3.事情聴取

「ここが西城戸さんの勤めている会社ですね。株式会社タングステンボディ。プロテクターやウェアの頑丈さが売りみたいです」


 松実がメモを捲る。目の前には柵で切り取られた広大な敷地。前衛的なデザインの建造物があちこち立っている。


「いやぁ大企業だねぇ。工場でもないのに敷地が広い」

「西城戸さんはウェア開発部門だったそうです。あ、あと、臓器検温で被害者の死亡推定時刻が判明しました。昨晩の二十時から二十一時のあいだだそうです」

「そう」

「そう、って」


 二人は守衛に軽く挨拶をして、敷地内へと入っていった。






 ウェア開発部門応接室にて。部長の京本きょうもとという初老の男性が二人を出迎える。

 松実は席に着き、机を挟んで京本と相対している。

 が、高千穂はさっきから美術館の客みたいに室内をウロウロ。


「警察の方ですね」

「はい。自分が警視庁捜査一課の松実士郎。あちらが」

「千中高千穂です」

「警部補です。千中さん座ってください。ていうか、いつまでヘルメット被ってるんですか。失礼ですよ」


 京本は心が広いのか、高千穂のことは気にしないようだ。あるいは気にしている余裕がないのか。


「あの、西城戸が亡くなったとか」

「はい。お悔やみ申し上げます」

「お察しします」


 高千穂もそちらを見ずに言葉だけ挟む。


「事件、なんですか?」

「えーっと、それは」

「私はそう睨んでます」


 相槌は入れるあたり、高千穂もあれはあれで話を聞いているらしい。

 松実がペンを取り出す。


「ではさっそく、西城戸さんの人間関係と昨日の様子についてなんですが」

「そういうのに詳しい社員を呼んであります。奥でコーヒーを淹れているので、すぐ来ると思います」

「あのー」


 高千穂が壁のポスターを指差す。


「なんでしょう」

「この人、メジャーリーガーの」

「そうです。うちのウェアを練習着に愛用していただいているご縁で、広告にも。ファンですか?」

「うふふ、嫌いですねぇ。日本時代、贔屓のチームが苦戦したので」

「……」


 ちょうど微妙な空気を解くように、


「失礼します。コーヒーです」


 女性社員が到着した。京本が立ち上がって紹介する。


「こちらがウェア開発部門責任者の伊藤いとうです。なんなりとご質問ください」

「伊藤です。よろしくお願いします」

「ではさっそくですがね。西城戸さんの人間関係についてお聞きしたいんです。伊藤さんはどうでしたか?」


 ようやく席に着いた高千穂が、コーヒーを取りながら顔を覗き込む。


「私自身は仕事以上の交流はなかったんですけど。学生時代からの後輩だった、五木さん明石さんとは仲がよかったと思います」

「誰かと仲が悪いとかいった話は」

「社内では聞かないですね」

「そうですか。松実ちゃんメモ取ってる?」


 松実を肘で突つく。彼は五本目のスティックシュガーを入れるのに夢中になっていた。


「す、すいません」

「うふふ、では、西城戸さんの昨日の様子についてなんですが」

「出社したことは知っているんですけど……。現在関わっているプロジェクトが違うので、あとはなんとも」


 松実が高千穂に耳打ちをする。


「千中さん! 詳しい社員を呼んだっていうのに、全然要領を得ませんよ!?」

「うーん、そうだね。伊藤さん。五木さんと明石さん。あとプロジェクトメンバーの皆さんに合わせていただけますか?」

「それでしたら五木さんはプロジェクトメンバーでもありますので。ただ、明石さんは……」

「明石さんがいかがなさいました?」


 彼女は少し目線を逸らし、間を空ける。それからコーヒーを一口飲むと、ようやく高千穂に向き直った。


「ノイローゼで休職中です。ここ数日出社していません」

「おぉやまぁ」


 大仰に驚く高千穂を他所に、松実が質問を引き継ぐ。


「理由とかご存じですか?」

「あくまで噂なんですけど。西城戸くんと付き合ってて、DVでメンタルをやられたって」

「えぇ!? 聞きましたか千中さん!」

「聞いたよ。では伊藤さん、プロジェクトメンバーの皆さんに合わせていただけますか」

「多分プロジェクトの会議室ですね。ご案内します」






 廊下にて。会議室に向かう途中から松実は興奮気味である。


「千中さん! 絶対明石さんが犯人ですよ! DVを恨みに思って西城戸を殺害したんです!」

「そういうこと大声で言わないの」

「でも確定ですよこんなの!」

「仕事にも来られないほどの体調で、殺人なんかできるのかな」

「あー、確かに」


 高千穂は松実を黙らせるために、伊藤へ話を振る。


「えー、伊藤さん」

「なんでしょう」

「もう少し何か、西城戸さんについてご存知のことはありませんか?」

「何か、ですか」

「どんなことでも」


 伊藤はあごに手を当てて考える。


「えーと、そうですね。人を怒らせるようなことなら……ちょっとした遅刻癖がありましたね。と言っても十分十五分も遅れないし、なんですけど。だから怒らせるって言っても一般論で。今朝も、西城戸くんが来なくてもみんな、『今日の遅刻は長いねー』なんて」


 松実が慌ててメモ帳を取り出す。


「大らかな社風で、フレックスも積極的に導入してますから。周りはあんまり気にしないんですよ。五木さんを除いて」

「五木さんは厳しい」


 高千穂が聞き返すと、伊藤は軽く笑った。


「そりゃもう! 二分遅れれば鬼電するって、有名な話です。って、これはさすがに捜査と関係なさすぎますよね」

「僕も千中さんに鬼電しようかな……」

「着拒な」

「そんな!」


 伊藤が今度は苦笑いをしながら、ドアの前で立ち止まる。


「ここが会議室です」

「どぉも。あ、そうだ」

「なんでしょう?」


 高千穂は隣の部屋に入り、ドアから顔だけ出す。


「急に入ってチーム全体を驚かせてもなので。お手数ですが、一人ずつこっちの部屋に呼んでいただけますか?」






「五木さん。ちょっといい?」

「はい。なんでしょう」


 新開発ウェアの性能試験結果について話し合っていた絵梨に、伊藤が話しかけてきた。


「警察の方が、お話を聞きたいって」

「警察ですって?」


 あれから努めて昨日のことは考えないようにしていた彼女だが。警察が来ては否応なく心臓がきゅっとなる。


 動揺してはダメよ……


 自分に言い聞かせながら隣の部屋に入ると、


「どうも。捜査一課の千中高千穂と申します」

「同じく捜査一課の松実士郎です」

「そう、どうも」


 何一つ警察に見える要素がないヘルメット女と、何一つ冴えた要素のない小男。


 くみしやすそうね。


 絵梨は少し落ち着いた。


「私に何か要でしょうか?」

「西城戸さんのことなんですが」


 ヘルメット女が謎にニヤニヤしながら聞いてくる。

 しかし絵梨はギクリとした様子をにも出さない。


「先輩が何か」

「亡くなりました」

「え? 何、どういうこと?」


 まったく驚かないのは変だが、演技っぽくてもいけない。


 難しいものね。


 苦笑しそうになるのを堪える。


「簡単に言いますとね? 酔って夜の教会に侵入し、脚立から落ちて頭を打ったんです」

「そう……。『今日はまた随分と遅いわね』なんて思ってたら、そんなことに」

「それで亡くなった西城戸さんについて。二、三お聞きしたいことがあるんです」

「どうぞ」


 ヘルメット女は未だにニヤニヤしている。多分何か馬鹿にしているとか煽っているとかではなく、そういう人なのだろう。もしかしたら、これで相手の緊張をやわらげているつもりだろうか。


「まず一つ目なんですが。どなたか、西城戸さんに恨みを持っているような人物。心当たりはありませんか?」


 なんですって!?


 震え上がりそうになる絵梨だが、きゅっと手を握って堪える。


「……どうしてそんなこと聞くんですか? 話だけ聞いたら事故みたいだけど。まるで殺人事件みたいな質問じゃない」

「うふふ、私は殺人だと思う、いえ、確信しております」

「どうして?」

「いえね? 現場にある、被害者が落下して頭をぶつけたと思われるマリア像。普通なら倒れているはずのところ、倒れていなかったんです。また、遺体はビール瓶を握りしめていたんですが。これも脚立から落ちた衝撃で、手から離れていってしまうはず。なのに傷一つなく手の中に」 

「そうですか」


 まさかそんなところからバレるなんて……。


 思わず目眩を覚える。


「それで、恨みを持つ人物に心当たりは?」

「えっ」


 気が遠くなったところに声を掛けられて。絵梨は口から心臓が飛び出るかと思った。

 しかし、そんな内心は欠片だって悟られてはいけない。


「それに関しては……」


 ここで素直に小春と答えたら、彼女が容疑者になってしまうかもしれない。


「ノーですね。確かにちょっとクセがある人だから、敵はいたかもしれませんけど。具体的には知らないので」

「そうですかぁ。二つ目なんですが、松実ちゃんメモ取ってる?」

「取ってます!」


 小男は胸を張るが、


「当たり前なんだよ偉そうにするな」

「じゃあ自分でメモ取ったらいいじゃないですか!」

「あの、二つ目は?」


 なんか勝手にグチャグチャ話し始めたので、絵梨は話の流れを修正する。


 なぜ殺した私がこんなことしてるのかしら?


 なんだか変な気分である。


「あぁ、はいはいすいません。二つ目なんですが、昨日の西城戸さんについて。どこか変わった様子はありませんでしたか?」

「変わった様子? 特にありませんでしたけど。あぁ、仕事が終わったら同窓会に行くとは言ってましたね。それだけ」

「そうですかぁ、三つ目です。昨晩の二十時から二十一時の間、何をなされてましたか?」


 絵梨は喉がヒュッと鳴るかと思った。


「アリバイ確認……? 私容疑者なの?」


 するとヘルメット女は手を左右に振る。


「そんなまさか! 形式的なもので。関係者各位に聞いておかないと、あとで松実ちゃんが怒られるんです」

「僕!?」


 そういうことなら気にしないでおこう。いや、本心は分からないけど。それより気にして動揺が出る方がまずい。

 そう判断して気持ちを落ち着ける。そもそも彼女にはアリバイがあるのだ。


「そう。その時間は小春、同僚の明石小春さんのお宅に邪魔してました。十九時頃からいて、そのまま一泊して直接出社しました」

「あの、休職中の」

「はい。お見舞いも兼ねてね」

「いやー、アリバイがおありなら大丈夫です。もう安心してください。私も安心しました。あ、そうだ」


 ヘルメット女がポン、と手を打ってから人差し指を立てる。


「もう一つ質問よろしいですか?」

「どうぞ」

「今朝、何時頃西城戸さんに電話なさいました?」

「電話? してないですけど?」

「そうですか。ありがとうございます。行くよ松実ちゃん」

「あっ、はい」


 ヘルメット女は軽く頭を下げる。


「犯人は必ず逮捕しますので、どうかご安心ください」

「……期待してます」


 そのまま彼女は絵梨から視線を切ったので、絵梨も退出しようとする。

 そこに小男が自慢気に話し掛けてきた。


「本当に大船に乗ったつもりでいてください。あの人、変な人ですけど。『捜査一課のアイルトン・セナ』なんて異名を持つ名警部補です」

「何そのあだ名。事件解決が速そうですね」

「それもあるんですが。些細なことから容疑者を怪しんで、犯人だって決め打ちみたいな捜査スタイルなので。『いつか事故るぞ』ってことでそう呼ばれてます」

「大丈夫なのそれ? バカにされてるんじゃないですか?」


 呆れた声を出すと、小男は人差し指を左右に振る。


「でも犯人を間違えたことも、逮捕できなかったこともないんです」


 自分のことでもないのに、彼にはそれが自慢のようだ。馬鹿にしているのか慕っているのか。


「松実ちゃーん」

「あ、はい、すいません! もうお仕事戻っていただいて大丈夫です!」


 小男は慌てて紳士的にドアを開けてくれる。


「……『捜査一課のアイルトン・セナ』ねぇ」






 駐車場にて。ひと通り聴取を終えた高千穂は、ベスパのエンジンを入れる。


「じゃあ次は明石さんのお宅へ行こうか」

「それより千中さん、大変なことになりましたよこれは」

「何が」


 松実がベスパに手を掛けると、彼女は素早くその甲にビンタ。


「痛っ! ……同窓会ですよ同窓会! 被害者が同窓会に行っていたとなると! 容疑者は一クラス分増えるんですよ!?」

「あぁ、そんなこと」

「そんなことって!」

「それなら他の連中に任せればいいし。何より、私が思うに。同窓会メンバーに犯人はいない」


 高千穂は松実の方を見ずにベスパへ跨る。


「どうしてですか?」

「被害者の持ち物に携帯電話ってあった?」

「え? えーっとえーっと」


 松実がメモを捲るも、それを待たない。


「なかったんだよ。家に忘れたとか落っことしたとかじゃなけりゃ。おそらく犯人が持ち去ったんだろうね」

「そうなりますね」

「犯人がわざわざ殺した相手の携帯を持ち去る理由。考えられるのは、携帯の中に見られたくないものがある、とか」

「ハメ撮りですか?」

「退勤から同窓会、それから即抜け出したとしても。致して撮られて殺害、教会で偽装。時間はないね。そして君のそういうところは本当に気持ち悪いよ。考えられるのは……。携帯の履歴を見られると、自分が被害者を現場に呼び出したとバレるから」

「なるほど」


 高千穂はベスパを発進させずに腕組みの構え。


「同窓会の参加者が犯人なら、わざわざ証拠が残る携帯で連絡せずに。現場まで直接連れ込むなり、示し合わせて行くなりすればいい。だから携帯を持ち去ったってことは、同窓会とは関係ない、あとから被害者を呼び出す必要のあった人物が犯人なんだよね」

「ヤバい組織が被害者の携帯に入っているデータを欲しがったのかも」

「それなら松実ちゃんなんかとバディ組んでる私の手には負えない」

「そうじゃなくても負えないでしょ!」


 彼女はベスパのハンドルを握り、


「じゃ、さっさと明石さん家に行くよ」

「やはり彼女が一番の重要参考人ですからね」

「じゃあ現地集合ね」


 そのままベスパを発進させようとする。


「えっ、ちょっと待ってください。高千穂さんスクーターで行くんですか? 僕歩きなんですが」

「遅れたら罰金な」

「え? あ、ちょっとぉぉぉ!」


 無情にも、ベスパは遠く走り去っていった。

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