第6話「あらいざらい」

「イディ、相変わらず色っぽい登場で僕は幸せですよ」


 アーデンは甘い蜜に吸い寄せられる蜂か蟻のようにイディに駆け寄り、「相変わらずボクを誘惑する美しさですね」と、少々歯の浮くセリフを口にしながら手を握った。だが、接近するアーデンを快く受け入れるイディではない。


「近づくな」


 抱きつこうとするアーデンの額を思いっきり突っねる。そんな邪険じゃけんな扱いをされても、当然アーデンは満面の笑み。イディはその視線すら鬱陶うっとうしいと言わんばかりに嫌悪の表情をあらわにした。


「照れるイディも可愛いですね」

「あぁ、虫唾が走るわ」


 イディは冷笑を口元に浮かべた。

 俺と同じ兵科に在籍するイディは、教官達の間でもその腕を認められるほど、狙撃に関しては天才的。唱術を射撃に取り入れた戦闘スタイルは、見る者全てを魅了する。そんなイディにつけられたあだ名が〝黒魔女〟だった。その理由はおそらく、長い黒髪だとか、正規の制服を自ら黒に染色して作り変え全身黒尽くめだとか、外見的特徴からつけられたのだと思う。


「イディ、助かったよ」


 声をかけるなり、イディはクルッと振り返って悪そうな笑みを返した。


「借りは三倍返しね」

「三倍返しって、俺から見返り求める気か?」


 あからさまに嫌な顔をすると、イディの右眉が綺麗につり上がる。


「当然でしょ? 何も返さないつもりなら」

「ロクスっ」


 イディの言葉は俺を呼ぶティークの声に遮られ、かき消され、途切れる。

 横槍の如く突然会話に割り込まれたイディは、駆け寄ってきたティークを見て「この子、何者?」と、怪訝な眼差しを向けた。


「ロクス、あんな喧嘩なんて買っちゃ駄目だよ?」


 不審者を見るようなイディの眼差しなど気に留める様子もなく、ティークは心配そうに見上げてくる。


「ああいうのは、放っておくに限るんだから」

「いや、わかってるんだけどさ。俺が無視すると、返事するまで追いかけてくる執念深いヤツなんだよ」

「それでも、相手にしちゃ駄目」

「ははっ、わかったよ」


 俺達の様子をしばらく見ていたイディは、なぜか腕を組んであきれ顔。チクチクと突き刺さる彼女の視線で我に返った俺は、誤魔化ごまかすように笑った。


「ねぇ、ロクス。あんた、どこで拾って来たのよ」

「イディまで教官と同じこと言うなよ……」

「拾ってくる以外にどんな理由があるっていうのよ」

「それは今から説明してやるよ」

「ほぅ、じっくり聞こうじゃねぇか。ん?」


 シェイスとの日常喧嘩が終わったのを見計らい、待ってましたと言わんばかりに教官が会話に割り込む。俺とアーデンの頭に大きな手をズシッと乗せると、そのままガシガシと乱暴に撫で回した。


「オレの授業に遅れてきた理由、聞かせてもらおうじゃねぇか」

「僕も聞きたいですね。いつものサボリとは状況が違うみたいですし?」

「アタシも聞きたいわ」


 学園内の生徒と一緒に登校という状況なら「ついにロクスが彼女を作った」という冷やかし程度で済むのだろうが、連れてきたのは学園外の見知らぬ子。当然、3人の興味はティークへ向けられる。


「どこまで説明すればいいのか、悩みどころなんだけどさ」


 話さないで――見上げるティークの瞳には、そう訴えかけるような思いがにじんでいた。

 わかっている。ティークが〝禁書デファンス〟である以上、関わった者には〝罪〟が付きまとう。だから、この状況を容易に口にするわけにはいかない。だが――


「先のことを考えると、味方は多い方がいい。まぁ、3人にとっては災難かもしれないけど、ティークにとっては有利に働くよ。だから、3人に話して協力してもらうべきだ」

「でも……」


 躊躇ちゅうちょするティークを見て不穏な空気を感じたようだが状況までは理解できず、アーデンとイディは怪訝そうに顔を見交わした。どういうことなのかと、説明を求めるアーデンに対して俺がいつになく真剣な眼差しを向けると、二人は少々困惑気味に目を見開いた。


「俺はアーデンとイディのこと、親友だと思ってる」

「どうしたんです、急に」

「今日は気温が高いからおかしくなったんじゃない?」


 と、イディは俺のひたいに手を当てる。真面目なことを口にした原因は暑さのせいでも、ましておかしくなったわけでもないと溜息をつきながら、ひたいに当てられたイディの手をそっと払い退けた。


「先に言っておくけど、俺は2人と教官を信じてる。だから、ティークのことも話そうと思う」

「その口振りだと、ここじゃ話し難いことのように聞こえるが?」


 言葉にふくまれた意味に気づいた教官は、再度確かめるように聞き返す。俺は黙って一度だけうなづいた。


「訳アリってことか」

「まぁ、そんな感じ。あっ、ついでに言っておくけど、これから話すことはすでに俺が決断したことだから、後から駄目だとか言っても変えるつもりないから」


 念を押したつもりだったのだが、教官はあまり深く受け止めていないらしく「あー、はいはい」と小言を受け流すような口調で返した。


「取りあえず、オレの部屋に行くか?」


 教官は渋々ながらも場所を定め、仕方ねぇなとブツブツ呟いて歩き出す。


「俺達、次の授業あるんですけど?」


 と、その背中に向かって小さな企みと期待を言葉に込めて訊ねる。少し間を置いてから「特別に、今日だけはサボっていい」という教官直々の許可がおりた。

 授業が休めることを喜ぶ俺とは対照的に、イディは「休んだら遅れを取り戻すために手間がかかるじゃない」と少々面倒そう。ああでもない、こうでもないと騒ぎながら教官の後を追った。

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