第4章 役目のおわり

第49話 マントの二人

 まだ大階段にいる3人、頭上のスマホには械奈。


「あなたのことを信用したわけではありません」

「どうぞご自由に、私は構いません」

「じゃあ何が望みですか? ヒトじゃないのに、私は機械の偽者なのに……止めろ! もう言わなくていい!」


 ベルと械奈の雑談が続く。珍しく笑い声を上げるベル。

 頭上のスマホに話しかける彼をじっと不思議そうに見ているイワウ。

 

 歌うように滑らかな声がどこか――2階から響く。


「あのー、世界の平和が保たれたようなんで、さっさと居室に戻らせてくれません? あとベルはそこで100回くらい呪文を唱えときなさい」


 興味はない、という感じで千早が言った。

 

「乱闘シーンが足りないんじゃない」「稽古がんばれー!」「イワウさん手ぇ振ってー!」


 管理人業務を思い出した械奈が各所の扉を開錠し、居室にそれぞれ戻ってゆく寮生たちが際り際、要望とか助言とか声援に似た何かを言ってゆく。

 3階の者の要望にイワウが応えると、あちこちから同じような声が上がってイワウは両手を振って見せた。

 新しい遊びかな? ――さあ?

 イワウの美しさを褒め讃える声には同意するほかない。

 布教が続けられていたら公民が増えてしまいそうだが、その心配はもう必要ない。 

 見れば、いつの間にか頭上のスマホは黒光りに戻り、代わりにラウンジの奥の壁に械奈が映って、場所を変えたベルと話を続けている。

 

「やっぱり男子が言うんだ、ベルが唱えるのは驚いたね、偽聖王にせいおう様の真似をしてか? 立派な公民だなあ、まあわたしたちはもう日本人だから関係ないけどね」


 呪文についてイワウに何か思い違いがあるような気がする。

 訓練をはじめて私は3日経っているから恋のことが彼女よりは少し分かっているのだ。


 陽が陰ったからか少し冷えてきたかもしれない。

 いつもと違って上下スウェットのイワウが両手で自分の腕を擦って寒そうにしている。

 

 ポケットを上から押さえて4人分の聖符があることを確認だけした。

 

 思い返してみると、寒い時には前をしっかり閉じて風が入り込まぬようにすればいいし、暑くなったら背負うように布を背中にまわしておけば済む、頭巾をかぶって陽射しを遮ることもできる。年中使えて機能的だ。

 日本ではみんな自分の好きな服を自由に選んで身につける。


 ――じゃあ私たちがマント着ててもいいんじゃない?


 思ったことを伝えると彼女は嬉しそうな顔をした。


  **


 休日のせいか、それとも騒動の後だからか、リビングが混雑していて私たちは結局大階段に戻ってきた。

 マントの二人――私たちは頭巾を被ったまま向かい合う。 

 彼女の頭巾は四角いスマホの形に沿って奇妙なふくらみをしている。


「やっぱりこの姿だと安心するよ」


 銀髪を見せながら言うイワウ。上下スウェットは布に隠れてほとんど見えない。

 

「聖王様……違った違った、久しぶりに見たからかな? もう聖王様じゃなかったな」


 マントを捨てようとしたのは数日前のことなのになぜか懐かしく感じる。

 イワウも同じような感覚なのかもしれない。

 口をもごもとと彼女は動かしてから、


「アスタ!」


 私の名を呼んだ。新しい呼び名である。アスタ、アスタ、アスタ? アスタ? 

 偽聖王にせいおう様が妙に言いやすかったからな、と呟いているイワウ。

 

 ――二人がマント姿のせいか、大階段がふたたび注目を集めはじめる。


 もう一度、私は聖符を確かめる。

 油性ペンではなく、表面に刻まれた名を指で撫でた。

 

 なんでもないような軽い感じで聞いてみてたほうがいいのか?

 いっそもう知らない振りをしておいたほうがいいかな?

 イワウの言いそうなことを思い浮かべてようと試みる。

 

 ――なんだわたしの聖符じゃあないか、もう要らないから放っておいていいデス。

 ――棺には名が記されてないからな、こっちに書いておいたのデス。


 違う。

 いつものように、いかにも彼女の言いそうなことを思い浮かべることができない。

 イワウは棺に魂を宿すはずであったし、聖符に名を記す意味がない。 


 指の腹が聖符の表面をやさしく滑る。

 ずいぶん前に刻まれたものに感じる。

 ポケットの中で聖符を強く握りしめる。


 マントの裾を引っ張られているような気がして振り向くと、幼いイワウの幻影がいる。

 彼女はにこっと笑ってから、じっと視線をこちらに向けている。

 握りしめた聖符を出して見せると、もう一度笑ってから、


 せ い お う さ ま


 声を出さずに口を動かして私の古い呼び名の形をとった。

 

 つ れ て い っ て


「アスタ、その階段はさっきちゃんと拭いたから大丈夫だよ」 


 どうしたの何をしてるの? という顔でイワウが言った。

 振り返ったらもう幻影は消え失せている。 

 もう一方の手で頭をおおう頭巾を私は払った。

 彼女の顔をよく見て、言うことをよく聞くためである。

 握っていた手を開いてイワウに差し出す。


「これを……」


 聖符を見た彼女は眼を細める。

 すぐに手の平の聖符を取ろうとした手を上から抑える。

 堅い聖符と柔らかな手。私は両手ではさみこみながら、


「イワウ、私たちは急ぎすぎているようだ」


 一層目が細められて青い瞳は上下のまぶたに隠れそうになる。

 

 何かを彼女は迷っている――

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