第8話「共犯」

 教官は如何なる時も俺達の味方に立ってきた。民間人という階級でありリート族の俺を差別する者はシェイスに限らず大勢いるし、行動を共にしているアーデンやイディに対して心無い言葉をぶつける者もいる。


 そんな器の小さいヤツをとことん嫌う教官は、俺達に代わって授業中に仕返しをするという何とも子供のような、それでいて教官らしからぬ行動を取ることがあった。教官として、その行動は良いのか疑わしいが……その行動も教官として、一人の大人として、俺達を思ってくれるが故の仕返しなのだろう。

 味方で居続けた教官が俺の選択にこころよく頷けないのは、身を案じているためなのだと思う。


「オレとしては、彼女のことを光の園へ知らせるべきだと思ってる」


 それが民間人の務めだろうと、教官は冷たく突き放すような口調で言いながらティークを見た。

 連れ戻される──その思いが瞬間的に脳裏をよぎったのか、ティークはどこか不安気に俺のそでをギュッと掴んだ。


歴史書ストーリアならともかく、彼女は禁書デファンスだ。今頃、光の園リヒト・ガーデンの連中が血眼になって捜してるだろう。素直に引き渡せばそれで済むものを、隠し立てしてみろ」

「ただじゃ済まないって言いたいんだろ? わかってるよ」

「わかってない」


 教官は語気を強めた。


「手遅れになる前に、光の園リヒト・ガーデンに知らせて」

「嫌だ」


 途中で言葉をさえぐられた上にキッパリと拒絶されたものだから、教官はムッとした表情を顔に貼り付けた。


「今回ばかりは教官の言うことも聞けないよ。だって、ここへ来る前に言っただろ。〝後から駄目だとか言っても変えるつもりはない〟って」


 教官は俺を見つめたまま口を『へ』の字につぐむ。後々反対されることを見越して言い放った言葉をどう覆してやろうかと、企むような目を向けていたが、くつがえせないよう先手必勝で言っておいたのだから〝変えるつもりはない〟という揺るがない意思表示を変えられるはずもない。


「教官、俺の勝ちだ。諦めたらどう?」

「……これからどうするんだ?」


 教官は質問に答えることなく質問で返してきた。


「どうするって?」

「彼女に協力すると決めたんだろ? だったら、それなりの考えがあってここへ連れて来たんじゃないのか? 彼女をどうやってかくまうのか、考えがないわけじゃないんだろ?」

「まぁ、一応はね」


 〝無い〟わけではないと、歯切れの悪い受け答えをしながら、ソファーの背にゆっくりともたれた。


「最初に協力するって言ったのは俺だから、全てを俺一人で準備しなきゃならないのはわかってる。けど、所詮しょせんは俺も単なる学生だしガキだし、出来ることは限られてる。でも、協力すると決めたからには万全の態勢を整える必要がある。それには教官の力が必要不可欠なんだ」

「……お前、何が言いたいんだ?」


 言葉のニュアンスから何となく嫌な予感を覚えた教官は、警戒心を強めて聞き返した。

 睨みつける教官と、それを無表情で受け止める俺。無言のまま暫く見据え合いが続いていたが、それを破るように俺がニッと歯を見せて笑うと、とたんに「げっ」とあからさまに嫌な顔をした。


「お前がそういう顔をする時は、ろくなこと考えてねぇんだよな……」

「そうは言っても、話は聞いてくれるんだろ?」


 満面の笑みとも、或いは企みを孕んだ不敵な笑みとも捉えられる笑顔を向けられた教官は、こいつは何を考えているんだと苦々しい顔つきで眺めた。

 教官としてこの話に乗っていいのかと答えを決めかねる教官に対し、急かすように「教官っ」と声を弾ませて呼んでみる。これ以上粘っても諦めないことを覚ったのか、教官は盛大な溜息をついた。


「はぁ……わかったよ。話せ」

「そうこなきゃ。ティークをここの生徒として紛れ込ませたいと思ってるんだ」

「ここに?」

「多少ではあるけど光の園リヒト・ガーデンに見つかり辛くなるだろうし、ティークが願ってた普通の生活も少しはできるだろうし」

「中途入学の特別試験でも受けさせようっていうのか?」


 クライスドール皇立学園には何時如何なる時でも、優秀な才能を持つ者を時期に関係なく学園の生徒として迎え入れられるよう、そういった試験制度が設けられている。

 当然、ティークを学園の生徒として紛れ込ませるのなら、この制度を利用するのが一般的。だが、この制度は公のものであるため、教官はもちろん学園内の生徒達の関心度が非常に高い。試験を受ければティークの存在に注目が注がれるのも目に見えていた。


「どこで情報が漏れるか予測できないから、その制度は使いたくない」

「じゃあ、どうするんだ?」

「あまり公にならない方法で秘密裏に進めたいんだ。例えば、入学当初から在籍していたように在籍名簿を作成するとか?」

「おい、ちょっと待て」


 話の流れがあらぬ方向に向いてきたと感じ、教官は手を突き出して話を止めた。


「お前まさか、オレにそれをやれって言うんじゃないだろうな」

「そのまさかだよ」


 書類を偽造しろとまでは言わないが、転校してきたとか他校からの特別編入とか、方法はいくらでもあるはずだ。


「教官がちょーっと手を加えれば手続きされちゃうようなこととかあるだろ?」

 そう提案すると、アーデンは「相変わらず悪知恵だけは働くんですね」なんて、どこか他人事のように笑っていた。


「ロクス、本気でそんなこと教官にさせるつもりなのですか?」


 アーデンは呆れた口調で問う。


「やってもらわないと俺が困る。今頼れるのは、教官しかいないしさ」

「お前なぁ。そんなことがバレたら、オレの首なんぞ一瞬で飛ぶし、お前らだって退学処分は免れんぞ」

「バレなきゃいいんだろ、バレなきゃ」

「恐ろしいことをさらっと言いやがるガキだよ、本当にお前は……」


 煙草でも吸わなきゃやってられねぇとブツブツぼやきながら、教官は吸い殻の山から比較的マシな煙草を一本つまみ取り、クシャっと潰れた先の部分を軽く引っ張って伸ばすと、それを口の端にくわえた。

 机の上に転がっていたマッチをって火を付ける。とたんに室内には煙草の匂いがふわりと漂う。


「仮に生徒になって紛れ込んだとして、そのことを光の園リヒト・ガーデンの連中が予測できないとでも思っているのか?」


 可能性はゼロじゃない。いや、どちらかといえば危険性は限りなく高い。あらゆる可能性を視野に入れて光の園リヒト・ガーデンも行動しているはずだ。遅かれ早かれ、嗅ぎつけられるのは時間の問題だろう。


「それを言われると自信ないけど、今はこうするしかないから。こんな無茶なこと頼むのは、今回だけだからさ」

「うーん……」

「教官、頼むよ。俺、ティークを手伝うって約束したんだ」


 教官は眉間にシワを寄せながら顎鬚をしばらく撫でていた。

 本来だったら、こんな厄介事など突き返されて当然だし「無理だ」と即答されてもおかしくない。だがすぐに突き放さず、まだ悩んでくれているだけマシか。

 ここで教官が味方についてくれなかったら、他に方法を考えるしかない――そう心が落ち込みかけていると、


「……今回きりだ」


 教官が溜息交じりに答えた。落ち込みかけた心が、フッと軽くなる。


「教官、それって」

「後にも先にも、こんな危ねぇことに手を貸せるのは今回限りだ。ただし、どういう方法で彼女を学園に紛れ込ませるのかは、オレが決める。いいな?」 


 俺とティークは満面の笑みで顔を見交わした。


「教官、ありがとう」

「明日までに手を回しておく。少々厄介だが、色々と仕込んでおくよ」


 そう告げると、教官はおもむろに席を立った。ドアにかけた鍵を開け、不意に振り返る。


「ロクス、ちょっと来い」


 何か話したいことでもあるのか、廊下に出ろとあごでしゃくる。不思議そうにこちらを見つめるティーク達を部屋に残し、俺は廊下に出た。


「何だよ、呼び出しなんて。あっ、まさか今更駄目とか言わないよな?」


 後ろ手にドアを閉めつつ、俺はたずねた。


「いや、そのことじゃない。ちょっとティークのことが気になってな」

「何が?」

「ティークの目だ」


 目? 一体何のことを言っているのか。その言葉の意味が理解できず首を傾げた。


「ティーク、何か変だった?」

「表面上は明るく振舞っているが、あの子が抱えている闇は相当深い。おそらく、オレやお前が思っている以上だろう」

「そんな風には……」


 心当たりを探してみたが、教官が言うような闇などティークにあるとは思えなかった。いや、今はまだ見えていないだけなのか。


「どうにも危なっかしく見えるんだ。ロクス、ティークから目を離すなよ」

「わかった、気を付けるよ」


 部屋に戻ろうとノブを握る。教官は俺の肩を掴んで引き留めた。


「待て、まだ話は終わってない」


 先ほどとは打って変わり、声の調子が妙に低くなった。おずおずと振り返ると、見下ろす教官の目がなぜか鋭い。


「今度は何?」

「今朝の遅刻の件だ」


 この言葉を聞いた一瞬の間に、この後起こり得る結末が脳裏を駆け巡る。反射的に体が逃げたものの、そこは逃がすものかと、教官はそのままドアに押し付け拘束。とたんにニヤリと笑った。


「明日、オレの講義が始まる前までに、フェレル構築式の初期と現在を比較したレポートを提出すること」

「えぇー!」

「文句を言うな」


 拒否の声を上げると同時に、思いっきり額を叩かれた。


「これで遅刻が帳消しになると思ったら易いもんだろ」

「うぅ……了解」

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