第21話「光の園へ」

 神聖なる地・光の園リヒト・ガーデン――そこは、別の世界から切り取られたかのように、神秘的で美しい場所だった。

 幹の周囲が数キロあると言われる巨大な創世新月樹が大地に根を張り、その根本には白く染まった湖が広がり、書人リヴルを保護するヴァイス城が湖上に浮かぶ。


「あれが創世新月樹か。初めて見た」


 飛行船の窓から見えるその姿に圧倒され、思わず呟いた。エルメナートには新月樹が多く自生しているが、その大きさは精々20メートル前後。視界に全てがおさまりきらないその姿を見て、ここが不可侵条約を結んでいない地であったのなら、イリアスは真っ先にこの地に手を出していたに違いないと思った。


 光の園リヒト・ガーデンへ着くや否や、連行された俺とティーク、イディ、アーデン、ガルデル教官、そしてこの戦闘の責任者である第四中隊の中隊長グエンは、ヴァイス城内にある謁見の間へと通された。

 部屋の中央に置かれた白い円卓の上座に大巫女が座り、俺達は下座についた。

 こんな所で悠長にしている暇はないと終始ご立腹だったグエンだが、ティークが書人であることを知っていながら、その力を戦争に利用しようとした事実を大巫女に問われると、とたんに青褪める。どうして喋ったのだと、怒りの矛先を教官に向けていた。


「お前が話さなければ、こんなことに巻き込まれずに済んだんだぞっ」

「何を今更。オレが止めたにも関らず〝見す見す光の園リヒト・ガーデンに返してたまるか〟と言ったのは、どこのどなたです?」

「き、貴様っ。上官に向ってその口の聞き方は何だ!」


 声を荒げるグエンに対し、教官はフッと嘲笑した。


「上官? ガルード軍が戻ってきて砲撃を始めたとたんに、部下を盾にして真っ先に逃げたヤツがよく言いますよ」

「こ、このっ!」


 コソコソと言い争いをする二人を見兼ねた大巫女は、「おやめなさい」と一喝。教官は気まずそうに頭を掻き、グエンはビクリと体を跳ね上げて姿勢を正した。


「……状況はわかりました。では、あなた達にはそれ相応の対処をさせていただきます」


 言葉を合図に、若い巫女達がそれぞれのもとへ歩み寄る。訳もわからぬまま強引に手を掴まれ、各々の指に赤い宝石のついた指輪がはめられた。


「大巫女様、これは?」


 グエンは指輪と大巫女の顔を交互に見ながら訊ねた。


「言霊の枷と呼ばれる指輪です。仮に中隊長殿がここを出た後、他者に彼女のことを話したとしましょう。その瞬間、指輪はあなたのお命を吸い取るでしょう」

「す、吸い取るっ!」


 ひいっと情けない声をあげ、椅子の背に力なくもたれかかった。命欲しさにそれを外そうとするが、おそらく特殊な唱術でも施されているのか、力任せに引き抜こうとしたが全くはずれなかった。


「彼女の存在を知られるわけにはいかないのです」

「ですが、これはあまりにもっ」

「中隊長さん、諦めた方がいいですよ。いや、この程度で済んでラッキーだと思った方がいいです」


 俺は指輪がはまった左手を目の上に翳し、それをまじまじと眺めた。不幸ではなく、なぜ幸運だというのか。その意味に気づいたイディとアーデンは納得したように顔を見合わせて頷いた。


「あぁ、そうよね。ティークの存在を知られたくない光の園側としては、ここでアタシ達の命を奪ってしまった方が楽よね?」

「まぁ、死人に口なしですからね」

「し、死人に口、なし……」

「けど、それを脅し混じりの枷だけ嵌めて解放してくれるって言うんだ。他言さえしなければ普通の生活に戻れるんだからさ。そうですよね、大巫女様?」


 訊ねると、大巫女は静かに目を伏せた。


「……命を奪うのは、ワタクシ達の本意ではありません」


 いかにも善人ぶった返答だったが、そう言う割に恐ろしい対処をするのだから、何が本意で何が本意ではないのか。大巫女が腹の中で何を考えているのか読み取れない。


「納得してはいただけないかもしれませんが、これがワタクシ達の取るべき対処なのです。ご理解ください」

「……は、はい。わかりました」

「ありがとうございます。では、お帰り下さって結構です。我が園の巫女が町までお送り致しましょう」


 促され、グエンは席を立つ。巫女が入口へ案内しようとしたものの、どういうわけか立ち止まったまま動こうとしない。大巫女が不思議そうに見つめると、グエンは意を決したように円卓に身を乗り出した。


「大巫女様、一つお願いがございます」

「願い、ですか?」

「彼女のことは今後一切、他言しないことをお約束します。その代わり、この戦争が終わるまで彼女の力を貸していただきたいのですっ」


 唐突な申し出に大巫女は目を見開いて驚く。暴挙に出たグエンを横目に「何を血迷ったのか」と、教官は呆れて首を横に振った。ティークの力を利用するか否か、どちらを選んだとしても、その存在さえ他言しなければ命が助かるという事実が変わることはない。だったら利用するに越したことはないと強気に出たのだろう。


「カルナドでの戦闘を見て確信しました。彼女らの力があれば帝国を一掃し、この戦争を終わらせることができる! 大巫女様も、それはおわかりのはずですっ」

「できません」


 熱弁するグエンに、大巫女ハッキリとした声で告げた。


「彼女は咎人とがびとです。咎人の力を使うことは許しません」

「咎人?」


 なぜティークがそう呼ばれるのか、事情を知らないグエンは首を傾げる。


「彼女の力は、かつてのアスル大戦時に用いられた力。その戦いでどれだけの犠牲が出たか……。その罪を償うため、彼女は未来永劫の転生を繰り返しているのです。それを再び戦いに用いるなど……」

「だったら、さっさと記憶を消せばよかっただろ?」


 なげかけた問いに、大巫女の視線はグエンから俺に飛んだ。


「そんなに危険な力だっていうなら、稀覯禁書になんてしないで、そのまま記憶ごと消してしまえばよかったんだ。違うか?」

「彼女の生み出した力は多くの犠牲を生みました。それを償わずして記憶を消すなど」

「違う!」


 それは本当の答えではない。俺が違うと否定すると大巫女は目を細め、ほんの一瞬だけ顔をしかめた。


「そんなのは口実だ。つーか、そんな尤もらしい理由作ったのは誰だよ? どうせ当時の皇帝とかだろ?」

「確かに、彼女のことはアスル大戦後に皇帝が定めたこと。その理由も、二度とアスル大戦のようなことが起きないよう、戒めとして彼女を転生させ、光の園の監視下に置くと定めたのです」


 まるで用意された台詞のように、大巫女はすらすらと述べた。尤もらしく聞こえるが、それが返って胡散臭い。呆れて溜息が出る。


「あんたは〝稀覯禁書を幽閉しろ〟って、歴代の大巫女の言いつけをずっと守ってきただけだ。何も考えないで、何も見ようとしないでさ」

「何も?」


 大巫女は怪訝な表情を浮かべて首を傾げた。


「もし俺が皇帝なら、こう考える。〝世界にとって危険な力でも、国にとってはいざと言う時の切り札になる。だから、消してしまうには惜しい力だ〟って」


 その言葉にアーデンはフッと含み笑った。


「確かに、それは一理ありますね。償いや戒めなんて尤もらしい理由は、後からいくらでも付け足せますからね」

「あなた達にはわからないのです」


 事情を知らない者が偉そうなことを言うなとでも言いたいのか、大巫女は大きく溜息をつき、額に手を当てて椅子に凭れる。


稀覯禁書イストリアがどれほど危険な存在か……」

「危険? いい加減にしろよ」


 ここまで言っても聞く耳を持たないのか。怒りから、無意識のうちに謌人ソニドの力を解放していた。じわりと肌の上に滲み出す金色の光を目の当たりにし、周囲の巫女達はざわついた。


「元を辿ればその力を生み出すよう命じたのは皇帝だろ。それにティークが危険だって言うけど、本当にそうなら今頃あんたの命なんてないと思うよ」

「ロクス、やめて」


 隣に座っていたティークは俺の手をそっと握った。


謌人ソニドの力は諸刃もろはの力。怒りに身を委ねた瞬間から、その力に飲まれて〝人〟じゃなくなるわ」

「……わかった」


 静かに目を閉じ、深く息を吐く。溢れ出しそうになる怒りと一緒に力を体の奥へと収束させると同時に、俺はティークの手を取って席を立った。


「どこへ行くのですか?」


 背を向けた俺に大巫女は訊ねる。顔を見るのも、その声を聞くのも今は鬱陶しい。背を向けたまま嘲笑してやった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る