第13話「覇王の盾」

「昼休みが中断するなんて珍しいですね」


 事務局員が繰り返すアナウンスの合間に、アーデンがぽつりと呟いた。

 その場に居合わせた誰もが状況を掴めず、ただ顔を見交わして「一体、何があったんだ?」と同じ疑問を口々に言っていた。


「何かの訓練かしら?」

「そんな話は聞いていませんね」

「ここにいても状況がわらない。教室に戻るか」


 早々に昼食を切り上げ、食堂を後にした。

 廊下に出ると、屋外から校舎へと戻ってきた教官や学生達でごった返していた。なかなか前に進めないことに苛立ちながらも、ようやく人混みを掻き分けて玄関ホールの手前に差し掛かった。


「ねぇ、ロクス。あれ、何かしら?」


 前方を歩いていたイディは、玄関ホールの方を指差して訊ねてきた。そこには見慣れない軍人が大勢いた。いや、そもそも彼らが軍人なのか断定できなかった。

 エルメナート軍の軍服は背に国の紋章が入っていて、色は黒。彼らの軍服に紋章は入っているが、その色は〝白〟だった。


「白い軍服なんて、初めて見たよ。新しい隊でもできたのかな?」

「違う……【覇王の盾ロワ】よ」


 彼らの姿を見たティークは、慌てた様子で俺の背後に隠れた。


覇王の盾ロワ? 何だよ、それ」

「大巫女直属の部隊で、普段は光の園リヒト・ガーデンを守っている軍人達よ。人前に出てくることは滅多にないのに」

「それってつまり、ティークを探すために光の園が動いたってことよね」


 姿が見えないようにと、イディは玄関ホールにいる覇王の盾達から死角になる位置に立ち、さり気なくティークを隠した。


 それから間もなく──生徒達を誘導していた覇王の盾ロワが声を張り上げた。


「学生は決して校舎から外へ出ず、教室へ向かって下さい」

「教官の方々は至急、担当している学生の名簿を我々に提出願います」


 やはりこの時がきたか──彼らが学生を校舎内に留めるよう指示していることや全校生徒の名簿を確認したがっているところを見ても、ティークを探しているのは間違いなかった。


「ロクス。やっぱり来たな」


 背後から声をかけられて振り返ると、そこに教官が立っていた。玄関ホールで指揮を取る覇王の盾ロワを見ながら、どこか焦りと不安の入り混じる表情を浮かべていた。


「これも予測はしてたけど、まさかこんなに早く来るとは思わなかったよ。けど……」

「何か気になるのか?」


 歯切れの悪い答えに、教官は怪訝けげんな顔を見せた。


「人数が多い」

「はぁ?」


 疑問視すべき点が違うのでは、そう言いたげに教官は声を裏返した。


「ここに来るのも時間の問題だってことは俺もわかっていた。逃げ出した禁書デファンスが紛れ込めそうな場所なんて限られてるからさ」

「相手は禁書デファンスと言っても少女だからな」

「まぁね。でも、気になるのはそんなことじゃない。あの人数はどう見たっておかしい」


 正面玄関や2階へと続く階段前に配置されている覇王の盾ロワ達は、ざっと数えただけでも50人はいる。その物々しさは異様だった。

 確かに、ティークは禁書デファンスだ。歴史書ストーリアと違って光の園リヒト・ガーデンから逃げ出したら大事になるだろうけど、それを踏まえたとしても、たかが禁書デファンス1人に50人以上も出てくるのはおかしい。


「大袈裟過ぎる、と言いたいのか?」

「教官はそう思わないのか? 何か妙な」

「違うのっ」


 騒音の中でもはっきりと聞こえるくらいに、ティークは強い口調で言い切り、言葉を遮った。その声に驚いて顔を向けると、ティークは睨みつけるように覇王の盾を見据えていた。


「ティーク、違うって?」

「……覇王の盾ロワが必死になって私を探すのは、私が禁書デファンスだからじゃないの。私が……【稀覯禁書イストリア】だから」


 一瞬、ティークが何を言っているのかわからなくて、俺や教官達は首を捻るか互いの顔を見交わした。


「イス……トリア、ですか?」


 聞き慣れない言葉にアーデンは首を傾げ、答えを求めて教官の顔を見上げる。どうやら教官も初めて聞く言葉だったらしく、眉間にシワを寄せて首を横に振った。


「ティーク、どういうことなんだ?」

稀覯禁書イストリアは罪を犯した者……2000年の間、転生を繰り返してきた特別な書人リヴルのことよ。皆や教官方が知らないのも当然。稀覯禁書イストリアは軍と光の園リヒト・ガーデンがずっと、直隠ひたかくしにしてきた存在だから」

「ちょっと待てっ!」


 頭が混乱してきたと、教官はティークの口元に手を突き出して言葉を中断させた。

「うーん」とか「つまり、それは」と、ブツブツ言いながら眉間の辺りを指先でトントン叩き、混乱しかけた頭を何とか落ち着かせつつ状況の整理を始めた。


禁書デファンスは軍事関連の技術者が多いことから、彼らが持つ技術や知識が他国に漏れないよう、光の園リヒト・ガーデンがその身を保護して監視している存在だ。だが、ティークは禁書デファンスではなく、光の園リヒト・ガーデンが存在そのものを隠してきたということは、禁書デファンスよりも上に位置する書人リヴル、そう捉えていいのか?」

「はい……」

「その存在を表舞台から消し去っているのが、光の園リヒト・ガーデンだけではなく軍も関係してるってことは……国家に関わる記憶を持っているからなのか?」


 その問いにティークは躊躇ためらいがちに一度だけ頷いた。

 覇王の盾ロワの動揺と焦り、隠された稀覯禁書イストリアという存在、国家と、光の園リヒト・ガーデンと軍。

 これらの要素が加わったことで状況はがらりと一変する。ティークが背負っていた闇が、色濃く輪郭を現し始めたのかもしれない。


「とんでもないことに首を突っ込んじまったらしいな」


 新たに浮上したこの問題にどう対処すべきか。光の園リヒト・ガーデンから逃げ出した禁書デファンスを匿う──もう、そんなレベルの話ではない。

 責めているのか、それとも単に対処法を考えろと促しているのか。無言のまま教官に見下ろされた俺は、こうすべきだという明確な方法すら言えなくて、ただただ押し黙る。その沈黙と停滞する空気に堪え切れなくなったティークは、申し訳なさそうに俯いた。


「ごめんなさい。やっぱり私、皆の傍に居ない方がよかった。こうなること、予測できたのに……」

「そんなことないっ。ティークに協力するって決めたのは俺なんだからさ」

「でもっ」


 それ以上言うなと、俺は首を横に振った。


「ティークはこれからのことだけ考えればいいって、約束しただろ。過ぎたこと悩んでないで、今考えなきゃならないのは、あいつらから逃げることだろ?」


 うつむいていたティークはゆっくりと顔を上げ、寂しげに笑った。僅かではあるが、影を落としていた青銀色の瞳も明るさを取り戻したように思える。


「ロクスと、約束したんだよね」

「だから、今をどうするか考えないと。まぁ、そうは言っても方法は一つしかない」


 企みを含んだ口調と視線を教官へ向け、目が合ったとたんにニッと笑った。嫌な予感を察知した教官は、眉間にシワを寄せ、あからさまに目を細めた。


「教官。俺達、逃げるから。時間稼ぎ、よろしく」

「そうきたか……教官をだしにして逃げるとはいい度胸だな」


 そう言う割に、教官の表情からは怒りを感じられない。生徒のわがままな申し出を受けてやろうじゃないかという、半ば諦めの色さえうかがえた。


「あいつら、虱潰しに生徒を確かめるだろ? ここに居たら、いずれは俺達までまわってきて、ティークも見つかっちまう」

「けど、アタシ達がここから消えても怪しまれるじゃない」

「僕も同感ですね」

「とりあえず時間が稼げればいいんだよ。見つかっても、誤魔化せるだけの細工をしなきゃならないからさ」


 ロクスはティークの手元へとさり気なく視線を向ける。それが何を意味しているのか覚ったティークは、はっとして右手を袖の中に隠した。


「まぁ、色々と対応策練らないとな。だから、俺達は一旦逃げるよ」

「この状況でよく〝逃げる〟なんて簡単に言えますよね」


 アーデンは少々呆れ気味に笑い、混雑する玄関ホールに目をやった。あそこにいる覇王の盾ロワの前を堂々と通過していくのですか? と、そんな嫌味が聞こえてきそうな笑みを向けられ、思わず苦笑いを返した。


「方法、あるのですか?」

「それは今から」


 答えようとした、まさにその時──

 玄関ホールに突如として響く炸裂音と悲鳴、声の波の間を縫って煙幕が瞬く間にホールを満たしていく。それに乗じて姿を現したのは、黒獅子の紋様を背に刻んだ赤い軍服を纏い、黒い獅子の仮面で顔を覆った集団だった。

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