第8話 怒りの炎

「アーッハッハッハッハ!ざまぁないわね!」

 リクタスが喰われたのを見て、ザックローザは高らかに嗤うと、エルノアのほうに向き直って杖を掲げた。


 杖の先にある黒い宝玉が光ると、そこから黒い光球が現れてエルノアへと飛んだ。

「!」

 少女はとっさに身構えたが、彼女を庇うように、狼のカノンが躍り出た。


 光球はカノンを包むと、ギュンと小さくなって消えてしまい、ザックローザは舌打ちした。

「チッ、余計なことを」


「っ!よくも、カノンをっ!」

 憎しみのこもったエルノアの声に、女は鬱陶しそうに眉をひそめる。


「うるさいわねぇ、死んじゃいないわよ。今のは魔界への転送魔法。アンタが素直に受けてりゃこんなことにはなってないのよぉ?」

「……!」


「ホンッットに不本意だけど、ガーグリオンさまのご命令でね、アンタは無傷で連れ帰らないといけないの。だから大人しく――」

 そう言いながら、再び杖を構える。

 

 黒い光球が現れた瞬間、ミノタウロスが動いた。

 肩に乗るザックローザを素早く掴むと、地面に叩きつけた!

「ぐあっ!!」


 口から青い血を吐きながら、魔族は目を白黒させている。

「悪いな。アンタの眷属は乗っ取らせてもらった」

 ミノタウロスの中から聞こえてきたのはリクタスの声。


 突然の事態にザックローザは信じられない、というように目を見開く。

「ガフッ……何よ、それっ、乗っ取りとか、ありえない、ありえないんだけどっ!」

 息も絶え絶えになっているザックローザから少し離れた所には、彼女の杖が転がっている。


 リクタスはそれをつまみ上げると駆け寄ってきたエルノアに渡す。

「リク、カノンが魔界に転送されちゃったの!」


「!」

 リクタスは唇を噛んだ。

 ミノタウロスの意識を塗りつぶすため、僅かに時間をロスしたのが悔やまれた。


「分かった。カノンを助けに行こう」

「ゴメンっ!あの子は私を庇って――」


「エルが謝ることはないよ」

 リクタスは首を振ると、倒れたままのザックローザに近づき、その首元に鋭い爪の先を突き付ける。 

「さぁ、魔界まで、カノンが囚われている所まで案内してもらおうか」


 爵位持ち、ということは、この女は魔界でも相当な存在のはずだ。

 しばらくは人質として役立ってもらおう、とリクタスは考えた。


 ザックローザは血の混じった唾とともに、呪詛に満ちた言葉を吐く。

「調子に、乗るなよ、下等種がっ!杖を奪った、くらいで、いい気に、なるなっ!」

  

 確かに、魔術師というのは、魔術回路を持った身体そのものが“武器”だ。

 上級者になれば、杖が無くても、そして呪文の詠唱をせずとも、十分な時間をかければ初級・中級魔術を発動させることはできるだろう。


 だがリクタスは首を振った。

「エルノアに教えてもらったんだ。魔術師にはそれぞれ封じの呪文って言って、自らの魔術回路を閉じる呪文があるんだろ?それを唱えれば魔術が使えなくなるはずだ」


 ここまでの道中、魔族や魔術について、エルノアからいろいろと話を聞いていたのだ。


「……!」

 今度こそ、ザックローザは恐怖で蒼ざめた顔になった。

「さぁ、自分で封じの呪文を唱えろ!」


リクタスが爪をわずかに押し込むと、首筋から一筋の青い血が流れ、魔族の女は「ぐっ」と唸って冷や汗を浮かべる。


 そのとき、洞窟の奥からブゥンと音が聞こえて、次の瞬間、いくつもの光弾がリクタスに襲い掛かった。


「くっ!」

 光弾そのものに大した威力はないが、エルノアを護ろうとわずかに体勢を変えた時、ザックローザにかかっていた爪がわずかに離れ、その隙に相手は這うように逃げ出した。


「待てっ!」

 と手を伸ばすが、その前に何者かが瞬間移動して立ちふさがった。


 目の前に現れたのは白髪の魔族。

 エルノアを追いかけていた男、ダズバルだ。


 右手には黒い剣、左手には、さきほどリクタスに襲い掛かったのと同じ光弾が幾つも浮かんでいる。


「ダズバルっ!」

 リクタスの声がザックローザの眷属の中から聞こえたことに、魔族の男は驚いた顔をしたが、すぐに得心とくしんがいったように頷いた。


「なるほど。やはり、そうでしたか。自分を喰った相手を乗っ取れる、そういうスキルを持っているのですね?」

「……」


 沈黙するリクタスを前に、男はフッと笑みを漏らす。

「やれやれ……廃坑の入り口近くで待っていても、一向にあなた方が来ないものですから痺れを切らしていたんですよ。もしかして、と思ってこちらに来て正解でした」


「へぇ、良かったじゃん。早めに自分のマヌケさに気づけてさ」

 リクタスは煽るが、ダズバルは受け流して笑う。


「ありがとうございます。今度は、あなたがご自分の立場を知る番ですよ。ザックローザ様と私、二人を同時に相手できるとーー」


「アイスパイク!」

ダズバルの言葉を遮るようにザックローザの声が響き、いくつも氷槍がリクタスへと降り注いだ。


「フン!」

リクタスが気合いを入れると、厚い筋肉で出来た上半身から炎が吹き出し、氷の槍とぶつかった。


爆発音とともに氷は砕け、立ち込める水蒸気の中、キラキラと輝きながら降ってきた。


両手を前にかざして魔術を発動させたザックローザは、

「……ぐっ!」

とその場に膝をつく。


「ザックローザさまっ!」

慌ててダズバルが駆け寄る。


その一方、リクタスの足元で

「う……!」

とエルノアの声が聞こえた。


見ると、彼女の手足が凍り始めている。

「エルっ!」

思わず叫ぶが、

「リ、ク……」

恐怖の表情を浮かべたまま、エルノアは白く凍り付いてしまった。


「!!」

リクタスが声を失っていると、ザックローザの哄笑こうしょうが響き渡った。

「ククク……アーハッハッハ!引っ掛かったわね、下等種 !」

 

その言葉で、罠にかかったことに気づいた。

氷は最初からリクタスに砕かせ、その氷の粒を浴びたエルノアを凍らせるつもりだったのだ!

 

「ザックローザさま、この女に危害を加えてはーー」


「うるっさいわねっ、別に死んだわけじゃなし。やられっ放しなんてイヤなのよっ、これくらい仕返ししたっていいじゃない!……フフッ、イイザマねぇ、しーっかり味わいなさい、キャハハハハハハ!!」

 

「……きっさまあああ!!!」

リクタスの怒りが頂点に達する。

――許さねぇっ!! 

 

 頭の中が真っ白になる。

 全身から炎が噴き上がり、右手に巨大な炎の槍が出現する。

「っらぁあああぁっ!」


 全身の筋肉を使って槍をザックローザへと投げつける。

「危ないっ!」


 とっさにダズバルが、庇うように立ちふさがる。

 炎槍は、男の身体のど真ん中を突き刺す。


「ぬぉおおおぉっ!!」

 ダズバルの全身は忽ち炎に包まれ、炭となって消えた。


「ユル、サネェ……!」

 瞳から炎を噴き出し、鬼の形相のリクタス。


「っ……!」

 ”盾”のダズバルを失い、顔色を失っているザックローザへと進みかけた所で、


『何やってんのよ、おバカ!!』

 聞き覚えのない声が、リクタスの脳内に響いた。


『ガールフレンドを放り出して、バカやってんじゃないっての!』

「!?」

 我に返ったリクタスが思わず見回すと、


『ここよ、ここ!』

 チカチカと光りながら”声”を発していたのは、エルノアがはめている桃色の指輪だった。


 リクタスの熱気で表面の氷は融けているが、少女は固まったままだ。


「エルッ!!」

 悲痛な叫びを上げた少年に、今度は藍色の指輪が語り掛けた。

『落ち着いてください。ザックローザの言う通り、死んでなどいません。私たちの言う通りにすれば回復できます』










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