第23話「約束のために」

「そのサンドイッチ二つとそっちの新聞、一部もらえる?」

「はいよ。合わせて500Sセディね」


 それらを受け取るのと引き換えに金を手渡す。露天商のオバちゃんは「またどうぞ」と、俺を見送った。

 どこかに座って食べようとも考えたが、その余裕がないほど腹が減って仕方ない。すぐさま空腹を満たすべく、町の通りを歩きながらサンドイッチにかぶりつく。その隣を歩くティークも同じようにそれを頬張ほおばり、目が合うと照れくさそうに微笑んだ。


「あのお店のサンドイッチ、美味しいね」

「色々食べたけど、あのオバちゃんのが一番美味いよな。あぁ、多めに買えばよかった」


 ものの数分で食べ終えてしまった物足りなさから、引き返そうかと振り返る。そんな俺を見て含み笑い、資金が少ないから我慢しなきゃ、とティークは俺の手を引っ張った。


「わかってるよ。仕方ないから、新聞でも見て誤魔化……あっ」

「どうしたの?」


 新聞を開いたとたんに立ち止まった俺を、ティークは不思議そうに見る。


「いや、大事になってるなぁと思ってさ」


 開いた新聞をティークに見せた。

 そこには光の園の大巫女が銃弾に倒れ重傷、現在も意識不明だという記事が載っていた。すでに2週間も前の出来事だが、あの一件がようやく公の記事になったようだ。


「〝犯人は士官学校生二名、現在逃亡中〟だって」

「この士官学校生ってのは、俺達のことだよな」


 予想通りの展開ではあったが、こうして文字として書き起こされると、自分達が追いつめられていることを実感させられる。

 遡ること2週間前――大巫女が隻眼のベルヴァに撃たれたあの日。俺とティークは光の園リヒト・ガーデンから逃亡し、見つからないよう身を隠しながら町から町へ転々と移動し、今はクムンドという都市まで逃げ延びていた。最初は手持ちの金も少なく、行く宛てもなく不安もあったが、いざ逆境に立ってしまえば後はどうにかなるもの。逃亡生活も苦ではなくなっていた。


「やっぱり犯人にされちゃったわね」

「まぁ、あの状況なら仕方ないさ。けど、大巫女が目を覚ませば俺達の無実は証明されるんだ。今はやらなきゃならないことがあるし、それを優先させよう」


 ティークが頷いたのと、ほぼ同時だっただろうか。時計塔の鐘が町中に鳴り響く。振り仰いだ俺とティークは、時計が午後1時を指しているのをその目で確認する。


「約束の時間だな」

「うん。急ぎましょ」


 人混みに沿いながらしばらく歩き、エレミア亭という酒場に差し掛かったところで路地に入り、工場や廃品屋が並ぶ裏通りへ――通りの片隅に建つ古くて小さな教会へとやってきた。


「あれって……ロクスのエル・ロードだわ」


 入口付近に置かれたエル・ロードを見たティークは、嬉しそうに声を上げて駆け寄る。一台は闇夜を切り取ったような漆黒、もう一台はルビーを散りばめたような真紅。その赤いエル・ロードは紛れもなく俺のものだった。


「持ってきてくれって頼んだからな。これがあるってことは、二人が無事に着いた証拠だ」


 立付の悪くなった扉を押し開けて中へ入ると、祭壇前の席に腰掛けている人影が二つ見える。彼らはこちらに気付いて振り返り、ゆっくりと立ち上がった。


「遅かったわね」

「まったく。待ちくたびれるところでした」


 そう言って歩み寄ってきたのはアーデンとイディ――その姿を見て安堵するや否や、イディは力いっぱいティークを抱き寄せる。


「突然いなくなって、しかも大巫女様を撃った犯人にまでされて……本当、心配したんだからっ。あら、ちょっと痩せたんじゃない? ちゃんと食べてるんでしょうね?」

「えぇー、食べてるよ?」


 まるで心配性の姉か母のように、怪我はないか疲れていないかと訊ねている。そんな微笑ましい光景を横目に、アーデンは俺の顔をまじまじと見つめ、含み笑いながら安堵の溜息をついた。


「呼び出して悪かったな。ここまで来るの、大変だっただろ?」

「当然ですよ。ここへ入るためにかなり遠回りしましたし、出費も嵩みましたからね」


 アーデンが嫌味をこぼすのも無理はない。このクムンドは、何を隠そうガルード帝国の帝都だった。

 ある目的を実行に移すため、俺とティークは敵の懐である帝都に入り、色々と下調べを兼ねて潜伏していた。だが、どう見積もっても二人では人手不足。そこでアーデンとイディに連絡を取り、国境を越えてガルードに来るよう頼んでいた。

 身一つで逃亡していた俺達には国境越えのルートも幾つかあったが、それでも一言では語り切れないほど大変だった。だが、エル・ロードを抱えたアーデンとイディはそれ以上に苦労したはずだ。


「連絡してから一週間でここまで来れたのは早い方だよな。もっと時間がかかると思ってたからさ」

「ロクスの頼みですからね。不本意ではありましたが、親の権力と金をここぞとばかりに使ってやりましたよ。まぁ、それでも野宿をしたり色々ありましたが……イディとの二人きりの旅行と思えば苦ではありませんでしたけど」

「ははっ、それじゃ俺に感謝しないとな?」

「なぜそうなるんですか」

「それより、アーデンとイディは〝あれ〟見たのか?」


 二人は顔を見合わせ、こくりと頷く。


「えぇ、町に入った時に見ましたよ」

「というより、嫌でも目に入るわよ。あんなにデカけりゃね」


 目に入らない方がおかしいよ、と呆れて笑った。


「ロクス、本当にアタシ達だけでやるつもりなの?」

「あぁ。悠長にしてる時間もないし、奇襲をかけるなら少人数の方がいい」

「まぁ、軍の侵攻を待っていては、あれが完成してしまいそうですしね」


 善は急げです、と、アーデンは持ってきた荷物を重たそうに肩へかける。その拍子にガシャンと、何やら重量感のある金属のような音がした。


「何だよ、それ。かなり重たそうだけど」


 その質問を待っていたかのように、アーデンはフッと不敵に笑って、聞きたいですか?と聞き返してきた。


「この計画のために急いで用意したのです。まぁ、これについては決行当日にお披露目しますよ」

「何をもったいぶってんのよ。気持ち悪いわね」

「褒め言葉として受け取っておきますよ」


 このやり取りも相変わらずのことか。いつもは〝また始まったか〟と軽く流していたが、今はこの会話にすらホッとする。ティークも同様の安堵感を覚えていたらしく、ここ数日には見せなかった嬉しそうな笑顔を見せていた。


「ほら、二人とも。痴話喧嘩はそのくらいにして、そろそろ移動するよ」

「ちょっとティーク、痴話喧嘩ってなによっ」

「イディ、認めなさい。僕達のやり取りはそのように見えるようですから」


 認めたくなわ、とハッキリ捨て吐いて扉へ向かう。その後を追って外へ出ると、各々の表情は瞬く間に緊張に満ちる。

 眩しいくらいに澄んだ青空には不似合な異物が、見上げたその先に浮かんでいる。


「アスル大戦時の遺物【トルエノ】ですか」

「あれを破壊するのね」


 漆黒に染まる船体は闇を連想させる。生理的な嫌悪感が腹の底から湧き上がるのを確かに感じた。



 ―― 『確かめたいことがあるの』



 光の園リヒト・ガーデンから逃げる途中、ティークがそう言った。

 イリアスが稀覯禁書イストリアを集めていること、ティークが欠ければ思惑は阻止できるという大巫女の言葉から、イリアスの目的がアスル大戦の遺物を蘇らせるつもりなのではと睨んだ。

 その始まりがアルマだとしたら、行きつく答えはひとつ。一国を一夜にして焼き払ったという飛行戦艦トルエノ。それを確かめるため、敵国の領土に足を踏み入れた。

 予感は的中。ガルードの空には建造途中のトルエノが浮かんでいた。それが稀覯禁書を手中に収めたと言う証だった。


「あれは2000年前に消えたものだ。この時代には不要なものだよ」


 頷く代わりに、ティークは俺の手を握る。

 互いに抱いた小さな願い。それを叶えるには、目の前に浮かぶトルエノも、この戦争も、全てを終わらせなければならない。きっと、その先に叶えられる願いがあると信じて、今は戦わなければ――

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