第22話「逃亡」
「あんたと話してると腹が立つ。あんたは自分の頭で考えて行動なんてしたことないだろ? 顔も知らない古の皇帝の命令を、馬鹿みたいに守ってきただけなんだからな」
そう捨て吐くと、巫女達の制止を振り切って謁見の間を飛び出した。
それから間もなくして、アーデン達と中隊長は取りあえず解放され、カルナドへと送り届けられた。本来なら俺も一緒にカルナドへ送られるはずだったのだが――おそらく、このままティークと離れれば二度と会えなくなる。「別れる前に話す時間が欲しい」と苦しい言い訳を強引に作って光の園に留まった。
通されたのは――いや、厳密に言えば〝捕えられた〟と言うべきか。数百年、或いは1000年以上もの間、ティークが幽閉され生活をしてきた城の最上階にある一室に押し込められた。当然、ティークの逃亡対策だろう。ドアには唱術を用いて錠がかけられ、おまけに見張りまで配置される有様だった。
「まだイライラする」
胸の辺りか、或いは
そこからは、どこまでも続く広大な砂漠と、創世新月樹が空へ向かって広げる青々とした枝葉が見える。ティークはこの景色をどれほど長い時間見ていたのかと想像すると、なおのこと腹が立った。
「まだ、お大巫女様のこと気にしてるの?」
「それもそうだけど、色々と。けど、考えるなら別のこと考えないとな」
よしっ、と気合を入れて袖を捲り、探るように窓ガラスを叩いた。一体何を始めるのかと、ティークは不思議そうに首を傾げた。
「何してるの?」
「ここから出る方法を考えてるんだよ。あの大巫女のことだ、このままティークを幽閉するに決まってる。だから、さっさと逃げようと思って」
今なら
「ロクスらしいね」
「そうかな?」
「うん。なんだか、ロクスが言うと本当に逃げ出せそうだね」
「いや、俺は本気で逃げようと思ってるんだけど?」
冗談抜きに逃げ出すつもりでいたのだが、そんな期待すら奪うように「無理だよ」と諦めの台詞を吐く。
「やってみなきゃわからないだろ?」
「わかるよ。私だって、何度も試したんだから」
隣に並び、ティークは窓ガラスにそっと触れた。
「この部屋には、
「マジかよ……いやっ、唱術を使わなくても逃げ出す方法はある。俺がここから出る時に、巫女達の隙をつくとか」
「ロクス、ありがとう」
いつものようにニコッとほほ笑んだかと思うと、ティークはじゃれつく猫のように抱き着いた。
「ファ、ティークっ!」
「私、ロクスについてきて良かった」
こういう場合どうしたらいいのか。恥ずかしさのせいか、行き場を失った両手は宙を彷徨っている。あたふたしているそこへ、ガチャッと鍵が開く音が響く。入口を見張っていた若い巫女が開いたドアの隙間から顔を覗かせたため、俺は慌ててティークから離れた。
「失礼します。大巫女様がお二人とお話しがしたいとのことです。ご一緒に来ていただけますか?」
「話?」
一体何の話だというのか――見当がつかず、俺とティークは顔を見合わせた。
言われるがまま部屋を出、案内されたのは謁見の間にあるテラス。そこで待っていた大巫女は、月明かりを浴びてキラキラと煌めく白い泉を、どこか不安気な表情で見つめていた。
「大巫女様」
ティークが声をかけると大巫女はゆっくりと振り返り、浅くお辞儀を返した。
「お呼びたてして申し訳ありません」
「いえ。話って、何ですか?」
「彼女の今後について、話しておこうと思いまして」
わざわざ呼び出して何事かと思えば――正直、改まって話すような内容とは思えないし、大巫女がどんな言葉を口にするのか容易に想像できるため、呆れて吹き出した。
「今後って。どうせまた幽閉するんだろ?」
「ワタクシはそうすべきだと思っています。今は……断固として、彼女を外に出すわけにはいかないのです」
「ガルードですか?」
ティークの問いに大巫女の瞳が揺れる。
「カルナドを包囲したあの戦艦は、私や仲間の技術者達が設計したもの。今、あの設計の記憶を持っているのは、私と仲間のイストリアだけです。大巫女様、他のイストリアはどこですか?」
「……おそらく、ガルードの手中に」
返された言葉に驚きもせず、ティークは小さく頷く。おそらく、カルナドでアルマを目にした時から、薄々勘付いていたのだろう。
「あなたが逃亡する少し前から、各地に点在する光の園の施設に幽閉されていた他のイストリア達が、何者かの手引きによって逃亡する事件が相次ぎ、彼らを探し出すべく各国に密偵を送りました。そんな最中、ガルードでアルマの設計図が見つかりました」
「それって、ティークが設計したってヤツか。その設計図があるってことは、仲間のイストリアから聞き出したってことだよな?」
「ガルードにイストリアがいると確信したのですが、その行方は掴めませんでした……」
大巫女は申し訳なさそうに頷く。そこまでの情報は掴めたものの、それ以降、密偵からの連絡が途切れてしまったらしい。おそらく確信に迫ったところでイリアスに見つかり、そのまま始末されたのだろうと言った。
「ガルードがどういった経緯で、
「そこまでわかっていたなら、どうして強引にでも取り戻そうとしなかったんだっ」
責めるように問う。大巫女は唇を噛みしめ、申し訳なさそうに目を伏せた。
「ガルードに
「なんとなく、想像はつくけどさ。どうせ白でも切られたんだろ?」
その通りです、と深く頷いた。
「知らぬ、存ぜぬと申すばかり。そう言われてしまえば、ワタクシ達は強引に手出しできません。結ばれた条約が、逆に仇となってしまいましたから」
「他の
「……はい」
「ティーク、どういうことだ?」
訊ねる俺を、青銀色の瞳で見上げる。そこに映り込んだ月明かりが反射して、ほんの一瞬だけ涙で潤んだように見えた。
「アスル大戦時に使用された戦艦は、私を含めて五人の技術者が作ったんだけど、完成させるためには、五人全員の力が必要なの。私一人でも欠ければ、不完全のまま」
「だから今、ティークを奪われるわけにはいかないってわけか」
現状は言わば、首の皮一枚で繋がっているようなもの。もしティークもガルードの手に落ちれば、もしかするとアスル大戦が再現される可能性が高いということだ。
「けど、ここも安全じゃない。ティークが逃げ出した時も、帝国の連中が色々仕組んでたらしいし。閉じ込めておけば安心だ、なんて状況じゃないだろ」
「そうですね。今のワタクシは、自らの考えで行動しなければならないのでしょうね」
自らにも質すように呟き、大巫女は空を仰ぎ見た。
「アスル大戦後、イストリアを未来永劫、監視下に置いて罪を償わせる……光の園は皇帝から受けたこの命を、ただひたすらに守り続けてきました。それが正しいのだと、何の疑いを抱くこともなく。ですが、あなたに言われて気付かされました」
常に感情を押し殺し、無表情と言う名の仮面をかぶってきた大巫女が、柔らかい笑みを浮かべていた。
「全てを変えることは容易ではありません。ですが、ワタクシに少し時間を下さい」
「時間?」
「イストリアを幽閉することだけが答えではないと、今なら思えるのです」
「えっ。それって!」
「その答えを探したいと思っています。ですが、その前にこの戦争を終わらせます。ワタクシはこれから……」
そう言いかけた時――静寂の中、突如上空に轟くエンジン音。反射的に空を仰ぎ見る。夜空に白い雲の尾を引きながら、猛スピードで向かってくる一台のエル・ロードが見えた。
乗っているのは、
静寂を切り裂いて鳴り響く銃声
頭上から降り注ぐ弾丸の雨
大巫女はとっさに結界を張り、降り注ぐ猛攻を防ぐ。だが――弾丸の雨はいとも簡単結界を破壊し、大巫女の体を貫いた。倒れた大巫女はそのまま動かなくなり、服は瞬く間に赤く染まっていく。
「大巫女様っ!」
血溜まりに沈むその体を抱き起こし、声をかけるがすでに意識はない。
空を振り仰ぎ、遠ざかっていくエル・ロードを見つめるティークの横顔には、驚きと戸惑いの色が浮かんでいた。
「ティーク、どうしたんだ?」
「あの男の力は……もしかして」
何か気になったことがあったのか。だがその思いを振り払うように〝考えるのは後〟と、くぐもった声で自らに言い聞かせていた。
「大巫女様を狙ってくるなんて……」
「そこまでしてでも、ティークを手中におさめるつもりなんだよ、ガルードは」
ティークを手に入れたいと願うイリアスにとって、光の園はもちろん大巫女ほど邪魔な存在はいない。手に入れるがために、それを消しにかかったのだろう。
「ティーク、大巫女様の傷、塞げるか?」
最も傷の深い大巫女の腹部を手で押さえ、訊ねた。
「うん、やってみる」
「それにしても、妙だよな。こんな銃撃くらい、大巫女様なら防げそうなのに」
「あの男が持っていた銃から反響音が聞こえたの。だから結界が無効化されて……」
そう話す背後から、幾人かの足音と声が聞こえてきた。銃声を聞いて異変を感じた巫女達がテラスへと流れ込み、目の前に広がる光景を見て悲鳴を上げた。
「大巫女様っ!」
「貴様、大巫女様をっ!」
「違うっ! 俺達じゃない!」
巫女達は俺とティークが大巫女を手にかけたと思ったのだろう。誤解を解こうとするも、この状況では何を言っても言い訳にすらならない。
大巫女殺しとなれば、命の保証などない。このまま濡れ衣を着せられたままと捕えられるのか――焦る俺とは裏腹に、ティークは落ち着いた様子で俺を見上げた。
「ロクス、私を信じて」
「えっ? おいっ、ティーク!」
腕を掴まれた、次の瞬間。ティークは俺を道連れにテラスから飛び降りた。真っ逆さまに、眼下に広がる白い湖へと落ちて行った――
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