13.白雪姫とシンデレラ

 バルコニーに置かれた、ホームセンター園芸コーナーのような机と椅子。

 そこに腰掛けたまま、こちらをゆっくり振り返ったのは。


 明らかに仁科鉄雄ではない、長い髪と白い肌の女性。


「千中さん!? これはどういう!?」


 慌てて声を上げる松実に、高千穂は静かにするよう人差し指を立てる。目は彼女を見つめたまま。

 相手も少し慌てている。


「高千穂ちゃん以外にも誰かいるのね? あ、そ、それで、高千穂ちゃんはどうしてここに? 本当に久しぶりね、ねっ!」

「小弦さん」

「っ!」


 高千穂が一言呼び掛けただけで、小弦の言葉はぴたりと止まった。

 それも、肩をビクリと跳ねさせて。


「あなたは私が警察官であることをご存知です。そのうえで来客が私と知って取り乱している。ということは、何があったか理解してらっしゃいますね?」

「あぅ……」


 彼女がやや俯くと、高千穂は一歩静かに近付く。

 松実たちはというと、なんとなく動けなかった。


「しかし、最初私たちがバルコニーへ来た時。蒼さんではないかと勘違いもなさった。つまり小弦さん、あなた、全て知ってらっしゃるわけでもない」

「……そうです」


 また一歩小弦に近付く。


「蒼さんが、やってくれたから?」

「そ、そうよ、蒼ちゃんが。あっ、違うの。やったのは私なの。だけどそのあと蒼ちゃんが、『私に任せて』って。私、結局、そのあとのことは何も聞かされてなくて」

「分かっています分かっています」


 うまく言葉がまとまらない彼女を宥めているうちに、高千穂は目の前まで来た。


「それ以来蒼ちゃんと会ってなくて、いつまで経ってもこっちに来ないの。ねぇ高千穂ちゃん。湘南に、私のところに来たってことは、もう全て分かってるんでしょう? 蒼ちゃんは?」

「亡くなりました」

「えっ」


 高千穂は一切の間を入れなかった。

 何か焦っているのか、小弦に真正面から受け止める準備をさせないようにかは分からない。

 ただ、彼女はやはり何を言われたのか分かっていないような抜けた声を出した。

 それに合わせて、ではないだろうが。松実もようやく動揺に満ちた言葉を絞り出す。


「むしろなぜ小弦さんは生きて……?」

「蒼、ちゃんが……?」


 彼女は深呼吸をすると、ついてきた仲間を、それから小弦を見て静かに宣言した。


「全て、ご説明します。と言っても、これは私の推測でしかありませんが」











「この野郎ォ!!」


 蒼が痛む体を無理矢理跳ね起こすと、仁科も怒りを眉根に寄せる。


「抵抗する気かっ!」


 しかしその瞬間、意識が完全に他へ向いたことが災いしたのだろう。


「いやっ!」

「ぐふっ!?」


 暴れてバタつく小弦の足が、彼のあごをしたたかに捉えた。

 その一撃が脳を揺らしたのか。仁科の体は一瞬で力を失い、近くのタンスに後頭部から突っ込んでいった。

 そしてそのままノックアウトの様子。


「……」

「……」


 ひとまず、安心……?


 伸びた仁科を見て気が抜けた蒼。一気にアドレナリンが醒めて、体中の痛みに対抗する手段を失いかける。

 が、やはりここで、自分までダウンすることは許されない。

 弟と約束したのだ。小弦を守ると。

 彼女はまず小弦の安否を確認し、落ち着かせに掛かる。


「小弦ちゃん、大丈夫?」

「はぁ、はぁ……」


 枕を抱え肩で息をしてはいるが、まだ致命的なことをされてはいない様子である。


 間に合った。


 何より自身が安心した蒼は、ようやく仁科の方にも意識が回るようになった。


「頭冷えた? 悪さするからだよ、仁科くん。……仁科くん?」


 返事がない。

 不審に思った彼女は、彼の頬を軽く叩いてみた。

 すると、


「わっ!」


 喉の奥で潰れたような悲鳴が漏れる。そこそこしっかりした体が、力なく床へと崩れ落ちたのだ。


「ねぇ仁科くん。大丈……」


 蒼は完全に伸びている彼を叩き起こそうとして、


 タンスに着いた大量の血液で絶句してしまった。

 ぶつかった程度で、とも思ったが、飲酒と興奮の影響だろう。


「蒼ちゃん、どうしたの?」


 小弦が出し抜けに聞いてくるので、彼女はついを溢してしまう。


「いや、血が……」

「血!?」


 あ、しまった!


 しかし悔やんだってもう遅い。

 彼女に血の量が見えてはいないだろうが。

 だからこそ想像を膨らませ、半狂乱になる。


「鉄雄くん!? 鉄雄くん!!??」


 しかし当然、彼が返事をすることはない。

 重ねて小弦には、鉄雄が返事できる状態かどうかも見えない。だからこそ『返事がない=死』と結び付けてしまっている。

 もちろん見えている蒼だって、これが生きているとは思えない状態だが。


「う、嘘……。や……、いやぁぁ!!」


 両頬に爪が刺さるのではないか。

 そんな恐慌状態で叫ぶ小弦を、彼女はとにかく抱き締めた。


「お、落ち着いて、落ち着いて!」






 必死に彼女の頭を撫で、取り敢えずシャワーに放り込んだ蒼。一応カミソリのたぐいは回収しておく。

 それでも目を離すのは不安だったが。彼女はひとまず仁科を小弦の寝室から撤去し、血を掃除することにした。

 匂いが部屋に残っていては、せっかくシャワーで落ち着かせてもまた発狂してしまう。彼女は目が見えない分、他の五感は敏感なのだ。

 床やタンスの血を拭きながら、蒼は必死に考える。


 ど、どうしよう!

 いや、でも、守らなきゃ! 小弦ちゃんを守らなきゃ!

 私の義妹いもうとだから、翠との約束だから!


 昔見たバラエティで紹介されていたシミ抜きライフハック。

 何度も試してみたが、タンスの白木には微妙に血痕が残ってしまった。











「蒼さんはあなたを守るために工作をします。ここまでは間違いありませんね?」

「はい」


 ゆっくり頷く小弦。

 高千穂は向かいの椅子に腰掛けながら、優しい声で語り掛ける。


「ここからはあなたもご存知ないことが混じります……」











「小弦ちゃん。大丈夫だから、私に任せて。何もせずに座ってて、ね?」


 蒼は呆然とシャワーから出てきた彼女を丁寧に拭いてやり、寝巻きを着せた。長い髪もドライヤーをかけ、いてやる。

 それからホットミルクを飲ませると。小弦はおとなしくベッドに座り、ほんの少しだけ緊張を解き始めた。

 それを確認してから蒼は、彼女から離れた位置で携帯を取り出す。

 かける相手は


『爽』


 発信を押そうとして、指がビクリと止まった。


 待って。こんなことに、無関係な爽を巻き込むの?

 そんなこと、許されるわけがない……。


 スマホを持つ指が白くなる。

 しかし、


 でも、でも。

 私は小弦ちゃんを守らないといけないんだ。

 そう翠と約束したんだ!

 だから!


「ごめん、許して……!」


 蒼は目を閉じ、スマホを割れんばかりに握り締めて、

 発信を押した。

 なんなら出なくてもいい。断ってくれてもいい。聞かなかったことにしてくれてもいい。自首を勧めてくれてもいい。通報してくれてもいい。


 その方が、巻き込まなくて済む方が、私も気が楽かもしれない。


 彼女の捻れる内心を切り捨てるかのように。

 電話はすぐに繋がった。


『もしもし?』


 いつもの優しい声がする。

 瞬間、孤独に戦おうとしていた蒼の心は決壊した。


「もしもし!? 爽!? お願い、助けて!!」

『なになに、何事?』

「お願い! どこでもいいから、爽が持ってる別荘を貸して!!」

『別にいいけど、どうして?』

「全部説明するから……。だから、誰にも言わないで……」






「小弦ちゃん」


 電話を終えた蒼は、ベッドの上で膝を抱える小弦へ声を掛けた。

 どうやら目を離しているうちにまた、心細くなったようだ。


「蒼ちゃん」

「あのね? 今から外に出るから。ちょっと着替えるか、暖かい上着しっかり着込むかしといて」

「外に? 今から?」

「そう。私の準備が終わったら声掛けるから、ね」


 目の見えない小弦だが。首を傾げながらも慣れた動きでクローゼットへ向かい、上着を取り出す。

 それを見届けてから、彼女は死体を外へ運び出す。


 冬の豪雪積もる青梅。普通なら1分と外にいられない、人間を許さない温度だが。

 蒼の体は、むしろ手が付けられないくらい熱かった。

 逆に心は、一切の温度がなかった。


「恨まないでよね……!」


 山暮らしなのでノコギリや斧がある。それらを使って、仁科を解体した。

 バラバラにしたり、肉を骨から削ぎ落としてさらに細かくしたり。


 人間を許さない温度、というのなら。

 今の彼女は、小弦を守るという概念と愛情の。


 人ではなかったのかもしれない。






 一通り必要な作業を終えると。

 死体を少しだけ残して、あとはリュック二つになんとか詰め込んだ。

 いったん室内に戻る。


「小弦ちゃん」

「一応着替えたけど……」


 殺人を犯してしまった不安に加えて、状況も分からない。

 彼女は非常に困惑している様子だった。

 しかし蒼としても、これ以上刺激を与えないよう、伝える情報は選ばなければならない。


「じゃあ今からお引っ越しだよ」

「引っ越し!? そんなこと言われても困るわ! なんの準備もしてないし、この家を出るのも……」

「準備はいいよ。爽に頼めば、なんでも揃えてくれるから。この家を出るのは……我慢して。ここで翠を待ちたいのは分かるけど。あの子を待つためには、引っ越しが必要なの」

「でも、この雪の中、夜に山を下りるのは」

「大丈夫」


 蒼は彼女の両肩を優しく、かつ力強く握る。


「私がついてる。絶対に守ってみせる。約束する。だから、私を信じて」


 凜とした声が通ると、小弦はゆっくり大きく頷いた。






「じゃあ悪いけど、このリュック背負ってくれる?」


 屋外に出た蒼は、リュックを小弦の肩に通す。


「うっ、重いわ」

「ごめんね、我慢して」


 そりゃ仁科くんが入ってるんだから、重いに決まってる、とは言えない。

 せめて彼女にできるのは、胴体や頭が入っている重たい方を背負ってやるだけだ。


「いい? 私は絶対に手を離さないから、小弦ちゃんも絶対に離さないでね?」

「えぇ」


 蒼は片方の手でライトを持って足元を照らし。

 もう片方の手で小弦の手を引きながら、闇の中を分け入っていった。











「ようこそ」


 どれくらい過酷な下山をしただろうか。

 疲れ切った二人が麓に着くと、門前で重黒木が優しく出迎えてくれた。


「爽!」

「しーっ」


 彼は大きい声を出さないよう、人差し指を立てて見せる。

 だから蒼は言葉の代わりに思いっきり抱き付いた。


「蒼ちゃん? 急に手を離さないで。ここはどこ? 私はどうしたらいいの?」

「あぁごめんごめん。もう大丈夫だよ。目的地に着いたから。もう歩かなくていいし、リュックも下ろしていいよ。お疲れさま」

「そう? もういいのね? 疲れたわ……」


 小弦が下ろしたリュックを重黒木が拾う。

 彼は小弦に聞こえないよう、蒼の耳元で囁く。


「この中が?」

「そう、仁科くん」

「分かった。じゃあこれは明日湘南でなんとかしてくるよ」

「ありがとう」


 嫌なリュックの中身の話は早々に終わり、重黒木は車庫の方をチラリと見る。


「それで、明日は小弦さんを先に連れてっていいんだね?」

「うん。私はまだ残ってやることがあるから」

「呼んでくれたら迎えに行くよ」

「いや、いいよ。大丈夫」

「……ねぇ」


 彼は伺うような声を出す。そして、

 その次がうまく言えなかった。


 なぜなら、蒼が強い意志の宿った瞳をしているから。


 対する彼の瞳は揺れる。

 蒼も重黒木の様子に気付いたのだろう。何か言われる前に頬へ口付けをした。


「小弦ちゃんをお願いね? もし私が来なかったら……、お願いね?」











「こうしてあなたは蒼さんに連れられ、重黒木さんのお宅へ行き。翌朝彼によってここまで連れてこられた。間違いありませんね?」

「はい」


 ずっと不安げでしていた小弦だったが。

 今度ははっきりした声で頷く。

 まるで蒼の頑張りに、せめてもの感謝を示すように。


「じゃああの、二つの違う足跡は!」


 松実が思わず声を上げると、高千穂はいったん振り返る。


「仁科鉄雄と共犯者、ではなく。蒼さんと小弦さんだったんだよ」

「千中さんが重黒木さんの思いとおっしゃったのも」


 宮沢の呟きにも彼女は大きく頷く。


「彼も『小弦さんを守る』という蒼さんとの約束を守っていたんだ。そのためにいろいろ手を尽くし、偽証もした。だけど最後は彼女の名誉のため。彼女がちゃんと約束を守りとおした、と明らかにするため。協力してくれた」

「だから防犯カメラの映像が切られてたんだね」

「うん。あれは仁科鉄雄ではなく、蒼さんと小弦さんが映っていたから。彼は二人が生きていた事実を隠すために、そうしたんだ」

「単純に『家に来た』ではなく、『生きていた事実』ですか?」


 松実の疑問符に、警察サイドでばかり話が進んでしまうと考えたのだろう。

 高千穂が何か答える前に小弦が震える声で割り込む。


「あの、それで……。蒼ちゃんが亡くなった、っていうのは……?」


 その悲しげで、本音は聞きたくなさそうな声に、彼女は沈痛な面持ちで向き直る。


「それは……」











 蒼は小弦を抱き寄せると、耳元でそっと囁いた。


「ここからは爽が助けてくれるからね。いい子にしててね」

「いい子って、私そこまで子どもじゃないわ」

「……そうだね」


 返事の様子に、小弦も何かを感じ取ったのだろう。

 彼女は蒼に聞き返す。


「……蒼ちゃんは? 一緒に来るのよね?」


 その一言に、抱き締める腕の力がより強くなる。


「私は、もう一仕事あるから」

「すぐ戻ってくるわよね?」

「……もちろん!」


 蒼は力強く答えてみせた。

 ありったけの優しさと、嘘を込めて。

 彼女は心の中だけで呟いく。


 ごめんね。さすがにその約束までは守れないや。






 ほぼ人通りはあるまいが、万一放置している肉片を見られては困る。

 翠と小弦の思い出の家。汚したくない一心により外で解体作業をしたことが、今頃少し悔やまれる。

 蒼は山道を急ぎながら、自分のやるべきことを呪文のように反芻はんすうした。


 小弦ちゃんを守るには。

 小弦ちゃんが絶対に疑われないように。

 疑われたとしても、絶対に逮捕には話がいかないようにするには。



 小弦ちゃんが死んだことにするしかない……!



 最初は自分が犯人として身代わりで自首することも考えた。

 だが、翠が逮捕された時のことを考えれば、それは難しい。

 あの時小弦はただでさえ参っていたのに。

 殺人犯の配偶者という、報道的に美味しい立ち位置。連日マスコミに押し掛けられていた。

 そのうえ、今まで普通に知り合いだった人たちからも。敬遠や好奇、さまざまな視線に晒されて、完全に心を病んでしまっていた。

 他ならぬ蒼が心配になって、わざわざインターホンを切ったくらいに。

 そんな彼女が、今度は『義理の姉まで殺人犯』という世間の扱いに晒されてしまうと。

 もう分からない。

 それだけは翠との約束のために、どうしても避けねばならず。

 そのためにはやはり、誰も決して小弦を追い掛け回したり認知しない。


 つまりは死人や亡霊の類いにならなければいけないのだ。






 コテージに到着した蒼は周囲を見回した。

 どうやら誰かが来て肉片を見付けてしまった様子はない。

 一安心の彼女だが、一息つく暇はなくガレージに入る。


「買っててよかったよ。こんな最悪の備えになるとは思わなかったけど」


 バイクに付けられているガソリン携行缶を手に取り外へ。ちょうど昼間に中身を満載にしていたもの。

 そのまま蒼は仁科の肉片の前に立つと、ガソリンを大量に振り掛ける。


「ここで火をつけると確か、気化してるのに引火して。一気にになるんだっけ」


 まだ私まで燃えるわけにはいかないんだ。


 彼女は仁科から離れた位置まで、導火線のようにガソリンを細く撒く。

 そしてそこからも少し離れて、そーっと手を伸ばしマッチで火をつける。

 瞬間、光はあっという間にガソリン溜まりへ伸びていき。

 大きなキャンプファイヤーを形成した。


「仁科くん。せっかくだからね、悪いけど利用させてもらうよ」


 燃え盛る範囲を確認した蒼は、室内から小弦の財布を持ってきて死体のできるだけ近く。しかし巻き込まれて燃えてしまわない位置へ落とす。

 これを見極めるためにも、さっきのタイミングで一緒に燃えるわけにはいかなかったのだ。


「つまり距離的には、ここまで離れれば財布は燃えないわけだ」


 彼女は次に、自分の財布を適当に落とすと。

 そこから逆算した位置に腰を下ろし、



 携行缶の中身を被る。



 小弦ちゃんが殺されたってことに説得力を持たせるには。

 同居人の私も一緒に殺されていた方がいい。


 蒼はマッチ箱の中身を取り出した。

 寒くても、待ち受ける出来事にも、まったく体が震えない。

 無情なほど簡単に、細いマッチが摘み出せる。

 これなら着火も失敗しないだろう。



 翠……。



 ごめんね。こんな形だけど、精一杯約束守ったよ……?



 許してくれる?



 マッチをるシュッという音すら、炎の音に掻き消されて。






 降りしきる白雪の中、彼女はシンデレラ灰被りになった。






「以上が、おそらくの顛末でしょう」


 高千穂が語り終える頃には、小弦の顔は白雪ほどの色もない白さになっていた。


「そんな、そんな……」


 肩を、唇を、声を震わせて。それは冷たい雪の中で死んでいった人を想うような。


「あの足跡は……」


 松実も震える声で呟く。


「麓に向かう足跡は二人が一回行った分だけで。戻ってきた蒼さんが、もう一度山を下りる足跡はなかったっていうこと……」

「そうだね。でないと回数が合わない」

「身元が分かるように財布を置いたのは、自分の遺体であると分からせると同時に。仁科鉄雄の遺体を小弦さんと思わせるため……」


 宮沢は掠れた声を絞り出す。


「バラバラにしてたのだって。DNAの破壊以前に、仁科鉄雄の遺体がそのまま残っていたら。体格的に女性でないとすぐにバレる。そこを分からなくする意味でも、細かくしなければならなかったんだよ」

「遺体が外に放置されていたのは、亡くなったあとじゃ隠せっこないから、か……」


 咲良の声にも波がない。


「そして、小弦さんが先輩をずっと待っていた。みんなの大切な家を燃やしたくなくて、屋外で焼身自殺をしたから」


「どうして……」


 いくらそれが仕事であり正しいこととは言え。

 残された人を前に真実を細かく追求するなど、残酷の極みである。

 それに耐えかねたような小弦の声が響く。

 何も見えない目から、その代わりというように大粒の涙を机に落とす。


「蒼ちゃん! どうしてそこまでするの!? どうして死んだりするの!?」


 答えが欲しい叫びなのかどうかは分からない。

 だが、蒼のためにももう一度はっきり言っておかなければならない。

 だから高千穂は、静かに、丁寧に。

 小弦へ届けるように言葉を紡ぐ。


「あなたを、そして先輩との約束を守るためです」


 しかし彼女は髪を振り乱して首を振り、机を叩いて泣きじゃくる。


「だからってそのために! あんな寒くて暗い中、一人ぼっちで炎に焼かれながら死んでいったっていうの!? そこまでするなんておかしいわ!!」

「あなたを愛しているから」


 高千穂は席を立つと、取り乱す彼女の足元に片膝を突き。

 震える両手を、自身の両手で優しく包み込んだ。


「それだけ、そこまでして、何をしてでも。あなたを守りたい人がいる。そういうことです」

「う、う、うああああぁぁ……」

「……」

「……」

「……」


 もはや誰も何も言えず、小弦の悲痛な声が響く中。

 高千穂は目を閉じ、俯いた。

 しかし軽く首を左右へ振ってすぐに顔を上げると。

 両手を握る手に力を込めて、相手をまっすぐに見つめる。


 そして、彼女は静かに告げる。

 蒼や重黒木が約束を守ったように。

 自分も誓いを守るように。



「東郷小弦さん。あなたを傷害致死の容疑で逮捕します」

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