第41話 ほのぼのした罪人たち
全身の痛むのを耐えながら授業を終えて放課後。
ひっこらひっこら、と奇妙な歩き方をして痛みを避けて寮に向かう。坂道がつらい。
イワウはずっと腹を抱えて笑っている。
ようやくたどり着いたラウンジ。
「ピンポンパンポン(声)、ユニットCのリーダーにお知らせです。今朝、許可なく大階段を占拠したこと、禁止された場所での食事を確認しましたので、ペナルティとして風呂掃除1週間追加です! ピンポンパンポン(声)」
横暴だ! 管理人の声が聞こえる天井に向かって叫んで誤りを示す。
「大階段は寮生は誰でも使用可能です、ご再考ください」
「ピンポンパンポン(声)、二人が大階段にいる間、他のユニットメンバーが観客を整理して実質的に大階段は使用不可能となっていました、ダメ! ピンポンパンポン(声)」
「大階段のことは分かりました。では禁止された場所での飲食というのは身に覚えのない濡れぎぃぬ、え?」
管理人とやり取りしながら無実を訴える最中、学ランの片袖が引っ張られる。
振り返ると、困り顔のイワウ。え?
階段の下――私が倒れていた辺りを指差す子ぎつね。
何かを拾い上げて顔を近づけ匂いをかぐような仕草。左右をそっと見渡してからさっと一つを取ると広げた口に持っていき、すばやく頬の中に詰め込むという一連の動作を見せる。今は空気で頬をいっぱいに膨らませて、おいしいねえの笑顔。お腹空いてたから一層おいしさが増すよの笑顔。……えっと床に私が倒れている時のこと?
「……誠に申し訳ありません」「「以後気を付けます」」
どこから見ていても分かるよう私たちは深く頭を下げた。
軽いペナルティで管理人が済ませてくれたことは恩情だろう。
作業にはすっかり慣れてしまって風呂掃除しないと何かそわそわしてしまうぐらい。
**
「灰色熊が2頭だね、森の中では一番会いたくない奴らだね」
翌朝の日曜日。天気は快晴。
ラウンジの白い壁全体が天窓の空を反射して青く光っている。
スウェット上下――私は火狩にイワウは千早に借りたものを着用した。二人は、ぼんやりとした明かりを大理石の上を特に意味もなくラウンジをぐるぐると歩いてまわっている。青白い光がやけに物悲しく見えるのは腹が空いているからだろうか。
日曜は食堂の休業日である。
鉄の枠が付いたガラス扉の奥は灯りが消えひっそりしている。
中の様子を確かめた後にイワウに場所を代わり、彼女も同じくガラスに額を当てて食堂を覗き込んでいる。
振り返った顔は険しい表情で、力なく首が振られた。
休業日だと分かっていても実際に暗いのを見るとがっかりしてしまう。
外寮時間:7時10分
帰寮時間:未定
外出者:石沢アスタ(C)、黒瀬イワウ(C)
目的:買い物
外出届を記入してから、私たちはエントランスをくぐる――
頭にスマホを付けているが、マントは羽織っていない。
大丈夫、今日は寒くないの顔をした。
陽射しは明るく、空気は暖まりはじめている。
雑木林で鳥がさえずり、小道を進む私たちは空腹ではあるが穏やかな気分になる。
やがて校舎が見え、前庭を横切った私たちは正門から長く続く坂道を下りはじめる。
既に知った道に足どりは軽い。
振り向くとイワウは斜面の道端にしゃがみこんで咲いたタンポポを見ている。
手を振って注意を引くと、
採って持って帰って食べるのはどう? という感じで彼女は手を振り返した。
「ゆくべき場所がある、先にそちらに向かおう」
再び坂道を私たちは下りはじめた――
頑丈そうな四角い平屋、一面は全体にガラスが張られて、色鮮やかな物品が陳列されているのが外からも見ることができる。
食品や雑貨を売る小型の店舗――コンビニ。
デカルトたちの姿は見えない。
店主に聞くと、ヤンキーたちはもっと遅い時間、いつもは昼過ぎぐらいから集まりはじめるらしい。
「これを! これが! ほしいじゅる!」
横から彼女が指差す。店主と私たちをはさむカウンターの脇には透明な箱が備えられており、こもる熱気が近づくと伝わってくる。店主がさきほど箱に入れた白くてやわらかそうな丸いものをイワウは指で示している。
「火傷しちゃいそうだからスマホのお嬢さんちょっと離れてねー、ごめんねえ、今入れたところだから蒸し上がるまで20分かかりますねえ」
困ったね。――待たせてもらおうかね。――どうしようかね。
などと電気ポッドの前で二人話していると、店主が、はいはいと慣れた手つきで紙コップにお湯を注いで私たちに手渡した。
「店舗内では飲食できないから外で待っててね、ごめんねえ」
連日連夜の営業での疲れを表に出さず周りへの気配りも忘れない。
小柄で太った身体の彼は、実は近衛兵長のように屈強な男なのだ。
店舗の外でしゃがみ、お湯をすする二人。
地べたに尻を付けると冷たいので腰を浮かせている。
天気は穏やかで日が上がって空気が暖められてきている。
同じ体勢のイワウが、お腹空いたとは違うことを言おうとする神妙な瞬きをした。
「何もこわがっていない、ってわたしは言った。嘘じゃないが、すこーし、すこーしは違うかもしれないな」
まだ思案するスウェット上下の彼女はひどく無防備に見える。
「偽者なんだからこわがってもいいのか? こわくないけども。
両手でもつ紙コップから立っていた湯気がいつの間にか消えている。
いつもと様子が違って見えるのは上下スウェットだからじゃないだろう。
立ち上がった私は、店舗に戻る直前でぬるま湯を飲み干し、新しくお湯を汲んで再びしゃがみこみながら、イワウの紙コップと自分のを交換した。
あちち。――気を付けて。
日本人になることを彼女はあっさり選んだわけじゃない。
迷いは常に傍にいる。迷いか?
私たちは罪人――3千4百と9枚分の公民を捨てた大罪人だ。
償うことのできないものを抱えている。役目と違った別の重みである。
もう一人の踊り手(罪)が、私たちの行進に加わっているのだ。
私は
――ふつうの日本人にはなれない
ビュルビュルビュル、ドゥン、トゥルルー、ドゥン、トゥルルー
どこか聞き馴染みのある重い低音が近づく――
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