第24話「戦闘準備」

「おやおや。思いの外、たくさんいらっしゃいますね」


 鬱蒼うっそうと木々が生い茂る森の中、巨大な老木の枝に腰掛けながら、お手製の望遠スコープを覗くアーデンが声を弾ませた。

 観察している先はもちろん、ガルードの次期皇帝イリアスが身を置く湖の上の城ウェスタリア。

 1年程前に建造された人工の浮島【ウェスタリア島】には、城だけではなく唱術学の研究施設やベルヴァの隊員達が身を置く寄宿舎、訓練場、それ以外にも酒場や店が幾つも軒を連ね、まるで町の一画を切り取って湖に浮かべたかのような構造になっている。

 イリアスの用心深さが窺えるのが、島全体を包み込んでいるドーム状の【唱壁しょうへき】である。唱術の一種で主に水を利用して形成するのだが、この唱壁が非常に厄介。もとは水であるため簡単に一見通り抜けられそうに見えるのだが、外敵対策として生み出されたため簡単には抜けられない仕組みになっている。

 

 エル・ロードを使用して内側から障壁を抜けることは可能だが、外側からの侵入は不可能。侵入を感知したとたん、水は一瞬にして鋼鉄のような強度へと変化する上に、そのまま水の中に閉じ込めてしまう。おまけに爆撃や砲撃などの攻撃は一切通用しないとの噂だ。

 そんな厄介な物が島を覆っていては迂闊に近づくことも出来ない。取り敢えず、島の警備状況や突破口を開ける場所を把握すべく、対岸の森からアーデンは念入りにチェック中だった。


「アーデン、どんな様子?」


 老木の根元から枝の上にいるアーデンに、イディは声を抑えて訊ねた。


「船着き場にベルヴァの隊員が4人。島の入口には門があって、そこにもベルヴァの隊員が五人配置されています」

「島に侵入で来そうな場所はありそうか?」

「ここからでは見当たりませんね。正面を突破する以外に方法はなさそうです」


 イリアスの用心深さには感心しますよと、アーデンはブツブツと文句を言いながら枝の上から飛び降り、静かに着地した。


「唱壁が相手じゃ、こっちも下手に手は出せないんだろ?」

「そうねぇ。唱壁は響音の構成が複雑だから、無理に解呪しようとすると組み込まれた防壁唱術が発動して解呪不能になっちゃうし」

「多分、比較的ガードの薄い門を選ぶのが妥当だと思うよ?」

「本来でしたらこっそり忍び込んだ方が身動きは取り易いのですが、この際仕方ありませんね」


 と、アーデンはエル・ロードの後部席に積んだバッグに手を伸ばす。分解して詰め込んであった部品を取り出し、鼻歌混じりに組み立て始めた。あまりにも楽しげなその姿を見て、俺とティークは思わず吹き出した。


「アーデン、仕方ないとか言う割に楽しそうだな」

「なんだか、これから乗り込んで行くとは思えないよね」

「ふふっ、見ての通りですよ」


 声を弾ませながら手にした部品を自慢げにこちらへ向けた。まだ途中ではあるが、アーデンが抱えている部品が銃身であることから大体の予想はつく。だが、気になるのはそのサイズ。


「これから何を作る気なんだよ。バズーカ?」

「サイズから言うと近いですね。ですが、威力はこちらの方が格段に上です。何せ、この唱銃は僕とイディによる愛の結晶ですから」

「単なる合作だから、誤解しないで」


 アーデンが言い終わる前にきっぱりと言い切ったイディ。ブリザードのように冷たい態度と口調で否定され、アーデンは銃身を抱えながら寂しげに見つめた。


「イディ、何もそこまで否定しなくてもいいではありませんか。そんなに恥ずかしいのですか?」

「拒絶させてもらうわ。アタシが愛してるのはガルデル教官ただ一人なのっ。あんたにはこれっぽっちの興味もないわよ」


 と、親指と人差し指の腹をギュッと押し合わせてアーデンの鼻先に突きつけた。そこまできっぱり断言されたにも関わらず、ここで諦めないのがアーデンの凄いところ。


「あのオヤジは痛い目にあわせなければいけませんね。いつか打ちのめしてやりますよ」 


 笑みの中に怒りをチラつかせる。どうあっても怒りの矛先はイディ本人ではなく、恋敵の教官に向けられるらしい。そんな姿が馬鹿馬鹿しく見えたのか、イディは額を押さえて首を横に振った。


「いちいち反応が面倒な男ね。つき合い切れないわ」

「ははっ、そう言うなって。ところで、今アーデンが組み立ててる唱銃、見たところ相当デカそうだけど。弾の装填とか大丈夫なのか?」


 これからの突入に支障をきたすのではないかと心配して訊ねたのだが、アーデンは馬鹿にするように鼻で笑って返した。


「唱術の武器転用技術は素晴らしいです。半永久的に弾の充填を可能にしてしまうのですから」

「この銃の弾は大気中の水分と風をもとに、銃の中で生成するから充填の必要はないの」

「つまり、圧縮された水と風の弾丸って感じね?」


 ティークは組み立てたばかりの銃身に触れながら訊ねると、イディは腰に手を当てて自慢げに頷いた。


「試作品だからどこまで使えるかわからないけど、何もないよりはマシだと思うわ」

「マシどころか、すげぇ役に立つよ。これから乗り込むんだ。少し、荒っぽく行った方がいい」


 そうこうしている内に、手際のいいアーデンはあっという間に銃を組み上げる。抱えた大型の唱銃を得意気になって見せた。


「準備完了です。いつでも行けますよ」

「わかった。それじゃ、そろそろ行くか」


 エル・ロードに跨ってエンジンをかける。木々の間から見えるウェスタリア島を睨みつけながら、ズボンのポケットに忍ばせていたフォノを取り出した。


「ロクス、こんな時までフォノですか?」

「当然だろ。今からあれを破壊するんだ。気合い入れないとな」


 そう答えながら、フォノに入れた音楽盤から選曲を始める。これだと曲を選定し、左耳にフォノを装着した。


「取り敢えず、門を突破したら真っ直ぐ城ですね」

「あぁ。その後は相手の出方を見る」

「了解です。では、先に行かせてもらいます」


 アーデンは自らのエル・ロードに飛び乗り、エンジンをかける。後部席にイディが乗ったことを確認するや否や、アーデンは目配せをして湖へと飛び出した。


「俺達も行くか」

「うんっ」


 フォノの再生ボタンを押す。指先まで響く重低音とリズムに気分と感情の全てを乗せ、高鳴る鼓動に合わせて一気に飛び立った。

 湖畔から湖の中心へ──荒々しく水面を揺らし、吹き上げながら水面ギリギリを低空で疾走。前方に船着場と門、それらを守り配置についているベルヴァの姿を肉眼で捉えると、アーデンは唱銃を肩に担いで支え、後部席のイディがスコープを覗きながら引き金に手をかける。触れた瞬間に唱銃は響音ラドを感知し、銃身に刻み施した唱術の紋様が紫紺の光を滾らせた。


「12時の方角に捉えたのはベルヴァ5人。門の4人までは届きそうありませんね。イディ、どうします?」

「取り敢えず、その5人を湖へ落とすわ。門の4人は後よ」


 行く手を阻むものはさっさと排除すべきだわと、イディは悪態をつきながら指先で銃身をなぞる。紋様に滾る光が紫紺色から蒼色へと色を変え、湖面の水が粒子となって唱銃の銃身へと吸い寄せられていく。


「アーデン、しっかり支えてなさいよっ。衝撃、半端じゃないんだから!」

「僕がイディを落とすわけがないでしょう。安心してぶっ放してください」


 船着場までの距離が100メートルを切り、唱銃のエネルギー充填が完了。狙いを定めるスコープ内には、ようやくロクス達の存在に気づいて警戒態勢に入るベルヴァ達の慌てふためく姿が映っていた。


「呑気ね。アーデン、行くわよ!」


 語気を強めると同時に引き金を引く──前進していたエル・ロードが瞬間的に後退するほどの威力と、身を竦めるほどの爆音を轟かせ、蒼い光を纏った弾丸は水面上を駆ける。回避する間もなく弾丸は船着場へ直撃し、見張りのベルヴァ五名は爆風によって船着き場もろとも吹き飛ばされた。

 門の警備についていたベルヴァ達は、次の攻撃に備えるべく「急げ!」「本部へ連絡をっ」と声を張り上げながら守りを固め始めた。


「ロクスっ」


 アーデンは半身だけ振り返って呼んだ。


「ロクスはこのまま真っ直ぐ門へ突っ込んで下さい」

「アーデンは?」

「あの4人を門から退かします。すぐに後を追いますから、ご心配なく」

「わかった!」


 返事をした直後にはアーデンのエル・ロードは一気に加速し、距離を引き離す。

 大破した船着場の残骸を越え、門前で待ち構える兵士達へ一直線──かと思ったその瞬間、エル・ロードを垂直に上昇させ、ベルヴァ達の頭上へ。そして一気に降下させた。

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