賽の河原エクストリームモード
さぼ・まん
賽の河原エクストリームモード
気が付くと、僕はとても大きな河原に立っていた。
でも、どうやってここに来たのか、何故ここにいるのか全く思い出せない。
「あれ?」
そこで、僕は自分のことについて何も覚えていないことに気が付く。今まで何をして来たのか、家族はどういった人物だったのか、色々思い出そうとしても、
ただ、そこに焦りのようなものは無く、家族のことを忘れたことに対して、僕はひどく申し訳ない気分になった。
「おおぅ、おめぇは新人かぁ。」
唐突に後ろから声が掛けられた。
「新人って、僕について何か知って・・・いるのです・・・か・・・」
声のした方に振り向き聞き返そうとしたが途中で言葉に詰まる。声を掛けて来た相手は鬼だった。
鬼、真っ赤な肌に
「ここは
賽の河原、そこは冥土に行く途中にある三途の川の河原で、親より先に死んだ子供はここで親を供養するために塔を建てるのだという。
そうか・・・僕は親を残して死んだのか・・・
「教えていただいてありがとうございます。僕はこれから塔を建てよう思います。」
普通なら自分が死んだことに戸惑いがあると思うのだけれど、不思議なことに僕は鬼の言葉に納得し、使命感のようなものを感じてしまった。きっと生前の僕は酷い親不孝者だったからなのだろう。
~~~~~
コツ・・・コツ・・・
河原にある小石を集め、ひとつひとつ積み上げる。
多少ぐらつくこともあるけど順調だ。もう
ズン・・・ ズン・・・
何か重い音が近づいて来る。
僕が建てている塔が音の振動で揺れ始めた。まずい!揺れを抑えないと!
「ああっ!」
慌てて塔を支えたが、力の入れ方が悪かったのか塔は根本から崩れてしまった。
気が付くと最初に会った鬼が背後に立っていた。
「おおぅ、まさがぁ歩いでちがづいただけでぇ、崩れるたあ思わなんだぁ。おめぇ、親の供養するってぇのにずいぶんどデキトーにづぐってんなぁ。」
僕は、はっと気が付いた。
ちゃんとした塔を作っていたならそもそもぐらつくことなんてあり得ない、崩れる兆候なんて何度もあったのに、順調だと思っていたなんて僕は馬鹿じゃないか。
こんな人が通っただけで崩れる塔を建てたのでは親に申し訳ない。
「ありがとうございました。おかげでもっといいものが作れそうです。」
「おおぅ、おめぇもがんばれよぉ。」
鬼は足音を響かせ去って行った。
~~~~~
コツ・・・コツ・・・カッ!・・・コツ・・・
前回の失敗を踏まえて、今回は石の形状に注意して積むことにした。
石の面と面がしっかりと接触するように、隙間が空かないように石を敷き詰めて積み上げる。形の悪い石は、石同士を叩き合わせて変形させ、積み上げる時も次に積む石の形状を考える。
前回と同じぐらいの高さになったが前回のようにぐらつくことは一度も無かった。今回はうまくいきそうだ。
「オオー、ファイ!オウ!ファイ!オウ!ファイ!オウ!」
どこからか声が近づいて来る。
「オオー、ファイ!オウ!ファイ!オウ!ファイ!オウ!」
ズシン・・・ズシン・・・ズシン・・・ズシン・・・
声が近づいて来るにつれて振動が伝わって来る。
塔を見ると振動に合わせて形が歪んで来ている。このままではいけない!
「くそっ!」
僕は必死で塔を支えたが振動によって石が動くのを抑えられず、塔は崩れてしまった。
「オオー、ファイ!オウ!ファイ!オウ!ファイ!オウ!」
ズシン・・・ズシン・・・ズシン・・・ズシン・・・
崩れた塔の横を鬼達が走り去って行った。
そして、以前もいた鬼がズシンズシンと足踏みをしながら残る。
「おおぅ、まだ崩れぢまっだなあ。まぁ、そんな風が吹いだら飛んでぎそうなぢみっごい塔じゃあしょうがねぇなあ。」
僕はまた、はっとなった。
そうだ、何で僕は小石だけを集めていたんだ。本当なら重い石を使って頑丈で崩れ難い塔を作るべきなのに、楽で作り易いからという理由だけで小石しか拾わないなんて僕は最低だ。
こんな運動している人が走っただけで崩れる塔を建てたのでは親に申し訳ない。
「あなたが走って来てくれたおかげで僕の何が悪かったのか分かりました。ありがとうございます。」
「おおぅ、まあ、がんばれよぅ。」
鬼は大きな音を立てて走り去って行った。
~~~~~
ズン・・・ズン・・・カッ!カッ!カッ!・・・
一抱え程の重い石を集めて僕は塔を建てる。
大きな石を叩いて形を整えるのは大変だったけれど、おかげで塔が僕の身長を超えそうなぐらい大きくなり、以前とは比べ物にならない安定感がある。
塔を建てているといつものアロハシャツの鬼が来た。
「おおぅ、ちぃっとこの辺で運動しでいってもいいがのぅ。」
「構いませんよ。ここは僕の所有地という訳ではないので好きにしていいと思います。」
僕は鬼の提案に同意を示す。この塔には以前と比べ物にならない重さがある。前回のように人が走り抜けるだけでなく、イノシシやウシが走っても崩れたりはしないはずだ。
「おおぅ、そいじゃ好ぎにさせてもらうっぞ。」
鬼はそう言うと塔から少し離れた位置で準備運動を始めた。僕も塔を建てる作業に戻る。
「ホゥッ!」
ズシーン!・・・ズリ・・・ズリ・・・
突然の地面の揺れに驚き、振り向けば鬼が
地面が揺れたのには驚いたが塔が崩れる様子はない。少々やりづらいが問題なさそうなのでそのまま作業を続けることにする。
「フゥッ!」
ズシーン!・・・ズリ・・・ズリ・・・
「ホゥッ!」
ズシーン!・・・ズリ・・・ズリ・・・
「ハゥッ!」
ズシーン!・・・ズリ・・・ズリ・・・
鬼が何度か往復した時、異変に気付いた。
「塔が、傾いている。」
今まで何ともないと思っていたが、鬼が四股を踏む度に
どうしようか考えあぐねている間も鬼は稽古を続けており、塔はその形を保てない程に傾いてしまった。
「ホゥッ!」
ズシーン!・・・ズリ・・・ズリ・・・
「いけないっ!」
崩れる塔の
「おおぅ、そげんな尻もぢづいてヒョロっちいのぅ。足ごし鍛えんばぁ。」
鬼の言葉を聞いて僕は自分の大きな過ちに気が付いた。
足腰を鍛える、つまりは土台の安定だ。僕は石の重さに満足して建てる場所の状態に見向きもしなかった。大きな見せかけだけで足元の浮付いた塔を建てるなんて僕はなんて軟派なヤツなんだ。
こんな相撲取りが近くで稽古しただけで崩れる塔を建てたのでは親に申し訳ない。
「ありがとうございます。僕も足腰の弱さに今気が付きました。」
「おおぅ、がんばれよぅ。」
鬼はガニ股のすり足で去って行った。あのまま家に帰るんだろうか?
~~~~~
ガッ!ガッ!ガッ!・・・ザザザザ・・・ゴン!ゴン!・・・
僕の腰よりも少し深い
穴を掘った時に水が湧き出して場所を変えなければいけなくなったり、岩が重くて持ち運ぶ時に転がす以外に方法がなくて苦労はしたけれど、それに見合った成果はしっかりと出ている。河原の石を簡単な道具として使う方法も覚えたし、塔を建てる技術は最初とは比べ物にならない程上がった。
塔の大きさは僕の身長の倍以上になっていて、まさに壮観だ。これなら相撲取りどころか近くでゾウがウサギ跳びで特訓を始めてもびくともしないはずだ。
「おおぅ、ぎょうも来たでよぅ。ぢょっど修行しでいぐでぇ。」
「ええ、もちろん構いませんよ。」
いつもの鬼が挨拶に来たのでいつも通りに応じる。
鬼は塔から歩いて離れて行き準備運動を始めた。僕は塔を建てる作業に戻ろうと思ったのだけれど何だか強い気配を感じて鬼の方を観察する。
「こぁぁぁぁぁぁ・・・」
鬼が両足を開き、腹の前で大きなボールを持つような構えを取って呼吸を始めた時、存在感が膨れ上がった。
なんだ・・・これは・・・
ゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・
膨れ上がった存在感に合わせて鬼の体から湯気のようなものが立ち昇り、怯えるように周囲の石が震えだした。
これは、気の力を高めているのか。
僕が見ている間も鬼の気は高まっていき、大きな石も揺れ始め、小石に至っては宙に浮き上がり出した。僕の塔も振動を始め、このままでは危ないことが伺える。
技術が上がったと思って
しかし、手持ちの道具や石では鬼の気の力には対抗できない。どうすれば良いと考える間にも鬼の気は高まっていく。
ふと、
「そうか、鬼と同じ力で中和すればいいんだ。」
鬼ができるのなら僕にもできるはずだ。僕は見様見真似で気を練り上げる。
僕の体の中で渦を巻くように流れる力を感じ取り、圧力を強く高めるように流れを強める。強くなった流れを鬼の方に流して鬼の気を中和する。
「おめぇ風よげしでっけど、塔がでぎだ後もそうする気がぁ。」
鬼の言葉を聞いて僕は頭に跳び
そうだ、僕は塔の部品ではないから永遠に塔を守り続けることなんてできない。塔自体を文字通り自立できるようにしなければいけないのに僕はなんて馬鹿なんだ。
僕は塔を守るのを止め、気の守りがなくなった塔は鬼の力でガラガラと崩れていった。
鬼の気はさらに高まって行き、目も
僕は下を向き、思い悩む。さっき気を使ってみた感じだと手から衝撃波を出して岩を割ったりできるだろう。けれど、岩の材質が変わったりする訳ではない。謎の剣術の達人とかが真剣勝負で気を放出しただけで塔が崩れてしまう。ここにある石では気の力に耐えることはできないが他に材料がない。これでは塔を建てることができず親に申し訳ない。
「おおぅ、おめぇ男のごだっだら下向いでねぇで前みんかぁ。」
確かにその通りだ。下を向いていても意味がない。当ては何もないが良い材料を探した方がまだ建設的だろう。
そう思い鬼の方を見た時、驚きで動けなくなった。
「人のがお見ていぎなりにやげてどぅしだぁ。」
「何でもありません。気を遣って頂いてありがとうございました。僕はもう大丈夫です。」
「そうがぁ、だっしゃでぐらせよぅ。」
鬼は放電現象のようなものを身に
「こんな簡単なことにも気付かないなんて僕はまだまだ視野が狭いな。」
僕は思わず呟いていた。
驚いた理由、それは鬼の見た目が変化していたことだった。天然パーマは針金のように垂直に逆立った筒状の髪型となり、サングラスは燃える炎のようなトゲトゲしい形に変化し、アロハシャツは極彩色の特攻服となっていた。放電現象とは違う意味でバリバリだ。
『無ければ創ればいい。』という簡単なことにも気付かないだなんて、僕はやっぱり馬鹿だと思う。でも、今ならどこまでも行けると確信できる。できないのならできるようにすれば良いだけなのだから。
~~~~~
私の所にお地蔵様が来たときもいつものように塔を建てていた。鬼の動きを参考にして石同士をセメント的な物で繋ぎ合わせているときだった。
「お嬢ちゃん、もう塔は建てなくても大丈夫じゃよ。」
「えっと、それじゃあ私はあの世行きってことですか?」
私は唐突に現れた地蔵菩薩様と思われる人に質問を返す。
「
「分かりました。私をそこへ連れて行ってください。」
私はお地蔵様についていくことになった。
「ねえ、お地蔵様。」
「なんじゃ?」
「あの子は連れて行かないんですか?」
私は気になった方向を指差して質問する。直後に・・・
ドガァァァァァァァ!!!
「こんな隕石が近くで衝突した衝撃波だけで崩れる塔を建てたのでは親に申し訳ない!」
とても大きな爆風が発生して少年の悲鳴が聞こえて来る。
「お嬢ちゃんと一緒にあそこに近づいたらお嬢ちゃんが危ないじゃろう?」
「障壁を強化して形状も風を拡散しやすいように鋭角的な形に!今度こそ!」
少年が何かを
「じゃあ私はここで待っていますからお地蔵様だけで連れてきたらいいんじゃないですか?」
「足もどの守りが甘いわぁ!
鬼が地面に足を突き立てると地面がひび割れて
「ワシは賽の河原の子供を連れて行くのが仕事なんじゃけど、あそこはどう見ても河原じゃないよね。」
「足元を
叫びながら少年は光のような物を放出して新しい塔を作り始める。
「でも、あの子は河原にいた子供ですよ。」
「温度ざの守りが弱ぞうじゃぁ!
鬼の左右の腕から
「はっはっは、あれを子供扱いしたらいかんじゃろう。あの少年はもう一人前の大人じゃよ。」
「こんな天変地異が発生しただけで吹き飛ばされる塔を建てたのでは親に申し訳ない!」
少年はまた塔を作り出す。
「ねえ、お地蔵様。」
「なんじゃ?」
「あの子がやってるみたいに透明な壁みたいなやつを出して近づけないんですか?」
「そんな人間離れしたことできるわけないじゃろう。」
「そうなんですか。」
お地蔵様にはどうしようもないみたいなので、私たちは鬼と少年が作る天変地異を背に極楽浄土へ行きました。
賽の河原だった場所、そこは三途の川の近くにある荒野で、そこにいる子供は気合いで塔を建てるのだという。塔を建てた後、何度も何度も鬼の謎な力で塔を崩され、その力の余波で少しずつ荒野が広がっているという。
―完―
登場人物とか余計なもの紹介
●僕
主人公の少年。年齢は小学校高学年ぐらい。
生前の記憶を失っており親の記憶がないから自分は親不孝者だったと思っている。自虐的な思考をしている癖にやっていることは前向き過ぎてブレーキが壊れている。
当初は仲間を集めて数の暴力で鬼に対抗する戦記物みたいにする予定だったが、主人公について来れる人物が想像できなかったので一人で突っ走らせた。「これは、気の力を高めているのか。」なんて冷静に分析する奴に普通の人がついて来れるはずがないです。
●私
途中から出て来た少女。年齢は小学校高学年ぐらい。
鬼と少年のやり取りを見て塔の建て方をちょっとだけ真似することができるようになった。少年とは違った意味で独特な感性を持っている。
地蔵菩薩に連れられて極楽浄土へ行く。
●
親より先に死んだ子供が行く場所。子供は親を供養するために河原の石で塔を積み上げなければいけないが、鬼に邪魔されるので完成させることができない。なお、この小説は全年齢対象なので、教育上の配慮のため子供と塔に対する直接的な攻撃は禁止されています。子供や人の物を壊すなどという野蛮な行為は、ダメ、ゼッタイ、NOタッチ!近くで運動して偶然壊れちゃうのは仕方ないよね!
●アロハシャツの赤鬼
真っ赤な肌に
●その他の鬼
モブの鬼、色も体型も色々ある。アロハシャツの鬼みたいに気を溜めて「ゴゴゴゴ・・・」とかできない。塔を崩すために走って通り過ぎただけという通行人的な出番しかなかった。まさにモブ鬼。普段は
●
こんな物に時間を割いて頂きありがとうございました
賽の河原エクストリームモード さぼ・まん @saboman
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