第7話 巨人襲撃

「トライランス!」

 リクタスの声が響き、手製の槍から三つ同時に突きの衝撃波が繰り出される。

 三角に並んだ透明な円錐は、十メートル離れたところを飛ぶアシッドバットの群れへと突入して、ドリルのように奴らを巻き込んだ。


「ギシュアアアッ!」

 コウモリたちは引き裂かれて、耳障りな声を上げながら地面に落ちた。


 全ての個体を倒したのを確認すると、リクタスはステータス画面を開いた。

「……よし、スキルレベルも上がってるな」


 今使った“三連突”――乗っ取ったミミックが持っていたスキルは、当初Lv.20だったが、今は32まで上がっている。


 ステータス自体も上昇している。


 種族 :ミミック(人化状態)

 レベル:27 → 41


 生命力:3520/3520 → 5112/5112

魔力 :2138/2138 → 2949/2949

 膂力 :4407 → 6028

 知力 :2733 → 3651

 耐久 :5115 → 6923

 技能 :3691 → 5250

 持久 :6442 → 8174


 順調にレベルアップしているが、

――問題は、ダズバルに勝てるかどうか、なんだよな。


 勿論、ミミック2体を取り込んだ今の状態は十分強いけれど、ダズバルが、自分のしもべ2体分の強さしかない、なんてはずはない。


――だからこそ、このダンジョンに、魔界へと通じる場所へとやってきたんだ。ここで強いモンスターを乗っ取ることができれば……


「リク!」

 岩陰に隠れていたエルノアが顔を出し、周囲を見張っていた狼のカノンとともに、リクタスの元へと行く。

 

 少女はホッとした表情を見せたが、リクタスに近づくと「大変!」と顔を曇らせて駆け寄ってきた。


「肩から煙が出てるじゃない!酸を浴びたのね」

 というエルノアの声に、リクタスは自分の肩を見る。


「あ、本当だ」

 確かにアシッドバットが吐き出した粘液がかかって、皮膚から細い煙が上っている。

 戦うことに夢中で気づかなかったんだな、とリクタス自身は思った。


「じっとしてて」

 と少女は言うと、両手を少年の肩にかざした。

 右手には桃色の指輪、左手には藍色の指輪。

 

 細い指にはめられた二つの指輪がぼうっと光ると、皮膚を焼く酸が消え、赤くなっていた皮膚も元通りになった。


「ありがとう、エル」

「これくらい、当然よ」

 とエルノアは微笑んだ。


 ダンジョンに潜入して約5時間。

 共に時間を過ごし、言葉を交わすうちに二人は打ち解け、「リク」「エル」と呼び合うようになっていた。


 エルノアは治癒術が得意らしく、これまでも何度かこうして治療してもらっていた。

「ちょっと変わっているね、杖じゃなくて指輪を使うって」

 とリクタスが言うと、エルノアは頷いた。


「そうだね。これは私のお母さんの形見なの……少しも姿は憶えていないけれどね」

 そう言いながら、じっと両手を見つめる。


「それにしても、気を付けてね。このあたりはだいぶ下層のほうだと思うから……」

 とエルノアは不安そうに周囲を見回す。


「見覚えがあるの?」

 リクタスが訊くと、小さく首を振る。


「ううん。私とカノンが地上を目指して走った道は、こことは違うんだけどね。でも、感じない?だいぶ魔力が濃くなっているのを……」


「確かに、そうだな」

 目には見えないが、霧のように魔力があたりに立ち込めているのがわかる。


「だいぶ、モンスターも強くなってきてるし、これはエリアボスも近い――」

 そう言いかけた時、


 ぞっとするような殺気が足元から襲ってきた。

「危ないっ!」

「キャアァ!」


 とっさにエルノアを抱き上げて放り投げる。その瞬間に、


 ズバアア!!

 地面から突然5本の金属の槍が飛び出して、そのうちの1本がリクタスの腹部を貫いた。


「がふっ!!」

 口からも鮮血が迸る。


「リクッッ!!」

 布を引き裂くような絶叫を上げたエルノアを、カノンは空中でキャッチして地面に降り立つ。


 リクタスを突き刺したままの槍の下から、

「キャハハハハハハッ!!」


 と子どものような笑い声が聞えたかと思うと、地面がぐっと盛り上がって割れ、下から巨大な手が現れた。

 槍に見えたものは、手から伸びた長い爪だった。


 ボコボコと地面を割り裂いて出てきたのは、紅蓮の炎を纏った牛頭の巨人だった。

 リクタスは横目で自分を突き刺した相手を見つめ、鑑定スキルで相手を調べる。


 その結果に、驚愕した。

「ミノ、タウロス……!」

 古代より魔宮に潜み、数多の冒険者たちを呑み込んできた伝説の巨人だ。


「あぁら、上手く避けさせたわね、まとめて串刺しになるかと思ったけどお」

 と女の声がする。


 見ると、杖を携えた小柄な魔族が、ミノタウロスの肩に乗っていた。

 背はエルノアよりかなり低く、10歳くらいに見える。

 褐色の肌に緑色の髪。

 髪の間からは、ごつごつとした角が伸びていて、猫のような瞳は金色に輝き、赤い唇からは小さな牙が覗いている。


「ザックローザ……!」

 エルノアが睨みつけると、小柄な魔族はギンッと睨み返してきた。

「気安く呼ぶな!仮にも爵位を持つこの私をっ!」

 

 その瞬間バチっと雷が迸り、エルノアに襲い掛かった。

「あぐっ!」

 咄嗟に張った魔法障壁を突き抜けて、雷のムチがエルノアの肌を打った。


 切り傷から一筋の血が流れたのを見たザックローザは、忌々しそうに眉をひそめた。

「赤い血が流れるなんて、あぁ気持ち悪い!どうして、ガーグリオン様はこんな面妖な小娘に執着なさるのかしら?私の方が遥かに、女としても優れているのに……!」


 そう言いながら、魔族の女は自分の身体を愛おしそうに抱く。


「へっ、そのガーなんとかってのも、子どもを抱く趣味はねぇんだろ」

 とリクタスが笑うと、ザックローザの顔はみるみるうちに赤くなった。

「なん、だと……っ!」

 

 拳をわなわなと震わせ、強く歯ぎしりをする。

「貴様、よくも私が気にしていることをぉおっ!」


 どうやら小柄であることがコンプレックスらしく、女の怒りは頂点に達した。


「うあああぁぁああああっ!!!」

 ザックローザが鬼のような形相で吠えると、それに追従するかのようにミノタウロスは吠え、爪に突き刺したままのリクタスの上半身に噛みついた。


 気が遠くなるような痛み。

 だがリクタスは心の中で微笑んだ。

――これでこいつを、ミノタウロスを乗っ取れる!ダズバルに対抗できる“剣”を手に入れられる!

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