第12話「ガルデルの筋書き」

 名は〈ファリアス・ヴァージェロン〉、16歳。ルベリア皇国、セントアデル学院に在籍。内乱により両親を失ったため、叔父であるガルデル・ヴァージェロンが保護者として引き取る。それに伴い、セントアデル学院からクライスドール皇立学園へ特例の転入となる。事情を考慮し、試験は免除とする――これが、ガルデル教官が用意した筋書きだった。


 ティークを〝ファリアス〟という姪に仕立て上げ、既に内乱で焼失した異国の学校から転入させるというものだった。

 もちろん、用意された経歴は真っ赤な嘘。何かのきっかけで疑われる可能性は十分にあるが、そこは抜かりのなり教官。戸籍、セントアデル学院の在籍証明、成績証明書など、あらゆる状況に対応できるよう書類を全て揃えていた。

 その場凌ぎではあったが今のところ問題もなく書類は受理され、ティークは〝ファリアス〟としてクライスドール皇立学園に転入を許可された。

 晴れて学園の生徒となったティークを連れ、学内にある食堂へ昼食を取りに向かった。


「それで、ティークはどの科に決まったの?」

「兵科だよ。ロクスとイディと一緒」

「あら、本当?」

「一人にならないようにって、ガルデル教官が配慮してくれたみたい」

「さすがガルデル教官ねぇ。ますます好きになっちゃうわ」


 黙々と昼食を食べ続ける俺とアーデンを余所に、ティークとイディは楽しそうに会話を弾ませている。そんな様子を傍観ぼうかんしていた俺は、今までに見たことがないイディの表情に少しだけ戸惑っていた。


「イディ、楽しそうだな」


 厚切りのベーコンが入ったエッグサンドを頬張りながらぽつりと呟いた。

 隣で紅茶を飲んでいたアーデンは少し間を置いてから「そうですね」と、いつになく穏やかな口調で返した。


「幼馴染とはいえ、いつも一緒にいる僕達は男ですからね」

「たまには女同士で話したい時もあるよな」

「えぇ。ですが」


 と、そこまで言いかけて言葉を切った。もちろん、アーデンがその先に何と言おうとしていたのか、俺にもわかっていた。

 イディは幼馴染である二人以外に特定の友人を作ることはなかった。もちろん、その原因は黒魔女と呼ばれて恐れられているせいで、クラスメイトが彼女に寄りつかないことにある。

 本人は「アタシには理解してくれる2人がいるから平気」と口では言っているが、強がっていることくらいわかっていた。イディは弱音を吐くことが大嫌いだし、素直に〝寂しい〟なんて口にしないことは理解していた。


「俺達の前でも、あれだけ素直になってくれればいいのにな」

「いいじゃありませんか。黒魔女と呼ばれるイディにも、ちゃんと可愛らしい一面があるとわかったのです。それだけでも収穫は大きいですよ。それはそうと、ティークは兵科に決まったのですね」

「らしいな」


 相槌を打ちながらアーデンが飲んでいた紅茶を勝手に取って一口飲む。その行動が気に食わなかったのか「親しき仲にも礼儀ありですよ?」と睨まれたが、構うことなく2口目も飲んだ。


「僕だけが仲間外れのようで、何だかムカつきますね。今からでも間に合うなら、ボクも兵科に転科したいですね」

「どうせティークとイディ目当てだろ?」

「それ以外に何があると言うんですか。あんなにも美しい2人がいるんですよ? むさ苦しい男しかいない造機科ぞうきかより楽しいに決まっています」


 確かに、造機科は他の科に比べて男子率が非常に高い。いや、ほぼ男子と言っても過言ではない。

 機械や武器に関する専門知識を身につける科であるため自ずと男子学生が集まってくるし、女子生徒がいたとしても外見及び内面までも男子並みの屈強な女子が集まるのが現状だ。女好きで口説き魔のアーデンがなげくのも無理はない。


「なんでしたら、唱術学科でもいいですよ。あそこは七割が女子ですからね。まさにハーレムです」

「ははっ。そんなことばかり言ってると、イディに嫌われるぞ」

「んー、それは困りますね」


 そう言いながらもあまり困っていないような、どこか楽しんでいるような素振りを見せながら、アーデンはデザートのマフィンを口に運んだ。


「あ、あのっ!」


 背後から切羽詰まったような声がして、俺とアーデンは反射的に振り返る。ツインテールの女の子とクルクル巻き毛の女子二人組が、照れくさそうにうつむきながら、こちらをチラチラとうかがっていた。この雰囲気から〝いつものアレか〟と、頷きながらサンドイッチにかぶりついた。


「何かご用ですか?」


 声をかけると、ツインテールの子は少し驚いたようにビクッとした。

 おそらくいつものことだから、アーデンも彼女の様子を見て気づいているはず。だが、ここであえて聞き返すのがアーデンの意地悪なところ。相手が恥ずかしがるとわかっていて聞き返し、その上楽しんでいる。


「これ、読んで下さいっ」


 彼女は胸に抱えていた手紙をグッと突き出した。本命イディが傍にいることもあり、今回ばかりはアーデンも受け取らないのではと思ったのだが――


「ありがとう」


 やはり女好きの性分は本命を前にしても抑えられないらしく、あっさり受け取ってしまった。


「しっかり読ませていただきますね。あなたの気持ちがたくさん詰まっていそうですから」

「あ、ありがとうございますっ」


 ニコッとアーデンに微笑まれ、彼女はうっとりとした表情を浮かべる。その様子を隣で見ていた巻き毛の子も、どこか気恥ずかしそうにしている。この子もアーデン目当てか、もの好きだな──そう思っていると、どういうわけか彼女は俺に手紙を差し出してきた。


「えっ! 俺?」

「は、はい。迷惑、ですか?」

「いや、そんなことないけど」

「読んでくれるだけでいいですからっ」


 まだ受け取るかどうかさえ返事をしていないのに、彼女は強引に手紙を握らせ、受け取ったとたんに「キャーッ」と二人揃って走り去る。手紙を手にしたまま呆気に取られているその横で、アーデンは走り去る二人を満面の笑みで見送っていた。


「制服の色が紺色ってことは、唱術学科の子か?」

「ちなみに校章のペンダントはシルバーだったので1年生ですね。んー、実に微笑ましいではありませんか。今時手紙なんて」

「アーデンは貰い慣れてるだろ?」

「まぁ、そうですね。机の中は毎朝手紙であふれていますよ」


 相変わらず謙遜けんそんという言葉を知らないヤツだと心の中で嫌味を呟きながら、手にした手紙をヒラヒラさせていると、


「あら、珍しいわね」


 声と同時にイディの手が目の前に伸びてきた。回避する間もなく、「あっ」と声を上げた時にはイディに手紙を取り上げられた後。


「イディ、勝手に取るなよ」

「ふふっ、ロクスも隅に置けないわねぇ。意外と人気?」

「その言葉、俺じゃなくてアーデンに言ってやれよ」


 そう言って指差すと、イディはカウンターに少しばかり身を乗り出して覗き込む。ティークと俺を挟んだ向こう側で、自慢げに手紙をヒラヒラ振っているアーデンを見て嫌悪感でも覚えたのか、急に不愉快そうな顔をした。


「あら、アーデンも貰ったの?」

「イディ、心配はご無用です。この手紙を読んだとしても、イディを想う気持ちが揺らぐことはありませんよ」


 とたんにイディはしかめっ面。


「アタシは揺らいでくれていっこうに構わないけど?」

「ははっ、可愛いですね。嫉妬ですか?」

「違うわよっ。勘違いしないで」


 苛立つイディと嬉しそうなアーデンという相反する反応を示しながら、2人はやいやいと言い争う。そんな2人に挟まれてティークはおかしそうに含み笑い、俺は「勝手にやってろ」と、サンドイッチの残りを頬張った。


「ロクス、モテるのね」


 ティークは唐突に訊ねてきた。


「いや、俺はモテた試めしがない。あぁ見えても、アーデンはかなりモテるんだぞ」

「女の子を喜ばせるの、上手そうだものね」

「口が上手いからな」

「ロクス、口が上手いとは人聞きの悪い。もっとマシな言い方はないのですか?」

 と、肩に掴みかかった時だった。


 

 ── お知らせ致します。学内及び屋外の特別教室に居る学生は直ちに教室へ戻って待機し、各教官は至急、玄関ホールにお集まり下さい。繰り返します。学内及び……



 突如として、校内にアナウンスが流れる。反響して酷く割れたスピーカーの声に耳を傾けながら、訝しげに宙を仰ぎ見た。

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