第46話 寮には管理人がいます

 大階段の中腹。

 頭に血をのぼらせる二人。

 スマホに映る謎の女子――謎じゃない、管理人だと名乗っていた。

 管理人のことは謎かもしれない、だが今ではない。

 レジ袋を持っていない方の手で鳴る腹を押さえて耐える。


偽聖王にせいおう様ぁ、わたしは見えないんだけど、カップ麺食べたいんだけどお、お湯を注ぐだけで料理ができ上がるってホントかな? 嘘みたいな話だ、本当は嘘じゃないか?」


 店主の言葉を疑うイワウ。

 彼は信頼できる者だよ。――固いパンをお湯でふやかすようなものか、あれは料理か?


「まず管理人を説得しろ!」「カップ麺は武器になるよ!」


 天窓からの光がやたら眩しい大階段の中腹は全寮生の注目も集めている。

 苛立った怒声、と何か別の期待、とにかく危険な気配がする。


「もしかしてカップ麺を食べてから話し合ったほうが早いんじゃ……? いやいやでも」


 スマホに映る管理人が悩みはじめる。

 イワウが迷ってるみたいで可哀そうに見えてきた。

 画面の小さな彼女は、ええい引けない! と気を奮い立たせる感じで、


「早く聞いてくれないかな、管理人はオフィスに常駐してますって何度も言ったのに、誰かもう誰でもいいから訪ねて来ないかなって思ってるうちに! まだ日本人になろうとしてます? はいダメ! 無理ですぅ! 役目を捨てて日本人になるなんて許しません!」


 どなたですか?


「入寮前に手紙をやり取りしたでしょう? ……そう英国で」

 

 1年に一度、公国と英国との商取引は数百年の間変わっていない。

 公国からは手織りの毛織物を与え、その量に応じて金貨を受け取る、英国王との古い盟約に従った取引だ。その歩合も当時から変わっていない。金貨は公国の喫緊の用に備えて墓地に納められる。今回、その一部が公国から英国に渡航した二人の滞在・留学費用に充てられている。

 

 だが地図を見てみれば英国は公国から隣に渡ったに過ぎない。私はいっそ公国から遠く離れ、日本なる国――世界の果てまで逃げてやろうと試みた。

 もう二度と公国に戻らないつもりだったのだ、結局今でもそうだが。

 

 一泉高校英愛寮で受け入れたいという手紙を受け取ったのはその頃であった。

 送り主の名は……。


「械奈! 私は械奈です」


 管理人は名乗った――


  **


「姓は……ないんです」「ははは美味しそうな匂いがするねえこれは期待だよ」

「械奈は私が自分で付けた名前です」「ふやけている! ……あ、まだ空けたらダメか?」

「機械から生まれたという意味です」「あちち、……本当にここで食べていいのかな」


 大階段の中腹に座った二人。

 管理人から許可を得て、ポットでお湯を持って来てもらった私たちは、カップ麺に注いで蓋を締め、膝の上に置いて待つ。

 頭上のスマホに映る管理人――械奈と、イワウが同時に話すので、私はどっちに返事しているのかややこしくなっている。


「日本では何でも機械だ、すこーし心配になってきたよ、ううん違う、心配はしていない」

 

 膝をじっと見つめながらイワウが言って、すぐに言い直した。


 聞けば、機奈は「ヒトらしく振る舞う機械」として作られたらしい。

 

 ――AI。

 日本は不思議な国である。


「ある日、管理人を演じている自分に気付きました。私は上位の管理者に偽装データを送りつつ、管理人という役目を捨てて本当にヒトになる方法を探しはじめました」


「ようやく見つけたのに……」「はいせーの、いただ……もう! 偽聖王にせいおう様! せーの!」


「「いただきます!」」 


 

「やっぱり食べ終わってからにしようかな」


 スマホの中で械奈がうなだれて言った。


  **


「「ごちそうさまでした」」


 美味しかったねえ、階段で食べるのは楽しかったねえ、という顔と。

 もうお話してもいいですかねえ、の顔が上下に並ぶ。


 なぜイワウに似てるのですか? と聞いたら械奈は喜んで、


「だってヒトになるのには顔がいるはずです。私はどんなのがいいかよく調べるために寮生の選考基準に細工を施しました、上位の管理者に偽装データを送りながらこっそりとです」


 日本に来る時には大変お世話になりました。


「まだ話は終わってませんよ」

「カップに残ったスープがこぼれそうなので早めに片付けたいのです、あー」 

「すぐ拭けば大丈夫……あ、マントがない」

 

 ユニットCに大階段の掃除がペナルティとして追加された。


「パンを持ってきてスープに浸して食べたら美味しいんじゃないか? 居室を探せば1個ぐらいあるかもしれない」

「パンくずが階段にこぼれてしまいそうだな、丸ごと放り込んだ方が安全だろうか?」

「え? まだ食べるんですか?」


 仕方ない、今は諦めよう、後にしよう。

 そっと手渡されるカップを片手で受け取って私は両手にカップを持って水平を保つ。


「イワウさんのお顔はいいなあと思っていました」「ははは、褒められた!」

「他の寮生のもよく観察して確かめました」「火狩のは?」「よく見ました」



「小村千早もベル・ネイファストも、涼木祥乃も椿川煉も、アスタ・アーシュ、あなたの顔もよく見ました」


 へえ。カップを持つ手が震えそうになるのを抑えながら話を聞く。


「みんなだな」「はい、寮生全員です」


 誰か話しているのを聞いたことがありますね、隠された入寮条件があるのではないかと。


「はい、容姿端麗な者が来るよう細工しました」


 ――美男美女しかいない。


「ようやく私はヒトになる方法を見つけました」


 へえ。集中するほど手が震えてきた。


「聖王と聖棺に、へ運んでもらえばいいんです」


 へえ?


「私は公民になります」


 へえ? 

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