魔法少女シアンはいつも…。

@miyanoanone

魔法少女シアンは今日も…。

「あぁー!!もう嫌だこんな人生! 毎日毎日仕事仕事!! 休みは寝るだけ! しかも起きた時に謎の罪悪感に襲われる!何アレ!!」


終電も行ってしまった深夜2時のオフィスで、30代の男が一人、奇声を上げていた。


「社内は皆忙しくてピリピリしているから怖いし!? 怖いから更にミスを誘発しちゃうし!? これで更に怒られて委縮してミスが増えるエンドレス!!」


始末書とたまりにたまった仕事のファイルをデスクに積み上げ、誰も居ない社内で男は狂ったように叫び続けていた。

そしてー


「もうこんな世界なんざ、無くなれぇぇぇぇぇぇ!!!!!」

男はついに椅子から立ち上がり絶叫した。それと同時に男の皮膚や服には黒い染みが広がり、あっという間に男を黒い炎のようなものが包み込んだ。


シュウゥゥゥ…


燃え上がった炎は天井近くで広がりを止め、爆散した。そして男が居たはずのその場所には強大な“何か”が立っていた。


「ふははははは! 力が、力が沸き上がって来る…!」


大きな角の生えた頭に、青白く沢山の血管が浮き出た顔。真っ赤に充血した目をしたそれは高笑いをして天井を仰いだ。その姿はと声は僅かながら男の面影を感じさせる。


そしてそれはすぐさま掌から先ほどの黒い炎を出現させ、オフィス全体に発射しはじめた。

当たりは瞬く間に消し炭となり、デスクやパソコンで圧迫されていたオフィスは荒野へと様変わりした。


「なはははははは!!足りない!足りないぃ!世界を!世界を壊すんだ!!」


かつて男だったものは窓から繁華街に飛び出そうと駆け出した。しかし、


「待ちなさい。」


窓の淵に立っていた人影がそれを制止する。


「!? なんだお前は!」


「私は魔法少女シアン」


人影の正体は月明りでその姿を露わにした。大きなリボンのついたサイドテールの水色の髪、白い肌に聡明な顔立ち、全身の服は青と白を基調としたTHE☆魔法少女のそれだった。


「正直あなたの労働環境は把握しきれていないのだけど…魔法少女として倒させていただくわ。 くらいなさい、ピュアスターエナジー・ボルテージMAX!!」


魔法少女を名乗る少女は高らかに長い技名を叫んだ。刹那、彼女の手からは巨大な白い光の球が発射され、かつてただの男だったそれを燃やし尽くした。


「はっ早!」


少女の後ろから小さな魚のようなマスコットが顔をだす。


「下手に長引かせるとご本人の身体及び周囲への被害が広がるから。」


「それはそうだけどふつう最初からMAXパワーってでなくない?」


1人と1匹そんなやりとりをしていると、消し炭になったかと思った怪物が元の男の姿に戻っていた。気は失っているが目立った外傷は無い。


「寄生していた悪魔の魂は僕が回収してっと…さて、その人が目を覚ます前に早く帰ろ…

 っておいいいい!!!!」


マスコットキャラの目には男性を起こして事情を聴く少女の姿が映っていた。


「…そうなの、職場でそんなことが…。」


「う、ぐすっ…。ハイ、それで俺どうしたらいいか…。」

「ふんふん…。」


「いや『ふんふん』じゃねーわ!だめだよその格好で一般人に会ったら!」


「どうして?」


「この世界と魔法の国はその…てっ適度な距離感が必要なんだよ!!!!!!」


「そう…。(圧が凄い…。)」


「ほらさっさとあの男の記憶消していくよ!」


「で…でも私は…。」


「ちょっ、ちょっと待ってください!」


魔法少女らしき少女とマスコットキャラらしき物体のやりとりを静観していた男は、ついに間に入っていった。


「よく分かりませんが喧嘩はやめてください。オレもう大丈夫ですから…。最近何も上手くいかなくてイライラしてたんですけど、不思議だな…君と会ったら心が軽くなった気がする。辛い事もあるけどさ、やっぱりもう少し頑張ってみ…「ダメよ。」


男の言葉を少女は遮る。


「確かに悪魔の魂を取り除いて、あなたの暴走は止めることが出来た…。でもあなたを苦しめる根本的な原因…職場環境については何も変わってないわ。」


「はぁ…。」


「わ、わからないわ…。何をもって物事は解決したと言えるのかしら。労働基準法や働き方改革を推進する魔法は…ない…私、私は…」


少女は一人ぶつぶつ言いながら目をぐるぐるさせている。やがて


「ダメよ!私はこのままで終われない!」

「「ええ!?」」


「あなたは取り敢えず療養して!」


それだけ言い残して彼女は夜の空に消えていった。残された男とマスコットはただ唖然とするばかりだった。


                    ・

                    ・

                    ・

「———で?お前はまた凝りもせず、単身で敵の我が魔王城へやってきたわけだな?」

低いドスの利いた声が、兼山の様な山々の間にある漆黒の城の中で響き渡る。

最高層にあるその広大な広間は悪魔たちの長、魔王の部屋の一つであった。


悪魔達を率いて、日々人間界に潜む闇に付け込み悪の力を蓄える組織の長、ヘルボルス。

魔王らしい大きな角、グリーンアッシュの長髪のその男は眉間に多くのしわを寄せて単身やってきた魔法少女シアンを睨みつけていた。


しかしそんな魔王の凄みをもろともせずシアンは淡々と魔王に話しかける。


「あなたに聞きたい事があってきたの。あなた、どうして今回あの男の人を狙ったの?

‥‥もしかして、資本主義社会への警告…?」

「そんな訳ないだろ。」

魔王は思わず食い気味に答える。


「あのなぁ!人間一人の事情なんてこっちは知った事ではないんだよ!なぜなら我々の目的は人類の崩壊と魔界の繁栄だからなぁ!」


魔王の怒号が城内に響き渡る。しかしシアンは臆する様子も無くただその言葉を己の脳内に染み込ませていく。そして…


「崩壊(クラップ)と(アンド)建設(ビルド)…!真理への道は時として残酷…。あなたはその先導者になる覚悟があるということね!?」


「‥‥何を言っている?」


魔王ヘルボルスは魔法少女シアンの話が全く理解できなかった。


(愛と平和を極めるとこんなになるのか…怖。)


「と、兎に角。我は単に弱った人間を利用して、間接的に悪事を働いただけだ。正直そんなに深く考えていない。」


「そんな…」

魔王の率直な言葉にショックの色を隠せないシアン。そして同時刻、魔王の部下もその陰で(シンプルに言われるとなんかモヤるな…。)軽くショックを受けていたのだった。


シアンはなおも魔王に詰め寄る。


「しっ、私利私欲の為に他人を利用しても構わないって言うの!?」

「ああ。」

「酷い。」

「悪だしな。」


若干引いた顔をする魔王をシアンは哀しそうな顔で見上げる。


「酷い、酷いわ…。でも…」


数分の間シアンは視線を地面へと移し考え…そして口を開く。


「でも…この世の全ての理は結局“そこ”に収束するんじゃないかしら。そもそも根本的にこの世界は何かが何かに殺され、その輪廻で成り立っているもの。これは命あるものの本能…それを責めることは悪?つまり私こそが悪だという「お前のその思考は止められないのか?」

魔王はまたも被り気味で制止してしまった。そうしなければ一生終らない気がしたのだ。

しかし、魔王の制止よそにシアンは考えることを止めない。


「そもそも正義っていったい何なのかしら。知らない女神を名乗る女の人が『あなたは正義を重んじる魔法少女の適した少女…』とかいってこんな力を手に入れちゃったけど今考えるとその人が善人である可能性は確実なのかしら?寧ろ私の方が正義を振りかざす悪…?

…っ頭が!」


シアンは魔王の前で膝をつき、頭を抱えた。勿論魔王も周りも何もしていない。シアンが考えすぎて片頭痛になっただけに過ぎない。


「シアン――――!!!!」


シアンが蹲っていると、遠くから先ほどのマスコットキャラの声が聞こえてきた。因みに一応名前はフェアリーフィッシュである。


「ゼェ!ハァ!!遅くなってごめん!大丈夫!?ゼェ!ハァ!ごほっ!ごほ!!」


「ありがとうフェアリーフィッシュ…うっ…!」


シアンは再び頭を抱えてしまった。片頭痛はなかなか治らないものである。


「このぉ!!悪魔達め!シアンになにをした!」

フェアリーフィッシュは恐怖を感じつつも魔王たちへ食って掛る。


「いや、何も。」


「何かしたって言ってくれよぉおお!!!!!!!!」

魔王たちの無慈悲な返答にフェアリーフィッシュは泣く事しか叶わなかった。

もう何時間たっただろうか…、恐らくは30分程度なのだろうがその空間は永遠の様に感じられた。敵である魔法少女は単身堂々とやってきて、片頭痛で苦しみ、そのそばで魚に羽が生えた生き物(フェアリーなんとか)がむせび泣いている。悲しいかなこれはそこそこの頻度で見られる光景なのであった。魔王城までの道のりや魔物の敵などシアンを苦しめるには値しないのだ。彼女の敵はただひとつ、偏頭痛である。


「…あーもう!分かったよ、そうだよ、全部我の仕業だよ!」


魔王はやってられんという表情でついに口を開いた。


「我の凶悪なパワーで弱った人間を選定して暴走させて、お前の頭が痛くなる魔法をかけて、そこの魚…?は涙が止まらない呪いをかけたんだよ。

…つまりお前はその程度の弱い敵なんだ。そんなお前が今日、我が操った男を一人救って、幸せにした。」


シアンは俯いていた顔を上げ、魔王を見上げた。オレンジ色の目が夕日みたいで綺麗だと思った。シアンが魔王を凝視する中、魔王は更に続けた。


「今日1日、我はやっぱり世界征服出来なかったし、お前はお前で多分理想の世界には成らなかったんだろ。でも、我もお前も、1日戦って、生きた。

どんな高い理想よりも、結局それが一番大変で凄いだろ。」


魔王は自分が何くさいこと言っちゃってるんだろうと後悔と羞恥に苛まれた。なんだこれ、精神攻撃なのか。


顔を赤くし悔しそうに俯く魔王を見つめ、シアンはまた思案する。

魔王の言葉を一語一句かみしめ…そして


「ええ…そうね。やっぱり私、まだ弱虫みたい。あなたに会うと、いつも気付かされてしまうわ。」


そういって笑った彼女の笑顔には少しだけ涙が浮かんでいた。


「でもっ…私負けないから!いつか必ず強くなって、私の正義であなたに勝つ!

 絶対真の正義を見つけるから…待っていて!」


シアンはさっきまでの片頭痛が嘘のように爽やかな顔で、剣山のような邪悪な山々を忍びの様な速さで走り去っていった。

そのかなり後ろに泣きはらした目をしたフェアリーフィッシュが必死に追いかけていた。


「…なんかすっきりして帰っていきましたね。」

「あの剣山一応人間へのトラップなんすけどね…」


下っ端たちが口々に感想を漏らす。


「まぁ…、ともあれ追い払えてよかったですよね!」

「あいつらに魔王様の強さ示せましたし!(多分…。)」



「~~~~~~~良くない!!!!!!」

「え?」


「また人間を諭してしまった…。我魔王なのに…。」


皆の長である魔王ヘルボロスはシアンが来る時以外は決して見せない情けない泣き顔を部下達に晒し、独り落ち込むのであった。


「圧倒的力だけで蹂躙したいよぉ…!」


正義と悪の戦いは続く…!!

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