6.熱血教師と大問題児

 あれは私が警部補になっての頃。

 当時先輩は高校の教師で、姉譲りの気風きっぷのよさがある熱血担任。生徒からも親御さんからも評判の人物だった。

 それで請われて、別の高校へ移動した初年度だったんだよね。


 新年度の二年生クラス編成の時。

「東郷先生なら任せられるだろう」って一人の女子生徒が先輩のクラスに入った。


『じゃあまずは自己紹介から! オレは東郷翠。担当は物理で趣味は妻をでること! 特技は妻を怒らせることで日課は妻への謝罪とご機嫌取り! 苦手なことは妻にキレられるよりガチ泣きされること! じゃあ何か質問はあるかな?』

『はい先生! 奥さんネタ以外は何かないんですか?』

『陸上部顧問学生時代短距離関東大会ベスト8今現在はので朝のランニングもしていない以上!』

『何今の念仏……』

『はい先生! もしかしてその奥さまは、あなたの空想上の存在ではありませんか?』

『んなわけあるかい!』



『じゃあそろそろ次は、生徒諸君に自己紹介してもらおうか。出席番号順……はおもしろくないので、ズバーン!!』

『うわっ、なんだあれ』

『何そのダサい効果音』

『ビンゴのガラガラ持ってきましたー! 拍手!』

『おおー』

『うぇーい』

『もっと盛り上がれ! じゃあ記念すべき一人目は~……、1! 出席番号一番、浅井良平あさいりょうへいくん!』

『結局番号順じゃねーか!』

『先生モってねーな!』

『うるさーい! 一限目で自己紹介終わらすんだ、早くしろ!』



『ビンゴも残すところあと六人! さぁて、次は誰かなぁ~?』

『当たるな! って思ってたけどトリも嫌だ……』

『でも当たるのも嫌……』

『おぉっ! 出席番号二番! 愛宕養菜あたごやすなさん!』

『……』

『愛宕さん?』

『……愛宕さーん』

『チッ……』

『……』

『……愛宕養菜ですっ! みんなインスタフォローお願いしまぁす! 以上ですっ!』


 これが先輩と愛宕養菜の出会いだった。

 最初は舌打ちこそしたけれど。あいさつはハキハキと愛嬌があるし、見た目も別にヤンキーっぽいわけでもない。

 先輩はこの子が問題児だと、まえもって聞かされていたんだけど。正直その意味はよく分からなかった。

 せいぜい机に提げられた鞄がいいブランドだったから。裕福な家庭でチヤホヤ育てられて、態度がデカいとかか、ってくらい。

 だから初日が終わっての職員会議、先輩は早速聞いてみたわけだよ。






『諸先生方に確認したいんですが。あの愛宕養菜って子が問題児、ってことでいいんですよね?』

『え、えぇ、まぁ』

『何が問題児か確認したいのですが。というか、そもそもなぜ。内容自体は事前に言っておいてくださらなかったんです?』

『それは、その』

『確証がないもんですから……』

『確証?』

『えぇ』

『だとしても僕には、聞いておく義務があると思います』

『えぇ、はい、おっしゃるとおりです』

『そんなしてないで、パシッとお願いします』

『はい、はい、落ち着いて聞いてください?』

『はい』


『愛宕はおそらく、援助交際をしているのです』


『援交、ですか』


 しかもどうやら。別の高校に行った中学の仲間なんかとつるんでさ。

 売春グループ作ってたみたいなんだよね。援交してる連中で、デリヘル会社の真似事みたいなやつを。

 先輩は妙に納得行ったそうだよ。ブランドものの鞄。

 態度が悪いのを一瞬で飲み込み、即座に愛嬌を出せる媚びの

 ヤンキーや商売女っぽくはない、オジサマ方に受けそうな普通の女子高生感。

 そういうことか、って。


『本来なら退学の対象になる行為なのですが、なにぶん確証もなく……。そういう形の退学者を出して、騒ぎになるのも避けたいですし』

『何より、それで退学にしても。むしろ愛宕はそちらにしまうだけです! 彼女のためになりません』

『そうです! 東郷先生のおっしゃるとおりです! そういうわけで、愛宕にはどうにか穏便に足抜けさせたいのです』


 こうして先輩の戦いが始まったわけだ。






『もしもし』

『もしもし、高千穂?』

『先輩お久しぶりです。なんスか?』

『そう怖い声出すなよ』

『先輩が電話掛けてくる時は大抵、生徒が問題起こして? 地域課に話ねじ込まなきゃいけないときですからね』

『話が早い!』

ぁなこってす』

『頼むって! 生徒の未来に関わることなんだ!』

『私は捜一です。地域課に直接お電話ください』

『警官ってのはみんな、最初は地域課のお巡りだろ? なんか古巣のコネがとかさぁ』

『先輩の勤務先所在地は?』

品川区高輪しながわくたかなわ

『残念、そこの管轄は高輪署です。まるうち署で有楽町ゆうらくちょうの交番にいた私にコネはない』

『ま、待ってくれ! 別に高輪の周囲だけで収まっているとは限らない問題なんだ! むしろ丸の内みたいな繁華街で起きそうなことなんだ! それも物凄いサディスティックな!』

『グレッチでピザの具にするぞ』

『混ざってる混ざってる』


 結局協力したよ。おかげで先輩は愛宕養菜が援交している事実を突き止めた。

 でもそれで解決する相手なら……。

 最初から援交なんてしないよね。


 まず最初は先輩、まさかの援交相手と落ち合った瞬間に乗り込む! なんていう荒技に出たんだ。

 それで先輩が


『愛宕! もうこういうことはするな! 退学になるぞ! 人生めちゃくちゃになるぞ!』


 って説教始めようとすると愛宕は


『はーい』


 無抵抗な感じ。そうやって相手の気勢を削いで、引いたかと思えば翌日。


『東郷先生。愛宕が「先生に売春を持ち掛けられた。断ったら退学にして人生めちゃくちゃにするぞ、と言われた」と言っているのですが』

『えぇ!?』


 とんでもない逆襲が待っていたりした。

 これは地域課の警官が一部始終見てて、嘘だって証明できたからよかったけど。まぁ手強い相手だったわけだよ。


 でもそこからの先輩もすごかったよね。

 普通なら「面倒見切れるかっ! 勝手に退学でもなんでもなっちまえっ!」ってなるような相手をさ。

 見捨てるどころか、執念深く向き合った。

 あ、小弦さんとも結婚するまでも、それなりにフラれたらしいし。そういうのに燃えるタイプなのかもね。

 とまぁ、それはさておき、熱心だった。

 でもいくら説教したって、ヒラヒラかわされて状況は改善しないから、


『だったら夜の街なんか行かせなきゃいいんだ! そういう時間を与えなきゃいい!』


 って毎日放課後に面談。彼女がめんどくさがって逃げはじめたら校門で待ち伏せ。面談が終われば車で家まで送ったし、それを


『東郷先生に車内で体を触られました……』


 と言われれば


『残念! ドライブレコーダー内向きに付けてたんで証拠映像があります! そんな事実はありませーん!!』

『チッ』


 なんてもう、何がなんだか分からないギャグみたいな争い。休日なんかは一日中自宅前で見張ってたもんだから、ストーカーで通報されたこともあったよ。

 その頃には地域課も「もう援交の事実は判明したからな。あとは私立探偵にでも頼み。さいなら」。その後を知らなかったからね。

 私にもよくクレームが来たよ。「捕まえたら千中さんの先輩って件が多すぎる」って。


 でも、今思えば、警察が見ているべきだった。






 そんなある日の面談さ。先輩が椅子に座るなり。

 まだ何も言わないのに、愛宕養菜の方からこう切り出してきたんだ。


『先生、私、援交やめます。信じてもらえないかもしれないけど、本当にやめます』


 って。

 先輩も最初は新手の逃げ方かと思ったけど。

 真っ青な彼女の顔を見て何かおかしいと思ったらしい。

 なんでも


『あれで演技か特殊メイクだったら、映画やドラマの業界で食っていける』


 ってレベルだったとか。

 その愛宕養菜がさ、か細い声で言うんだよ。


『だから先生、助けてください……』


 って。

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