第4話「クライスドール皇立学園」

 砂漠を北上すること約20キロ。広大な黄金色の砂漠は途切れ、緑に囲まれた都市が突如として現れる。名を【クライスドール】。

 砂漠から採取されるデザートダイヤモンドの取引が盛んで、相変わらず露天通りは各国から集まってきた商人達で賑わっている。「1ルース500セディだ」とか「トルバイ地帯のデザートダイヤの方が質がいい」と、商人達の会話が飛び交うペリドット通りの日常風景を飛び越え、ベルガルドの丘の上にたつクライスドール皇立学園へと到着した。


 駐輪場にエル・ロードを停め、向かった先は校舎裏にある訓練場――


「到着しましたよ。前方に見えますのが訓練場でーす」


 と、観光ガイドのような口調で前方に見える訓練場を指差す。声色も女性っぽく高めにしたのが面白かったのか、ティークは口元に手を当てて含み笑った。


「ここって兵科と造機科、唱術学科があるのよね。訓練場を使ってるってこ

 とは、ロクスって兵科の学生?」

「当たり。ティーク、詳しいな」

「ずっと昔から知ってるからね」


 と、ティークは少しだけ得意気になって言った。見た目も年齢も俺と大差ないが、記憶だけは遥かに長い時間を生きている。知っていて当然か――と、ぼんやり考えていた矢先に1時間目終了の鐘が鳴る。やがて、授業を終えたクラスメイト達が続々と訓練場から出てきた。

 教室を移動する生徒達の流れに逆らいながら進んで行くと、入口の正面階段に腰掛けている2人の姿が目に留まった。


「アーデン、おはよう」

「おはようございます、ロクス。今日も遅刻ですか?」


 出迎えたのは、幼馴染のアーデン・シューティア。

 今日は寝坊かと聞かれれば、久し振りに移動屋台のオヤジさんに会って話し込んでいたと、あいさつ代わりの軽い会話を弾ませる。

 いつもの調子でアーデンとのやり取りを楽しんでいると、左斜め上から左頬の辺りにかけてスッと影が落ち、同時に殺気にも似た鋭い空気が漂う。マズイ――そう心の中で呟いてから顔を上げると、兵科のガルデル教官がこれでもかというほど眉間にシワを寄せて睨みつけていた。


「あっ、教官。おはようございます」

「おはようございます、じゃない! 今何時だと思ってるんだ?」


 呆れ混じりに声を上げると、顰めっ面で腕時計の文字盤を叩いた。


「あははっ、すいません。砂漠の途中でエル・ロードがオーバーヒートしちゃって」

「ほぉ。その理由は昨日も聞いたような気がするんだが、気のせいか?」

「あれ、そうだったっけ?」


 わざとらしくおどけてみる。「まったく、仕方ねぇヤツだな」と文句を言いながらも許してくれると思ったのだが、やはり連日の遅刻が響いているらしく、教官はクスリとも笑わない。


「そ、そんなに睨まなくてもいいじゃん」

「昨日ついた嘘を憶えてないロクスが悪いんですよ。それより、今日は何をして遅刻を……」


 アーデンの言葉が不自然に途切れ、碧色の瞳は吸い寄せられるように俺の背後に隠れていたティークを捉えた。凝視にも近い眼差しを向けられたティークは、驚いて俺の背後に身を隠した。


「ロクス、その子は?」

「えっと。まぁ、遅刻した理由はこの子のことがあったからなんだけど」


 おずおず答えると、教官は「はぁ?」と声を裏返して俺とティークを交互に見つめる。教官の瞳はしばらく俺とティークの間を行ったり来たりしていたが、不意に何かを覚ったような顰めっ面を見せ、額に手を当てて深い溜息をついた。


「おいおい……サボリ癖のみならず、途中で女を拾ってくるようになるとはな」

「教官、猫拾って来たみたいに言わないでくれる?」

「同じようなものだろ。どう見ても、彼女はうちの生徒じゃない。どこで拾って来た? 何があった? 簡潔に説明しろ」


 と、教官は質問攻め。話せば長くなると、ティークとの出会いについてどこまで話すべきか迷いながら切り出したところで――


「きゃっ」


 と、背後から聞こえてきた驚き混じりのティークの声。嫌な予感がして素早く振り返った。


「やっぱり……」


 油断した。少し目を離した隙にアーデンがティークに急接近。困惑するティークの反応などお構いなしに、アーデンは彼女の手を握り締めて満面の笑み。何を隠そう、アーデンは〝口説き魔〟という厄介な持病がある。


「造機科のアーデン・シューティアと申します。君は? 名前、教えていただけます?」

「えっと、ティーク……」

「ティークですか、可愛い名前ですね。ティーク、もしこれから時間があるのでしたら、僕と一緒に」

「ご、ごめんなさいっ」


 暑苦しいアピールに堪えられるはずもない。ティークは握られていた手を振り解くと、慌てて俺の腕にしがみついた。

 拒絶されたのは一目瞭然。だが──


「ははっ、可愛いですね。照れてるのでしょうか?」


 と、本来ならショックを受けるような態度を取られたにも関わらず、アーデンは気にも留めていない。拒絶されたなんて、少しも気づいてはいないのだ。


「アーデン、いい加減気づけよ。嫌がられたんだぞ?」

「ん? そんなわけないでしょう。ちょっと積極的に近づき過ぎたので驚いただけだと思いますけど?」

「お前の接近戦に耐えられる女は滅多にいない。軽い割に暑苦しいからな」

「それは聞き捨てなりませんねぇ。僕のどこが暑苦しいっていうんです?」


 アーデンはムッとした表情を顔に貼り付けて頭をかく。その度に、毛先を20センチほど緑色に染めた少々風変わりな髪が柔らかそうに揺れた。

 可愛い子を見かけると声をかけずにはいられない口説き魔で軽く見られるわけだが、口説き魔に相応しく外見は申し分なく男前。目鼻立ちも整っている上に、少年のあどけなさと大人の色気も醸し出す美少年。おまけに成績も優秀で、実家はクライスドールの南部ガルサハッド領を治める貴族。


 誰もが羨む容姿と地位を生まれながらに持っているのだが、それらを帳消しにしてしまう難点がポジディブ過ぎる性格にある。要するに〝黙っていればいい男〟というわけだ。実に勿体ない。


「その勘違いな性格が治れば、お前相当モテるぞ」

「はぁ? 僕の性格のどこが勘違いだと?」


 仮にあるのだと言うのならば、ここで言ってみて下さいと言うものだから「全部」

 と、俺はきっぱり答えた。まさか即答されるとは思わなかったのか、アーデンはほんの一瞬だけ言葉を詰まらせた。


「……言っておきますがね、これでも女性にモテることに関してロクスより上だと思ってますよ? 声をかけてついてこなかった女性は1人もいませんから」


 相変わらずの自信過剰っぷりには呆れる。なぜ自分に欠点があることに気づかないのかと、俺は理解できず首をひねった。


「何言ってるんだ、1人だけいるだろ。声かけたら〝虫唾が走る〟って言われた本命がさ」

「うっ。そ、それはカウントに入れないで欲しいといいますか……」

「ははっ、特待生が聞いて呆れる」


 そんな二人の会話に教官の笑い声が割り込んだ。


「〝赤頭の楽天バカ〟と〝緑頭のマセガキ〟が特待生で、学年成績の一・二を争ってるんだから最悪だな。はははっ」

「教官、成績と赤頭は関係ねぇーし」

「外見と中身を一緒にしないでほしいですね。偏見もいいところです」

「ボクは一緒だと思うけど? 見た目通りのバカだ」


 あからさまに嫌味を含んだ声が強引に割り込んできた。

 登校早々に嫌な声を聞いてしまったと、苦々しい顔で溜息をつく。その横でアーデンは呆れ混じりの笑みを浮かべ、教官に至っては「またか」と言いたげな溜息をつきながら不精髭を指先で撫でた。


 嫌味をぶつけてくる面倒な人物はこの学園内にただ1人。振り向かなくてもわかるのだが、見たくないと思えば思うほど、ついつい見たくなるのもの。〝見るな〟という拒絶心に逆らいながら、俺とアーデンは振り返った。


「予想的中」


 俺は目を細めて軽く睨みつけた。

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