第9話「書人(リヴル)として」

 その日の放課後――遅刻の罰として出された課題を終わらせるため、学内にある図書館へと足を運んだ。


「こんにちは、ロクス君」


 入ってすぐ脇にあるカウンターから声をかけてきたのは、この図書館に常駐している書人リヴルの司書サディアさんだった。本来、書人リヴルの講師などは担当講義が終われば護衛の軍人と共に光の園リヒト・ガーデンへ戻る。だが、サディアさんは他の書人リヴルとは違い、この学園内に自分の研究室を持ち、ここで生活をしている珍しいタイプの歴史書ストーリアだった。

 彼の凄いところは、何段目の棚に何の本が置いてあるのか、そのタイトルから内容まで全て覚えていることだ。


「こんにちは、サディアさん」

「おや、これは珍しいね。ロクス君が女の子を連れてくるなんて」


 いつも一人で足を運んでいるせいか、連れがいると余計に目立つのかもしれない。サディアは興味深げにティークを見ていた。


「彼女はうちの学生じゃないね。どこから連れてきたの? まさか、ロクス君の彼女?」

「ち、違いますよっ。い、従妹です。本が好きで、ここの図書館が見たいっていうから連れてきたんですよ」


 と、苦しい言い訳をして誤魔化す。それが返って怪しまれたらしく、サディアは「そういうことにしておこうか」と、明らかに信じていなかった。

 恋人と思われたのだと意識したせいか、ティークは俺の顔を見るなり恥ずかしそうに俯いてしまうし、そのせいで俺も気まずい。合わせられない二つの視線は、行き先を失ってしばらく泳いでいた。


「サディアさん、からかわないで下さいよ」

「ごめん、ごめん。でも、ロクス君が一人じゃないってことは、居眠りをしにきたわけじゃなさそうだね」

「ロクス、図書館で寝てるんですか?」


 ティークが驚いた様子で訊ねると、サディアはそうなんだよと含み笑った。


「中二階の一番奥に閲覧用のソファが置いてあるんだけど、そこって暗くてあまり使われないんだ。それを見つけたロクス君が、授業をサボってはそこで寝てるんだよ」

「ロクスって遅刻常習犯だけじゃなくて、サボリ常習犯でもあったんだね」


 ティークは口元に手を当て、おかしそうに笑った。今まで特に恥ずかしいことだと思ったことはないのだが、笑われたことで妙に恥ずかしくなって、誤魔化すように頭を掻いた。


「ち、違っ、いや違うとは言えないけど……って、俺の話はいいんだよ。さっさとレポート終わらせないと」

「レポート?」


 サディアは首を傾げ、問いかけるようにティークに目をやった。


「遅刻し過ぎたせいで、ガルデル教官が起こっちゃって。レポートを提出するように言われたみたいですよ」

「あぁ、それは災難だったね」


 そう口では言っているが、どう聞いても同情しているようには聞こえない。むしろ面白がっていると言った方が正しいだろう。


「他人事みたいに言わないで下さいよ。あっ、サディアさん! フェレル構築式の初期技術について載ってる本はどこに――」

「教えないよ」


 サディアは爽やかな笑みを浮かべつつ、心地よいくらいにキッパリと断った。


「僕が教えてしまったら、何の意味もないからね。今回は自分で探しなさい」

「えぇ、そんな冷たいこと言わずにっ」

「あぁー、聞こえないよ。さぁ、僕は返却された本を書架に戻さなきゃ」


 返却処理をした図書を数冊抱え、忙しいなぁと、わざとらしい台詞を口にしながらサディアはカウンターを出ていく。その後ろ姿を見送りつつ肩を落としていると、ティークはまたクスクスと含み笑っていた。


「自分で解決しなきゃ駄目ってことだね」

「くそぉ……こうなったら、さっさと終わらせてやるっ」


 唱術関連の本が並ぶ棚を確認し、タイトルから内容が想像できる本を手に取り、虱潰しに探した。

 似たようなタイトルの本が見渡す限りにあるのだから、いずれは望んだものに行き当たるだろうと思っていた。だが、納得するような記述には一向に辿り着かない。


「これも違うっ。フェレル構築式の初期の技術なんてどこに載ってんだよ!」


 これで何冊目になるのかわからないその本を、苛立ちまかせに閉じる。静まり返ったあたりに、その音がやけに大きく響いた。

 ティークはその本を俺の手から取ると、もとの棚へと戻した。


「フェレル構築式って、剣とか銃みたいな武器に唱術しょうじゅつを施す技術よね。その初期ってことは、技術が生み出されたばかりの頃ね」

「確か、500年近く前だったよな……そうなると、相当古い本ってことか」


 そうは言うものの〝古い本〟なんて、さっきから目の前にずらりと並んでいる。見た目の古さだけでは内容までわからないのは当然のこと。


「なぁ、ティーク」

「何?」

書人リヴルなら誰でも、あの力が使えるんだよな?」


 ちょっとした企みを抱いてティークと目を合わせる。その企みを瞬時に覚ったらしく、ティークはニコッと笑う。


「自分で探さないと意味ないんじゃないの?」

「神様、巫女様、ティーク様! 腹も減ってるし、さっさと帰りたいし、レポートも終わらせたいっ!」


 手を合わせて頼み込んだ。どうしようかな、と意地悪く焦らしていたティークだったが――


「それじゃあ、探すのは手伝ってあげるね」


 そう言って棚に手を伸ばす。そっと目を閉じ、小さく息を吐いてから、ティークは古語(オルド・スペル)を唱えた。


Kuaniクアニ Itakイタク, Kotanコタン Kuaniクアニ Ruraルラ――」


 まるで語りかけるように、ささやかれた古語オルド・スペルは静かに辺りへ解る。

 ティークの問いかけに答えるように、やがてそこにある全ての本がカタカタと震え出し、その身に淡い黄金の光をまとって輝き始めた。

 サディアさんも同じ力を持っているが、1冊ずつ触れて確かめていた。だがティークは全ての本を一瞬で読み取れるらしい。


 書人リヴルには本に触れただけで内容を全て理解する力が備わっている。次の時代へ転生するための準備として、その生涯の中でより多くの知識を吸収するため、光の園リヒト・ガーデンの大巫女によって付加された力らしい。


「多分、この本で間違いないと思うよ」


 ティークは上に向って手を差し出し、その頭上からフワリと舞い降りてきた一冊の本を手に取った。それと同時に本を包んでいた光は消え、カタカタと棚で鳴り響いていた音もやがて静かになった。


「中、確認してみて」

「あ、あぁ」


 渡された本を開き、目的の記述を探してページを捲る。間違いなく、そこには求めていた記述が数ページに渡って書かれていた。俺は驚きのあまり、ハッと目を丸くしてティークを見た。


「これでレポート書ける?」

「書ける、書ける! ティーク、助かったよ!」

「役に立ててよかった」

 

 と、ティークはハニかむ。

 やがてその視線が、嬉しさのあまり勢いで握ってしまったティークの手に向けられる。俺は慌てて手を離し、笑って誤魔化した。


「せっかく見つけてもらったんだから、さっさと終わらせないとな」


 本さえ見つかれば、あとはこっちのもの。それから1時間ほどでレポートを書き上げ、教官の研究室前に設置されたレター・ボックスに提出し、ティークと共に学校をあとにした。

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