第45話 どなたですか

 ピィイコーン、ピィイコーン


 昼下がり、ようやく寮に帰り着いた。エントランスでいつものように奇妙な鈴の音が鳴ると同時に堅木で造られた重厚な扉が開いた。

 仕組みは火狩たちもよく分からないらしいが、部外者は入れない。

 管理人どこかから見て確認しているのかもしれないな、と思ったら、

 人がいっぱいでラウンジを進むことができない。

 わずかに残る大理石の隙間に立つと、私たちの背中でエントランスの扉が閉まった。

 

「締まっちゃったよ」「あーあ」「もうっ!」


 振り返った寮生たちが叩いたり引っ張ったりするが扉は固く閉まったまま。

 人だかりと扉に挟まれて身動きが取れなくりそう。


偽聖王にせいおう様、ちがったちがった、アスタ! 言い間違えちゃうなあ、アスタアスタアスタ」 


 口をもごもご動かして決めた呼び名を馴染ませているイワウ。

 壁沿いに横に移動しながら前方に目をやると、白い壁が強烈な光を浴びているのが見えた――あれはプロジェクターの光、何かの画像が映し出されている。

 

 一泉高校の制服を着ている女子。

 大きな瞳は青い……。

 隣を見てイワウの横顔を確かめるうち、

 ん? という二つの瞳がこちらを向いた。ちゃんとここにいる。

 よく似ているが違う。

 壁に映るあの女子は誰だ?


「そろったから、はじめるよー」


 イワウに似た女子が管理人の声でしゃべっている。

 管理人なのか……? 何かのミーティングかもしれないな。リーダーの?

 イワウは呼ばれて……ないなら、まあいいか、私たちは急ごう。


 ちょっとどいてくれませんか!

 先に進ませてくれませんかあ!

 キッチンでお湯を汲ませてください!


 照明は落とされて壁だけが明るい。

 もう一つの明かり――天窓の光が筋となっている。

 昼下がりの太陽は少し傾き、窓からの光は大階段に差し込んでいる。

 人をかき分けて進んで、人の行き交う大階段までようやく来たが、2階も人で埋まっている。ぐっと握る片手に力がこもる。

 

 カップ麺をいただきたいのです!

 コンビニに寄って買い求めたのです!

 お腹が空いているのです!

  

 二人で交互に叫んでみたが2階の人は動かず、私たちは大階段の真ん中で止まる――

 

「ちょっと! 無視しないで、聖王アスタ!」


 管理人の声が私を呼ぶ。

 見渡すと、イワウに似た女子――階段に昇ったのでラウンジの壁はほとんど見えないが、彼女が動いて叫んでいる様子。 


 どなたですか? 


 階段の途中。手に持ったコンビニの袋と同じくらいの高さまで頭を下げてラウンジの奥をのぞき込んで聞いた。


「管理人です! 声! ちゃんと聞いて! 私の姿を見ても不思議に思わないですか?」

「イワウに似ているなあと、リーダーのミーティングでしたか? ……違う、では失礼」

「待って! 聖王アスタ! 待って止まって! 止まらないと給湯器の電源落とします!」

 

 ――空腹に理不尽。

 こみ上げる怒り。

 頭をずっと下げているので血がのぼってきただけだ。

 いや確かに私は怒っている。


「ラウンジに呼び出されたら居室のドアがロックされてみんな戻れないのよ」


 どこにいてもはっきり聞こえる特殊な声で小村千早が説明した。

 ラウンジもリビングも人でいっぱいなのはそのせいか。理不尽。


 ――大階段に行き交っていた人が1階か2階かのどちらかに去って私たち二人が残る。


「管理人殿、私たちは急いでいるのです、見て分かりませんか?」


 おお、っと危ない、ふらついてきた。

 階段を踏む足に力をこめる。 


「……二人とも顔が真っ赤になってるけど大丈夫?」


 イワウに似ている女子――管理人が心配の声をかける。

 横でイワウ本人が私と同じ体勢でふらふらしている。

 いや揺れているのは私の方か?


「じゃあ、こうだ!」


 ぶつん、と壁の光が消える――

 そしてイワウの頭上、今は、階段すれすれのスマホが点灯する――

 

「これで見えますか! 聖王アスタ!」


 イワウに似た姿の女子がスマホの画面に映る――

 彼女が話すみたいにラウンジに管理人の声が響く――

  

「聖王アスタかぁ、それなら言いやすいなあ」イワウがつぶやく。


 やっぱり彼女はゆらゆら揺れている――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る