第25話「トルエノ突入」

 正面から突進するロクスが先か

 頭上から迫り来るアーデンが先か

 慌てふためくベルヴァ達の頭上から、アーデンとイディの攻撃の手が放たれた。


「遅いわよ!」


 銃身は蒼色から碧色へと変わり、空気が渦を巻いて銃口へと集束する。全てを押し潰すような重厚な発射音と共に、圧縮された風の弾丸がベルヴァ目がけて撃ち込まれた。

 目に見えぬ凶弾は爆発的な風を生み、立ちはだかったトルエノ達を一瞬にして一掃。ロクスは速度を落とすことなく、守りを失った門を突破した。

 ここまでは難なく突破したため、スリルや興奮なんてものは得られるはずもなく、アーデンは「手応えがありません」と、散りぢりに湖へ吹き飛ばされるベルヴァ達を物足りなさそうに横目で見送る。


 町へ入ると、町人達は上空を疾走する見慣れぬ二台のエル・ロードを興味深げに見上げている。これから城へ乗り込んで一暴れしようと企んでいることなど想像もつかないのか、こちらを見上げる眼差しに疑念の色など浮かんでいない。また若い連中が悪さをしているのだろうと、どこか他人事で、あまり関心がなさそうな眼差しばかり。だが、返って関心を持たない方が好都合。いくら敵国の民といえども、彼には関係のないことだし巻き込みたくはなかった。

 どうかそのまま、何も知らずにいてほしい──心の中で祈りながら、上空を疾走。

 やがて眼前に古城ウェスタリアを捉えると、自ずとハンドルを握り締める手に力がこもった。

 天を突き破るようにそびえ立つウェスタリア城の城門には、慌ただしく飛び出してくるベルヴァ達の姿があった。


「もう動き出してるね」

「門の警備してたヤツが一足先に戻って知らせたんだろう」

「仕方がありませんね。ロクス、これを使って下さい」

「あぁ? うわっ」


 頭上を越えて追い越したかと思うと、アーデンは「受け取って下さい」と軽く言いながら、こちらに向かってゴーグルと一丁の銃を放り投げた。


「唱銃? それにしてはサイズが小さいな」

「煙幕銃なのですが、切り替え一つで唱銃にもなります。ですが、今は煙幕の方を使って下さい。それがあれば、こちらが有利になるはずです」

「それじゃ、このゴーグルは?」


 と、目の前にぶら下げたそれを左右に揺らした。


「人間が放つ微量の響音ラドを感知するゴーグルよ。暗闇や煙の中でも姿が見えるの」

「了解」


 銃口を城門へ定めると同時に引き金を引いた。

 螺旋らせん状に煙の尾を引く弾丸は、放たれて間もなく空中で破裂し、膨れ上がった煙はベルヴァ達の視界を遮る壁となる。

 視界ゼロ、ゴーグル装着で戦闘準備は完了。煙幕の中に浮かび上がる人型の光を目印に猛攻が始まった。


 こちらの居場所を特定されないよう、煙幕を盾にアーデンは城の上空を飛び回って唱銃を乱射、俺は煙幕銃で煙幕を張りながら動き回る人型の光を目で追った。

 ベルヴァやイリアスがこの奇襲をどう解釈し、どう対処すべきと判断したか定かではないが、こちらが仕掛けた攻撃に対し、防御するか撃ち返してくるかのどちらか。少なくとも応戦しているベルヴァが理解していないのは確かだ。


「ロクス、そろそろ良さそうだね」

「そうだな。連中が混乱してる隙に、トルエノに乗り込むか」


 何気なく振り仰ぎ、頭上に浮かぶトルエノに視線を向けた。

 煙幕が風に流され、わずかに切れ間ができる。その間からほんの一瞬だけ、城の最上階からトルエノへ繋ぎ渡した梯子を通り、トルエノへと乗り込むイリアスの姿が見えた。


「イリアス?」

「なんであいつが……?」


 訝しげに顔を見交わした直後、トルエノから稼動音が響く。城から渡された梯子が外れ、機体を繋ぎ止めていたワイヤーも次々に切れ、トルエノがゆっくりと浮上を始めた。


「トルエノがっ。未完成じゃなかったのか?」

「きっと動力室は完成してるんだわ。もしそうなら、飛行はできるから」


 こちらの目的がトルエノの破壊と踏み、それを阻止するために逃げるつもりか。

 追いつけなくなる前に乗り込もうと、エル・ロードの機体を反転させた矢先のこと。トルエノの船尾にある貨物室のハッチが開き、そこからエル・ロードに乗ったベルヴァの軍勢が地上へ向けて急降下してきた。


「おやおや、たくさんお出ましですね」


 トルエノの浮上に気づいたアーデンは、周囲への攻撃を中断して俺のもとへと戻ってきた。降下してくるベルヴァを見上げ、次期皇帝殿はサービス精神が旺盛ですね、と、こんな時まで嫌味を呟いていた。


「どうやら歓迎されているようです。嬉しい限りですね」

「呑気なこと言ってないで、突破口開くわよ。二人だけでもトルエノに送り込むわ」


 向かってくるベルヴァに銃口を向け、スコープを覗いて狙いを定める。イディの唱える古語に共鳴し、唱銃の充填が開始。


「ロクス、あいつらとアタシらの間に煙幕張って。そのまま撃ち落としてやるわ。ロクスは撃ったら真っ直ぐ煙幕に飛び込んで、そのままトルエノに乗り込みなさい」

「はぁ? そんなことしたら俺達まで蜂の巣だろっ」

「つべこべ言わずに行きなさい!」

「わ、わかったよ。イディの腕、信じるからな!」


 言われるがまま、向かってくるベルヴァの軍勢目がけて煙幕を撃ち込む。それと同時にエンジン全開、機体を一気に浮上させて煙幕の中へと飛び込んだ―――その直後、下から突き上げるように銃声の雨が轟く。


 鳴り響く銃声

 金属を貫き、爆散する音


 煙幕を突き抜けて眼下を見下ろすと、見事にベルヴァの乗ったエル・ロードが粉々になり、地上へ落ちていく様が見えた。


「イディ、凄い!」

「さすが、学園一のスナイパー」


 感心する俺とティークの足元で、イディはこちらに向かって大きく手を振った。


「こっちの足止めはアタシ達に任せておいて!」


 大きく頷き返し、浮上したトルエノを追う。貨物室のハッチから艦内へ乗り込んだ。

 飛行可能の状態とは言え、やはりまだ建造途中。艦内の壁も所々むき出しのままで、上層階へと繋がる階段も簡易的な梯子をかけてある程度だった。


「この状態でよく飛べるよな」

「それだけ操縦室と動力室の完成度が高いんだわ。でも、私達にはその方が好都合……イリアスが気づいていなければね」


 そう呟くティークの横顔は、拭い切れない不安を色濃く浮かべていた。

 貨物室から艦内へ。向かう先はこの機体の心臓部である動力室。トルエノを一気に破壊するには動力室を停止させれば全てが終わるという。

 艦内の図面を全て記憶しているティークに続いて中を進み、最下層にある動力室へ――その場所を目にした俺は言葉を失った。


「何だよ、これ……」

「トルエノを起動させるための動力だよ」


 淡いブルーの光に包まれたドーム状の室内に、葡萄の房のように連なった丸い水槽が五つ置かれている。その中に10歳前後の少年や年老いた老婆、青年達が閉じ込められていた。


「動力って、これが?」


 その言葉が信じられなくて、水槽に歩み寄った俺は確かめるようにガラスに触れる。彼らは眠っているのか、目を閉じたまま動かない。


「トルエノは私達を……紅焔ノ謌ルースを施した謌人ソニドから響音ラドを吸い上げ、それをエネルギーに稼働するの」


 大巫女の言っていた言葉の意味がわかった気がした。

 この部屋に置かれた水槽は5つ。今その内の4つが埋まっていて、一つだけ空になっていた。おそらくそこにティークが収まるということ――ティーク1人でも欠ければ、トルエノが完全なる力を発揮することない。そういう構造になっているのだと覚った。


「それじゃ、ここに居るのは仲間の稀覯禁書イストリアなのか?」


 その問いに小さく頷き、ティークは水槽の1つを悲しげに見つめた。


「ラウラ、ダイト、ミリシャ……それから」


 4つ目の水槽に目を向けた時、悲しみを宿したティークの瞳が急に鋭さを宿した。怒りか、或いは悔しさか。複雑な色を滲ませて睨みつけながら、その水槽にそっと触れた。


「キルナー」

「あれ? こいつ確か……あっ! あの時のっ」


 その水槽におさめられていた男は、細民街スラム・シュタットでティークを待ち伏せし、光の園リヒト・ガーデンで大巫女を撃った隻眼のベルヴァだった。だが、敵国の兵士であるその男が、なぜここにおさめされているのか。理解できず、訝しげに覗き込んだ。


「この中に居るってことは、こいつも稀覯禁書イストリアなのか? でも細民街スラム・シュタットで会った時、何も言ってなかったよな?」

「この時代に転生してから他の3人には会っていたんだけど、キルナーが幽閉されていた施設は最北の雪深い山中にあったから行けなくて。一度も会ってなかったの。だから、あの時も気づかなくて……けど」


 水槽に触れたティークの手がギュッと力を込めて握られた。


「大巫女様を撃って来た時、頭の中に歌が聞こえたの。紅焔ノ謌ルースを宿した謌人ソニドが使う、歌が……。その時、彼がキルナーだってわかった。そして……」

「そいつが裏切ったということも覚った。違うか?」


 背後から割り込んだ声に驚き、反射的に振り返る。入口に立つイリアスの姿を目にしたとたん、体に緊張が走った。

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