第36話 現在 告白
もう駄目だ。
死んだと思った。
イプシロンのコックピットに潜り込んだとはいえ、爆発による熱風に巻き込まれた時は本気でそう思い覚悟した。
「生きてる」
わずかな記憶を頼りに、イプシロンを操って私は港へとたどり着いたときにはもうかなり日が傾いていた。
コックピットから転げ落ちるように地上に降りて周囲を見る。
見慣れた街の見慣れた夕方の風景だった。
クーデターのせいで閉めている店が多いのか、まだそれほど深夜ではないのに、星が綺麗に瞬いている気がした。
ただ、後ろにはつい数日前までは想像をしていなかった機動兵器が居座っている。
クーデターの最中だからか、わずかに見える人もイプシロンを見るとぎょっとして驚き戦いには巻き込まれたくはなさそうに慌てて逃げていく。
「寂しいね」
私は、自分の姿も重ねてイプシロンをねぎらうように足首みたい箇所の装甲を軽く撫でてあげた。ホバー部分に近いその装甲はまだ熱を持っていて熱かった。
(こうやってみると、わんこみたいで可愛いな)
そう思いながら、よりそうように座った。
知らない人から見れば、戦車みたいで何故か腕がついてコックピットのあたりは怖そうな顔なその姿は恐怖そのものかもしれない。
でも、人殺しの兵器になりたくてなったわけじゃない。
今回、私たちを助けることができて、きっと嬉しかったはずと勝手に思う。
「ヨーコさん!」
街の方から、この怖い機動兵器を見ても全く怖がらない二人の少女が駆け寄ってくる。
ただの少女じゃない。走り方もとびきり格好良い二人の美少女だ。いや、ティルデはもう二十歳を超えた立派なレディなのだと思い直した。
ロヴィーサとティルデ。私の推しの二人だ。
ずっと前から注目していて、パイロットとしては私が育てたんですよと笑みがこぼれた。
「無事だったんですね!」
そんな二人の美少女と美人が再会するなり抱きついてきた。
「二人も、よく無事で」
私も涙がでるくらいに嬉しくて喜んだ。
でも、きっと二人の推しに密着されて気持ち悪い笑みになっている気がする。
「ヨーコさん、あ、いえ、ルミ姉さま?」
ティルデちゃんが、私の右頬に空気がかかりそうな近さで呼びかけた。
「どっちでもいいよ」
微笑みながら答えた。答えたけれど……。
(実際、どっちだろうね)
ただのエーリカ国の女子大生ヨーコというのには、ちょっと他の記憶が、特にルミサの記憶が大きすぎる気がした。
「では、ルミ姉さま。『その子』ですけれど、どっちの陣営に奪われても大変ですので、私の部下たちで運んでしまおうと思います。よろしいですか?」
後ろの機動兵器タイプイプシロンを見ながらティルデはそう言った。
「……そうね。預かってもらった方がいいわね」
元々はサウザード国の技術だと思うので、サマリナ国に渡していいのだろうかとちょっと躊躇ったけれど、どうせクレイバードの体でないとまともに動かすこともできないから『まあ、いいか』と頷いた。
私は永遠にサマリナの味方なのだ。
「はい。ではさっそくとりかかります」
ティルデは、嬉しそうに私に敬礼をして走っていった。
去っていく背中を見て、あの頃のままだと思った。
私が死んでから、リーダーなんかになって無理をさせてしまったのだと気がついた。本当は二番手くらいで自由にやらせてあげるのが一番向いている娘だったのに。
「ロヴィーサ……ちゃん」
私の左側に残って立っているロヴィーサに声をかけた。なんて呼んだらいいのだろうかとちょっと迷ってしまう。
「なんでしょう?」
ちょっと冷たい声な気がした。
「私……ね」
私をじっと見る目も冷たかった。
でも、言わないといけない。
ずっと言おうと思っていたのに言えずに死んで後悔したから。
「ずっと、あなたのこと好きだったの」
「は、はい?」
さすがにいきなり過ぎて失敗したと顔が赤くなる。
「わ、私のせいでルミサお姉さまは……」
その言葉をわざと途中で遮って話し始めた。
「そ、その教官と仲良かったのは、あなたの気を引くことができるかなと思ったからで。いえ、それだけってわけじゃないけれど……」
「はあ」
私が慌てて言う言葉に明らかに戸惑っていた。少しずつ言いたいことは分かってもらえたようだったけれど、言葉の意味を理解した結果、反応は更に冷たいものになっていった。
「つまり、そんな小学生の恋愛感情みたいなことで、私と教官の仲を引き裂いて、教官の心を弄んだと……」
「も、弄んでなんてないから」
あれはあれで真剣な気持ちだったと思う。思うけれど、それはなおさら他人からみれば最低の女に見えるんじゃないかだろうかと言葉にするのはためらってしまう。
「まあ、どうせ私は教官には相手にされていなかったでしょうけれど……」
ロヴィーサは、ちょっと自虐的にため息をつく。
「私は、ルミサお姉さまのことは嫌いです」
ため息から顔を上げて、そう続けた。
終わった。
いや、どうせ元々何年も前に終わっている恋だったけれど。
わざわざ生まれ変わってまで振られたようなこの状況は、失恋のダメージも二倍で受けている気がして涙さえでない。
「一人で死んで、ティルデも教官も悲しませて……あなたが死んだから、教官は私たちの前からいきなり去ってしまった」
それを言われると何も言えなかった。あの一瞬の判断を何度も悔やんでいる。
「……私も悲しかったです。私がもっと早く教官や基地に連絡していたらよかったのにと……」
ただ、ロヴィーサは、小声でそう続けた。
ああ、私が死んで悲しんでくれたんだと分かってちょっとだけ嬉しくなった。
「……なんですか。その顔は」
変な笑みがロヴィーサにまで伝わってしまったらしい。不機嫌そうに注意されてしまった。
「だから、ルミサお姉さまのことは許せません。大嫌いです」
止めを刺された。そう思ったけれど、ロヴィーサは、すぐにあまり見たこともない優しい笑顔になってくれた。
「……ですけれど、ヨーコさんのことは好きですよ」
「え」
「助けに来てくれて嬉しかったです。格好良かったですよ」
昔から表情が変わらなかった彼女が、照れながら潤んだ目で私を見つめてくれる。
これは夢?
混乱する記憶の中で本当にそう疑っていた。
「はい。私はヨーコ・バーランドです。ルミサなんて女のことは知りません」
調子のいい私の言葉に、ロヴィーサは一度も見たことのないくらい大きな声で笑ってから私に抱きついてきた。
左頬に彼女の頬の柔らかさを感じながら、私も笑った。
冗談っぽく言った言葉だったけれど、私の中でそれはしっくりきた。
(そう、私はヨーコ)
(……さよなら、私の中のルミサ)
記憶の中の彼女に別れを告げて、ロヴィーサを力強く抱きしめた。
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