第9話 覚醒促進

「え!君たちは!?」

 人語を操る魔道具を初めて見たリクタスは一瞬、面食らう。


「アタシはマゼリア」

 と桃色の指輪が答える。

「私はインディマと申します」


「教えてくれ、どうすればエルノアを元に戻せる!?」



「あなたが凍結解除の魔術を唱えれば良いのです」

「っ、そんな!」


 インディマの言葉に、リクタスは戸惑った。

――魔術なんて、使ったことねぇよ……!


「大丈夫よ、アンタにも魔力はあるでしょ?その杖に魔術回路がインプットされてるからそれに魔力を込めれば魔術が使えるわ。お願い、アタシたちを信じて!」

 とマゼリアが言う。


「君たちがやるんじゃダメなのか?」

“彼女”たちが何者なのか分からないが、少なくとも自分よりは魔術に詳しいだろう。

 だったら、自分よりも適任じゃないか、と思ってしまう。

 

「私たちはあくまで魔道具です。魔道具が勝手に魔術を使うことはできません。魔術を使えるのはあくまで“人”なんです」

 インディマが答える。

 

「……分かった!」

 リクタスは肚をくくることにした。


 元の人間の大きさに戻って、杖を拾う。

――俺がやるしかねぇんだ!


「杖の先をなるべくこっちに近づけて。術の細かいコントロールはアタシたちがやるから」

 リクタスは言われた通り、2つの指輪の間に、杖の先をかざした。


「目を閉じて深呼吸して。気持ちを落ち着けたら、集中してくださいね。私たちが呪文を言いますから、後に続いて唱えて」


 二、三回の深呼吸の後に目を開く。

――絶対に救ってみせる!


「じゃあ、行くよ?慈悲深き天の神よ――」

「慈悲深き天の神よ……」

 リクタスは指輪たちが唱える呪文を復唱していく。

 

「「恩寵篤き地の精よ!人の子リクタスが希う。彼の者を凍てつかせし氷を取り除き給え。悪しき牙を砕き、善良なる魂を救い給え、純潔なる肉体に熱き息吹取り戻させ給え、“解氷”!」」


 唱え終わると、杖の先から琥珀色の光が球状に広がって、エルノアとリクタスを包んだ。

 光に触れたとき、急に春の陽光の元に来たような気がした。


 光が消えると、エルノアの身体はふらっとリクタスへと倒れかかった。

 慌てて支えて、

「エル、エルっ!」

 と呼びかける。


「大丈夫、眠っているだけですよ」

 インディマの言う通り、エルノアはスーッスーッと静かに寝息をたてている。


 その様子に、ホッと息をつく。

 そっと抱き上げると、少女の重みと温かさが腕に伝わってきた。


「本当に、成功したんだな……」

 信じられないようにリクタスは首を振る。


「解除魔法は比較的簡単だからね。攻撃魔法だろうと凍結魔法だろうと、何かを“為す”魔法のほうが難しい。何事も、作るより壊すほうが易しいってことだね。まぁ今の場合、失敗すれば、エルごと壊す可能性もあったけどね」

 とマゼリア。


「何っ!どうしてそれを――」

「先に言えばどうなっていましたか?魔術の制御には精神状態が大きく作用します。もしかして失敗するかも、と思いながらやる魔法が成功すると思いますか?」


 インディマの言葉に、リクタスは沈黙する。

――確かに、ただひたすら、エルを助けたいって、それだけ考えてたからな


 自分に迷う隙を与えさせなかった彼女たちの判断は賢明だった、とリクタスは理解した。

「そうか、ごめん……ありがとう」

「いやいや、こっちこそ、うちのお姫様を救ってくれてありがとうね」


「って、そういえばあいつっ!」

 顔を上げて、エルノアを凍らせた張本人、ザックローザを探したが、既にその姿はなかった。


「っ……!」

 怒りと自分のふがいなさに歯ぎしりするリクタスを、マゼリアが慰める。


「しょうがないよ。まずはエルノアを助けないといけなかったんだから」

「そうだけど……」


 何の非もないエルノアが狙われたことが哀しく腹立たしかった。

 奴に相応の苦しみを味わわせないと気が収まらなかった。


「まぁ、ザックローザはプライドが高く、執念深いようですからね。また向こうからリベンジしてきますよ。そのときに返り討ちにしてもいいでしょう?」

 インディマの言葉に、「……そうだね」と頷く。


「それにしても、すごかったねリクタス!あのダズバルを一瞬で消し炭にしちゃったんだから!」


「うん。なんとか、アイツに対抗できるだけの力が欲しいって思ってこのダンジョンに潜ってきたけど、まさかここまでできるなんて」


 エルノアをお姫様抱っこして、リクタスはゆっくりと歩いた。

 柔らかな砂地を見つけると、そっと降ろす。


「伝説の巨人、といっても眷属だったわけだろ?そこまでの強さはないはずだけど」

 そう言ってリクタスは自分のステータスを開いた。


名前:リクタス

種族:ミノタウロス(人間)Lv.41


生命力:8914/8914

魔力 :3753/3753

膂力 :10331

知力 : 5321

耐久 :14857

技能 : 8219

持久 :12548


 1万越えの数値がいくつか出てくると、なかなか強くなってきたことが実感できたが、ダズバルやザックローザのステータスはこの上を行っているはずだ。


「じゃあ、記録を見てみたら何かわかるかもよ?」

 マゼリアのアドバイスにしたがって、ログを開いてみる。


「これは……!」

 画面に浮かび上がった数字を見て、リクタスは驚いた。


「……すっげぇ!」

 リクタスが怒りで逆上していたときの数値は、元の5倍になっていたからだ。


「あぁ、やっぱりですね」

 とインディマが口を挟む。


「やっぱりって?」

「あなたが乗っ取ったミノタウロスは、飼いならしやすいように弱体化させられていたのですよ。恐らく、精神構造体に“枷”がかけられていたのでしょうね」


「で、キレたときにそれが外れた、ってことだろうね」

 とマゼリアは言ったが、リクタスは首を傾げた。


「まぁ確かに、あん時はかなりブチギレてたけど、それで外れるようなヤワな枷なのか?」

 戦いの中で感情が昂ることなんてしょっちゅうある。

 そんなことで眷属が暴走して、コントロールができなくなるのでは話にならないはずだ。


 すると、マゼリアはフフーンと得意げな声を出した。

「そこが、うちのお姫ちんのスゴいところなんだよねー」


「ん?なんでそこでエルノアが出てくるんだ?」

「あなたは度々エルノアから治療を受けていたでしょう?そのとき、エルは自分でも知らないうちにあなたにバフをかけていたのよ」


「!」

「精神構造体について、“枷”を外せるだけの強化がなされていた。言わば“覚醒促進”のバフということね」


「覚醒促進……」

「えぇ。そして、それがエルノアが狙われた理由でもあるのよ」


 そのとき、

「ん……」

 と声がした。

 エルノアが目を覚ましたのだ。

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喰われて始まる成り上がり~魔物に喰 われたけれど、隠れスキルが発動して乗っ取れた俺、大切な人を守るためには魔王にだってなります!?~ まめまめあいす @orufelut

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