7.彼女の悲劇、彼の悲劇

『助けてくださいって、どういうことだ?』

『それは……』






 愛宕養菜が言うには、こういう事件があったらしい。

 件の援交デリヘルの仲間の一人。彼女がチンピラ集団と、多対多でのお仕事をセッティングしたんだ。

 人数合わせに基本全員参加だったから彼女も行ったんだけど、

 そこで事件が起きた。


 仲間の一人がドラッグを盛られたんだよね。

 そのチンピラ、野良じゃなくてさ。暴力団の系統だったんだよね。

 それで手に入れるツテがあったみたい。

 愛宕養菜もその場では「あの子盛り上がってるなぁ」くらいで気付かなかった。だからその後も、そいつら相手に多対多でのお仕事はしてた。

 でもあの日以来。その子がセッティング以外でもチンピラのところに入り浸るし。おかしくなっていくもんだから。

 気になって問い詰めたところ、ドラッグのことが分かったらしい。

 当然怖いよね。チンピラじゃビビらなかった女の子たちでも、ドラッグなんて言われたら怖い。

 次は自分かも、いや、自分も気付いてないだけでもう……。


 当然彼女らはチンピラ集団と縁を切ろうとしたんだけど。

 向こうはそれを許さず彼女らを脅した。

 縁が切れたらドラッグのことで警察に駆け込まれるかもしれないからね。

 まぁ「脅しておけば警察に行かれないだろう」ってのも普通はおかしいけど。

 高校生相手なら効くもんだ。内容は知らないけど。必ず探し出してぶっ殺すとか、家に火ぃつけるとか言ったんかねぇ。

 とにかくそれで彼女らは縁を切れずにいた。


 でも、そうこうしているうちに。

 一服盛られた子が、ドラッグ中毒で廃人みたいになってきた。

 さすがに四の五の言ってられないよね。そういう経緯で愛宕養菜は先生に相談したらしい。

 こんなことなら地域課を説き伏せて、もうしばらく彼女を見張らせとくんだった。

 いや、ツベコベ言わずに虞犯ぐはん少年として補導しときゃあ……。






『もしも……』

『高千穂っ! エラいことんなった!』


 さすがに先輩は冷静だから、即座に援交仲間やチンピラと連絡断たせて警察。

 ていうか私に通報してきたよね。まぁ私は捜一だから話を担当部署に回す二度手間なんだけど。

 しかも実際は二度手間で済まなかったんだよね。


『えー? それ本当の話ですか?』

『そんな嘘吐いて私がなんの得をするんだよ!』


 前回の騒動で先輩が通報されまくって、散々迷惑掛けたからね。

 その話が広まってて、どこの部署も先輩案件を聞いてくれなくなってたんだ。


 それで対応が遅れているうちに、事件は起こった。






 その頃の先輩は、警察が動かないからってことで。

 自分で愛宕養菜のボディガードみたいなことをしていた。

 と言っても彼女の自宅への送り迎えだけど。で、家帰ったらもう外に出るなってわけ。


 でも、ある日それは起きた。


 荒れたことをする子には、荒れるだけの理由があるもんだね。

 愛宕養菜の両親は、家庭をまったくかえりみないタイプだったんだ。

 当然食事だって銘々バラバラ。親が作ってくれた晩御飯なんてものもない。彼女の食事は買い置きしてあるものを適当に食べる、ってな具合だった。

 で、その日は家に食べるものが何もなかったんだ。親が買い出し忘れて切らしてたんだね。

 それで愛宕養菜は、近所のコンビニへ弁当買いに行ったんだ。


 出前を取るとか、そういうことが思い付けばよかったのにね。

 もしかしたら「たまには散歩したい。コンビニの距離くらい」って思ったのかもしれないけど。






 先輩のスマホに連絡があったのは、二十時まえとかその辺だったらしい。愛宕養菜とメッセージアプリの連絡先を交換していたんだよね。

 先輩、その時ちょうど夫婦で蒼さんのマンションへ遊びに行ってたんだけど。

 文面を見た瞬間、吹っ飛んだそうだよ。


『先生助けて』


 彼女、コンビニ出たところで


 縁切った援交仲間たちと出くわしたんだ。


 向こうからしたら愛宕養菜はまぁ、裏切り者みたいなもんだよね。

「一人だけ逃げんなよツラ貸せや」状態で囲まれちゃった。

 最初は恐怖で「ついてこい」って言われるまま。逃げ出せないでいた彼女なんだけど、


『あんた一人だけ逃げたせいでさぁ? 向こうカンカンなわけ。私たちもそれで睨まれて大変なんだけど、分かる?』


 一人がスマホを取り出したの見て、頭の中が弾けたみたい。


「こいつら今からあのチンピラたちを呼んで、私に会わせるつもりだ!」


 って。

 そしたらもう恐怖が一周回って。その場から遮二無二走って逃げ出したんだって。

 で、追い掛け回されたりしているうちに、橋の下の土手にたどり着いて。

 そこから先輩に連絡したってわけ。


『待ってろすぐ行くから あと今からオレが行くまでスマホは通話状態にしとけよ』


 先輩は通報を蒼さんに任せて、自分は車で彼女を迎えに行ったんだ。






 先輩が言われた場所に行くと、愛宕養菜は無事でそこにいた。

 ただ、通報はまだ取り合ってもらえてないのか、警察は来ていなかった。

 まぁ実際にチンピラが現れたわけでもないし。電話取ったやつによっては、対応してくれないこともある。


 でも先輩が間に合ったんだから一件落着でしょ? と思うじゃん?

 そうじゃなかったんだ。


『お、養菜ちゃんじゃ~ん』


 ちょうどそこに、チンピラの一人も現れたんだ。

 いや、ちょうどって言うか、チンピラどもも普段から手を出す機会を窺っててさ。

 だから当然、先輩が送迎してるのも見てたわけね。


『センセの車走ってたの追い掛けて正解だわ。ドンピシャじゃん』


 彼らは案の定、援交仲間に呼び出されて愛宕養菜を探し回ってたんだ。

 で、たまたまバイク乗ってたやつが前述のとおりってわけ。


『愛宕っ! 逃げろ!』

『逃がさねぇよ!』

『きゃあ!!』

『やめろ!』

『邪魔すんじゃねぇよ先公! そこの川に沈めっぞオラァ!』

『うわっ!?』


 もうあとは大体予想がつくよね?

 そう、先輩はそのチンピラと揉み合いになって、


『クソがよ!』

『う、ぐ、く……、このっ!』

『がっ!?』


 倒されて馬乗りになられて、最後は落ちてた……

 あれ、なんで土手とかに行くと転がってんだろうね?

 うん、コンクリートブロックで


『あっ? え、あ……。お、おい、しっかりしろ! しっかりしろ……』


 相手を殺してしまった。

 正当防衛は……どうかな。確かにそいつチンピラらしくナイフ持ってたけど。ポケットに入ったままだったし。


『あ、あ、うわあああああ!?』


 先輩曰く、その時はもう脳内がすごかったってさ。


「左脳と右脳っていうのがあるなら。まさしく脳の半分では自分がことを把握して。もう半分では理解を拒否してる感じ」


 だって。

 まぁそれで脳がグチャグチャんなった先輩は呆然と、ほぼ無意識に電話したらしい。

 自分が一番頼りにしている人物へ。


『もしもし?』

『もしもし蒼姉ぇ。オレ……、どうしよう……』

『……分かった』


 蒼さんはそれ以上何も聞かなかったらしい。ただ一言、


『あとはお姉ちゃんがやったげるから。早く帰っておいで。駐車場の階段から』


 って伝えて電話を切ったらしい。

 それで先輩は愛宕養菜を自宅に送り届けて、あとは言われたとおり。

 さっさと戻って駐車場の階段から、二階にある部屋に帰ったんだと。






『お疲れさまです』

『はいお疲れ~』

『千中さん、警部補昇進後初の事件ですか』

『まぁそうなるね』


 翌日、その事件現場に私はいた。

 まぁ「先輩は私が逮捕した」って言ってたけど。


『最速で警部補になられたお手並拝見ですね』

『はいはい。ごちゃごちゃ言ってないで報告したらどうかね、宮沢くん?』

『は。被害者は……』


『以上です』

『ふーん。ま、取り敢えず報告しとくか』

『課長にですか? もう犯人の目星が!?』

『違うよ。このチンピラに最近おびやかされてた人』

『はぁ』


 もう先輩に目を付けたのか、って? いや、この時はまだ。

 ただ単純に被害者の名前が、聞いてたチンピラの一人と同じだったから。


 「チンピラが一人死んだんで、今まで以上に気を付けてください」


 って伝えとこうと思っただけだよ。

 だけど先輩は、本当に素直な人でね。


『もしもし』

『もしもし、高千穂です。今お時間よろしいですか?』

『朝のホームルームまで時間はあるけど、どうした急に』

『えーとですね。先輩の生徒に付き纏ってた、繋がりの集団いたじゃないですか』

『あぁ、いるな。……そいつらがどうかしたのか』

『そのうちの一人が河原で殺されてました』

『マジで!?』

『マジです。なのでちょっと気を付けてください。連中、仲間が殺されて殺気立ってる可能性があります。愛宕さんのことでも、今まで以上の暴挙に出るやも』

『そうかぁ……。いや、チンピラ殺す人なんかいるんだな』

『……そういうことです。ま、とにかくお気を付けて』

『あいよ。わざわざ教えてくれてありがとな』

『えぇ、では』


『……』

『どうかしましたか?』

『ねぇ、宮沢くん』

『なんでしょう』


 私はさ、今ので気付いちゃったんだよね。

 そしてそれは当たっていた。

 当時から私の捜査手腕は冴えていたからね。

 残念なことに。


『犯人はもしかしたら……、先輩かもしれない』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る