8.告解
『どういうことですか?』
『先輩はさっき電話で、「チンピラ殺す人なんかいるんだな」って言った。あの連中が末端とは言えマル暴の構成員なことは、先輩だって知ってる。そんな鉄砲玉、喧嘩にやらかし、抗争とかで。いくらでも同じ業界の連中に殺される可能性があることも、当然ね。なんなら普通は真っ先にそれが思いつく。のはずなのに……』
『「殺す人なんかいるんだな」ですか』
『そう。まるで一般人が殺したかのような言い方をしている。もしかしたらあの人は、犯人がどういう存在か分かっている。つまり、被害者を殺した人物かもしれない……』
もう口に出したからには。宮沢くんにも話したからには、先輩を調べないわけにはいかないよね。
私は先輩が勤めてる高校に向かったよ。
『すいません。警視庁から来ました、捜査一課の千中と申します。東郷先生とお話をしたいのですが』
『警視庁、ですか……』
『えぇ』
まったく。どいつもこいつも、人のことを「警察に見えない」って目で見るよね。
ん? 服装を変えろ?
で、私は先輩を聴取したわけさ。
『先輩。つかぬことをお聞きしますが、昨晩はどちらにいらっしゃいました?』
『えっ?』
一瞬表情が揺らいだから「怪しい」とは思ったけど。
先輩は淀みなく答えたよ。
『小弦と一緒に、ずっと蒼姉ぇのマンションにいたけど?』
「オレ疑われてるの?」すら言わない。自分にそう思う要素は何一つない、とでも言いたげな態度を即座に作って。
『そうですか』
もちろんこっちも「疑ってます」って顔は出してないから。その場はサッと引き上げてさ。
それで蒼さんの方を聴取して裏取り。
彼女の職場へ行ったけど、結果は当然
『ん? そうだね、十九時過ぎくらいから来て、ずっといたよ? めずらしく残業がなかったんだって。それでそのまま泊まってったし』
『それを確認できる何かはありませんか?』
『あるかなぁ……。んー、あ、そうそう。エントランスの防犯カメラにでも映ってるんじゃない?』
『はいはい。あ、それで。お
『えー? 普通にご飯食べて、お酒飲みながらおしゃべりして、テレビ見て……。特別なことはしてないよ?』
自分から防犯カメラの話を持ち出さずに、私が聞くのを待ってたのが手強いよね。
「何してた」って聞いても動揺せず、余計な誤魔化しも盛らず。
もちろん私たちは防犯カメラの映像を確認したよ。
『十九時七分、確かに東郷夫婦はエントランスを通ってますね』
『そして、それ以降朝まで出てこない』
『シロでしょうか?』
『いやぁ? そうとも限らない』
あのマンションね。エントランスを通らずに駐車場へ行ける、直通の階段があるんだよ。
そこから出入りすれば、防犯カメラに映らなくて済むんだよね。
さっきも言ったとおり、蒼さんの部屋は二階。下りる時、駐車場に急ぐ時にはエレベーターより階段の方が速い。
先輩も慌てて愛宕養菜を迎えに行った時は、階段を下りただろう。
そういう蒼さんの読みから出たアリバイ工作さ。
だからこその「早く帰っておいで。駐車場の階段から」っていうアドバイス。
難しいよね。「いやお前、そのアリバイは隙があるぞ」ったって、結局犯人である証拠はないんだし。
となるとあとは、「そのアリバイ、そもそも嘘だったぞ」しかないよね。
いろいろ考えたよ。「ここまで連携取れてるなら、事前に何か示し合わせてたのか」って通話履歴調べたり。
でも
『先輩あなた。この時間、蒼さんの家におられたのに、彼女へ電話掛けてますね?』
『あぁ、蒼姉ぇのスマホが見付からなくてね。だから音で探すためにちょっと掛けてみたんだよ』
『探すだけなのに通話なさったみたいですが?』
『見つかった報告を電話越しでしてたよ。すぐ近くにいるのに』
のらりくらり。
シンプルで情報が少ないからこそ、逆に転ばせようと脚を掛ける場所がないんだよね。本当困ったよ。
でもね。やっぱり世の中、完全犯罪なんてものはないんだ。
『先輩。こちらのワインボトル、見覚えはありますか? 事件当夜、あなた方が三人で飲んでいたとおっしゃったものです。そしてあなたは、「目が見えない小弦さんの代わりに、ワインを
『……いや、無理だな』
「一緒にお酒を飲みながら」
蒼さんは先輩から電話が掛かってきた時、実際に小弦さんとそうしてたんだろう。
だから余計な嘘でボロが出ないように、それをそのまま供述した。
でも結局それが
これでお終いかって? まだもうちょっとだけ続きがある。
先輩は罪を認め殺人罪で逮捕されたけど、問題は蒼さんだよ。
彼女も本来なら偽証罪に問われるわけだ。
わけなんだけど……。
『頼む! 蒼姉ぇは何もしてないじゃないか!』
『そんなことはありません』
『頼む! 頼むよ……! 全部オレの責任なんだ! 蒼姉ぇは悪くないんだ!』
『そうはいきません』
『そうだ、小弦だ! 蒼姉ぇまで捕まったら、小弦はいったいどうなるんだ!? 誰が小弦を守っていくんだ!?』
『ご両親がなんとかなさるでしょう』
『高千穂!!』
私だって本当は、誰も捕まえたくなんかないんだ。でも今回はどうしようもない。
そう思っていたら……
『先生は電話口で、「どうしよう」としか言ってませんでした』
愛宕養菜がそう証言したんだ。
私はぐらっときてしまった。だって、どうしたって蒼さんを無罪にはできないと思っていたところに。
ほんの僅かなチャンス、いや、チャンスに見えるものが出てきたんだ。
だから、だから私は……
『蒼さんは先輩から「人を殺した」とは聞いていません。私も取り調べに際して「殺人事件で」ということは聞かせなかった。だから蒼さんは、自分が「殺人事件に対する偽証をしていると知らなかった」可能性があります』
うん。無茶苦茶だよね。通らないよね、こんなもの。
でも私はこうやって自分を騙して、蒼さんのことは握り潰したんだ。
警察官にあるまじき行為。今まで人を容赦なく逮捕してきておいて、人としても許されない行為。
そのくせ結局幸せな家族は引き裂いて。小弦さんは殺人教師の妻としてマスコミに追われて病んで。
誰一人幸せになりはしない中途半端な嘘。
私は深い罪を犯した……。
「これが全ての顛末だよ」
高千穂は最後まで松実の方を向くことなく語り切った。
彼も窓に反射する表情を見ないようにした。
彼女はポツポツと言葉を続ける。
「あれ以来、私は誓ったんだ。二度と情には流されない。たとえこの先、どれだけ悲しい犯人と対峙したとしても。私は必ずそいつを逮捕するって。たとえ……大切な友達を守るためだとしても。愛する姉の仇を取るためだとしても」
それは自身の中にある決意を見つめ直すような言葉だった。
過去を思い出したからには、この誓いまで思い出さないと。心がどうにも
それになんと声を掛ければいいか分からない、しかし黙っているのも気まずい松実。
取り敢えず口を開こうとすると、
『間もなく~「
二人が乗り換える駅に到着するようだ。
松実の言葉は完全に塞がれてしまった。まぁ元から何か言う予定、言える何かはなかったのだが。
高千穂も今のアナウンスを機会と捉えたようだ。窓辺から体を起こしてピリオドを打つ。
「ま、そういうことやお」
やっぱり何も言えなかったので、彼も茶化して終わらせることにした。
それが一番いいのだろう。
「千中さん、『やお』ってなんですか『やお』って」
「うるせぇな。訛り、だ! よ!」
電車がプシューッと音を立てた。
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