと羨ましく思いながら見守っていた。

「色々と聞かせていただきたいこともありますので……」

「私たちもしばらくこちらに拠点を構えたいと思います」

「え? この? エーリカ国に?」

 練習したかのように流れるように言った二人に、レイ・クレイバードは目を丸くする。

「私たちはただの一般人ですから、何の問題もありません」

「ね。ヨーコさん」

 ティルデに続いて、ロヴィーサが私の方を見ながらウィンクしながらそういうので笑顔で返事をした。

「はい」

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寄宿学校の少女たちとエースパイロット 風親 @kazechika

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