第17話「願いのために」
ガルデル教官率いる全10名の小隊は日の出と共にクライスドールを発ち、解放戦の拠点となる町【カルナド】へ向かった。
空路は人目に付くという理由から、移動は徒歩か砂漠越え用のサンドモービル。途中、補給のために立ち寄った村で、二手に分かれてカルナドへ向かっているという第四中隊と会い、そこから共に移動を始める。十数時間かけて到着した頃には、辺りは薄らと暗くなり始めていた。
「やっと着いた……」
町の入口でエンジンを切り、ハンドルにぐったりともたれかかった。
エル・ロードの快適さに慣れていたせいか、普段使わない筋肉を使って全身が悲鳴を上げていた。凝り固まった体を解していると、後部席に座っていたティークも力なく溜息をついた。
「疲れただろ?」
「少しだけね。でも大丈夫だよ」
と、ティークが明るく振舞うその一方で、隣に停まったアーデンとイディも、サンドモービルの不安定さに文句が爆発。着いた途端に大きな溜息を同時にもらした。
「この衝撃はどうにか緩和できないものですかね」
「本当よね。あぁ、サンドモービルなんて久々に乗ったわ。髪が埃まみれ」
いつもはサラサラで艶のある黒髪も、今は指通りも悪く途中で引っかかるほど。指先に絡まる自らの髪を、イディは苦々しく睨みつけた。
「大変です、イディの素敵な髪がっ。僕がブラッシングを」
「ちょっと、触るんじゃないわよっ」
すかさずアーデンが手を伸ばすが、そう簡単に触れさせるかと手を叩き落とす。相変わらずのやりとりに、教官も呆れ顔だった。
「緊張感ねぇな。ほら、さっさと広場に行くぞ。先に着いてるうちの小隊と合流しねぇとな」
と、民家の傍に置いてある数台のサンドモービルを指差した。教官の小隊とは別ルートで、同じ学園の小隊がカルナドに入る予定になっていた。停めてあるサンドモービルに学園の校章が刻まれているところを見ると、別の隊は先に到着していたようだ。
町の位置口にサンドモービルを置き、荷物を抱えて広場へ向かう。町の中心を走る大きな通りを進んでいくが、どこまで行っても人の気配がない。
「町の人は、もう避難したのか?」
教官の隣に並び、その横顔を見上げながら訊ねた。そうらしいな、と、教官は返事をしつつ煙草に火をつけた。
「この辺りも、いつ戦闘区域になるかわからんからな」
「こうも静かだと妙な感じですね。まるでゴーストタウンのようです」
流通の拠点ともなっている町だけあって栄えてはいるが、そこから人がいなくなるだけで雰囲気が変わるものなのか。そう思いながら町を眺めていると、前方に見えるパン屋のドアが開くのが見えた。
「あら、まだ残ってる人がいたのね」
人が居るという安堵感から笑みを浮かべた――その矢先、表情は一瞬にして凍りつく。
「違う、ガルード兵だっ!」
飛び出してきたのは民間人ではなくガルード兵だった。
それを合図に周囲の建物から、身を隠していたガルード兵が次々と姿を現す。一人が銃の引き金を引けば、連鎖反応を起こすように辺りは一瞬にして銃声に包まれる。
「ロクス、そっちへ! お前らはそっちへ!」
小隊を二手に分け、銃弾の雨から逃れるべく脇にあった路地へ飛び込んだ。
「どうして帝国兵がここにいるんだよっ」
「理由は色々考えられるが、今はどうでもいい。お前達も急いで組み立てろ」
声を荒げながらも、教官は荷物の中から
待ち伏せをしていたということは、カルナドを拠点にすることがガルードに漏れていたのか。そんなことを考えながら組み立てていた時、銃声と共に悲鳴が一つ上がった。
ハッとし、反射的に通りを見た。ついさっきまで一緒だった軍人が撃たれ、地面に倒れたきり動かなくなっていた。
これが戦うということ。それを目の前で思い知らされ、背筋が凍りつくと同時に銃を握る手に力が入った。
「ここは軍の連中に任せて、オレ達は広場の方へ向かうぞ。先に着いたうちの小隊がどうなったか確かめる」
俺達は深く頷く。教官は向いの路地にいる学生にも広場に向えと指示を出し、行くぞと立ち上がった。その時――
「た、助けて!」
叫び声の後に響く一発の銃声。見たくないと思いながらも、体はとっさに反応する。振り返って通りを見、驚きのあまり言葉を失った。撃たれて動けなくなっていたのは学園の生徒だった。
どうやら路地へ逃げ込むタイミングを逃し、物陰に隠れていたところをガルード兵に見つかったようだった。
引き返すのは得策じゃない。わかっている。だが、俺は見捨てることが出来ず路地から飛び出していた。
「えっ……ロクス! ガルデル教官、ロクスがっ」
「なっ! ロクス、戻れ!」
通りへ飛び出した俺に気付き、教官が声を上げた。だが、それを振り切って通りへ――学生を狙っていたガルード兵に向って引き金を引く。地面に倒れた兵士を飛び越え、足を撃たれて動けなくなっている学生に駆け寄った。
「大丈夫かっ!」
「あ、ありがとう!」
「町の入口に行けば、おそらく衛生兵がいる。そこまで歩けるか?」
立ち上がらせようと肩を貸した直後、辺りに地響きのような音が轟き始めた。音のする方へ目をやると、見たこともない大型戦車が通りに姿を現し、あろうことか砲口の照準が俺に向けられた。
一人だけなら、きっと――俺は肩に担いでいた学生を脇の路地へ突き飛ばした。倒れる形で学生が路地へ転がると同時に、戦車は砲弾を撃ち放った。
―― ロクス!
名前を呼ぶティークの声が聞こえた直後、爆音と共にその衝撃と風が体をさらう。だが、それを感じたのはほんの一瞬だった。
おかしい、どこも痛くない……それに気づいて目を開け、驚きに言葉を失う。唱術で光の防御壁を張り、砲撃を防いで立つティークの姿が目の前にあった。
「ティーク……!」
「ロクスは、そこにいて」
防御壁を解き、ティークはガルード兵と戦車が構える方へ一歩を踏み出す。
白金に輝く長い髪は瞬く間に真紅に染まり、その身を金色の光が包み始め、やがて瞳も青銀色から緋色へと変化する。その姿はまるで謌人そのもの。
その力を解放したせいなのか。俺の耳には歌が聞こえていた。いや、耳ではなく、頭の中に直接響いてくるような、言葉にならない歌が――
「
その問いに答えることなく、ティークは戦車へと向かっていった。
ガルード兵は容赦なくティークに銃弾を浴びせるが、弾がティークを貫くことなく、その身を纏う光に触れた瞬間に砂と化し辺りに舞う。
ティークが一歩、また一歩と近づくにつれて戦車はミシミシと音を立て壊れていく。その力に恐れ戦きながらも、ガルード兵はティークに攻撃を仕掛けた。
「ティーク、一人で行くな!」
いくら謌人の力を持っているとはいえ、一人では危険過ぎる。その後を追おうと立ち上がったとたん、視界がグラリと歪んだ。
眩暈にも似た感覚に襲われた後、体の奥がカッと熱くなり、波打つ鼓動が痛いほどに速くなる。朦朧とする頭で自らの手を見下ろすと、ティークと同じように自分の体を金色の光が包んでいた。
「俺、どうなって……」
「クソッ! お前達なんかにガルード兵がやられるかっ!」
先の銃撃戦で負傷し民家の壁に寄りかかっていたガルード兵が、最後の力を振り絞って立ち上がり、俺に銃を向けた。
逃げなければ……いや戦わなければ。そう思うと、頭の中に歌が聞こえてくる。
それに合わせて
その異変に気付いたティークはハッとして振り返った。
「ロクス? まさか
ティークの声も、すでにぼんやりとしか聞こえず、答えたくても声が出ない。次第に意識も朦朧とし、自らの意思で立っているのかさえわからなくなっていた。
正常な判断さえできない状況の中、目に映ったのは撤退を始めるガルード兵達。逃がしてなるものか、戦わなければという意思にのみ体が反応し、その姿を追ってフラフラと歩き出す。
戦うことに支配されている姿を見たティークは、首元に抱きついて必死で歩みを止めた。
「ロクス、力に呑まれちゃ駄目! 自分の響音に耳を傾けて!」
「響、音……?」
ティークの声がはっきりと聞こえた。
何が響音なのかはわからないが、きっとこの頭の中で鳴り響いている、言葉にならない謌のことだろうか。
俺は言われるがままにその音に耳を傾け、目を閉じた。己の鼓動に重なるように、ティークの鼓動が聞こえ始める。その音が不思議なくらいに安堵感を与えてくれる。
やがて乱れていた呼吸も鼓動も静まり、体の奥で熱を持っていた力も体の奥へ収束していくのを感じた。気づいた頃には、互いの体を覆っていた光も消えていた。
「ロクス、平気?」
心配そうに顔を覗き込むティークに、力なく笑って返した。
「あぁ。ティークのおかげでおさまった」
「二人とも無事かっ!」
ガルード兵が撤退し始めたのを確認した教官達が路地から出てきた。
教官は駆け寄るなり「怪我は? どこか折れてないか?」と、心配性の父親のように俺とティークの顔やら腕を確かめる。大丈夫だと笑顔を見せると、安堵の混じる大きな溜息をついて俺とティークの頭をクシャッと撫でた。
「馬鹿が。心配させんじゃねぇよっ」
「ごめん、教官」
「本当に、なんともないのですか?」
教官を真似るように、アーデンが俺の腕をそっと掴んだ。その声にはいつもの覇気がなく、相変わらず〝らしくない〟問に思わず吹き出してしまった。
「大丈夫だって。まさか、アーデンが心配してくれるとは思わなかったよ」
「本当よね。アーデンのことだから嫌味の一つくらい言うと思ったけど?」
と、イディも笑う。笑われたのが気に食わなかったのか、慌てた様子で顰めっ面を張り付けた。
「失礼なっ。幼馴染を心配してはいけないのですか?」
「いや、駄目とは言ってないけどさ」
「だったら、今くらい心配されていて下さいよ。あとで頼まれても心配しませんからね」
何とも無茶苦茶な命令に、ただただ笑うしかなかった。
その後、ガルード兵はカルナドから撤退していった。おそらくティークの力を前に恐れをなした――そう考えるのが妥当だろうか。
生存者の確認のため広場へ行くと、先に到着していた学園の生徒や第四中隊の半数は、待ち構えていたガルード兵と広場で交戦をしたらしい。すでに冷たくなった亡骸が至る所に横たわっていた。
「そっち、持ってくれ」
「わかった。行くぞ」
「せーのっ」
軍人達は簡易の担架を作り、仲間の亡骸を運び出していく。
残された俺達は、第四中隊の軍人達と共にその亡骸を手厚く保護し始めた。だがその傍らで、同じように命を落としたガルード兵には誰も手をかけない。気に留めている者はおろか、その姿さえ見ようとする者はいなかった。
敵国の兵士だから当然と言えば、当然。
壊れた街灯に寄りかかっているガルード兵に歩み寄り、目線を合わせるようにしゃがみ込む。冷たくなったその者の手を恐る恐る握り、俺は古語を唱えた。
「Rui Guru Ramat,Nipek Rura―――」
指先を伝って響音が流れ、やがて兵士の体へと伝わる。魂を失った体は暖かな光に包まれると同時に、その身は一瞬にして光となって消え、暗くなり始めた空へと舞い上がった。周囲の者達は俺が取った行動を咎めることも、また称賛することもなく黙って見ていた。
「
声をかけられ、半身だけ振り返る。呆れたようにも、また戸惑っているようにも取れる複雑な表情を浮かべたアーデンが俺を見下ろしていた。
「なぜです? 相手はガルード兵なのに、どうしてそんなこと……」
「確かにこいつらは敵国の人間だし、憎んでる相手かも知れない。でも」
言葉を止め、舞い上がる光を追って空を仰ぎ見た。
「戦争とか、敵だとか、そういうのを全部取り払ったら、何も違いなんてない。俺達もガルード兵も。それぞれに夢があって、大切な仲間がいて、家族がいて、帰る場所がある」
アーデンは傍に横たわっていたもう一人の兵士の前に隣にしゃがみ、
「憎んでいても、放って置くわけにはいかないということですか。本当に、ロクスはお人好しですね」
「互いの憎しみがぶつかり合っても、何も生まれないからさ」
「そうですね。けど、綺麗事だと言われるかもしれません。今は戦わなければならないのですから」
わかっている。けれど、こんな時くらいその感情を忘れてもいいように思う。命を失った体にまで、憎しみをぶつけたくはなかった。
「ロクス、行きますよ」
「えっ、行くってどこに」
そう問うと、アーデンは呆れたように溜息をついた。
「軍はガルード兵を手厚く埋葬するつもりはないようです。だったら、僕達が見送るしか方法はありません。違いますか?」
「あぁ、そうだな。ありがとう、アーデン」
立てますか、と、アーデンは手を差し出す。掴もうと手を伸ばしたその時―――視界がグラリと揺らぎ、その手を掴むことなく体は地面へと倒れた。
「ロクス! どうしたんです、しっかりして下さいっ!」
アーデンの声が遠のいていく。目を開けていることさえできず、俺の意識はフッと途切れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます