第40話 アクションシーンです

 大階段の中腹。

 パンの袋を握ったイワウとまだ対峙を続けている。


「また殺陣やって!」「パンは武器になるよ!」


 観客から何かを期待されているが、危険な気配しかしない。

 以前、リビングでイワウとスマホを取り合って騒ぎになってから私たち二人は寮内で知られるようになっているからか、ラウンジからも各階からも大階段は見えるからか、多くの寮生が集まってきている。

 周囲を見渡してちょっと気分を落ち着けようとしたが効果はなく、笑みを浮かべるイワウの顔に戻って、こちらもにこっとして見せるぐらいしかできなかった。

 

 あそうだ! という顔をして彼女が階段を駆け上ってゆこうとして、いったん戻って、パンを私に預けた。そして手ぶらになった彼女が上りきって、2階リビングの人だかりをかき分けてゆくのが見えた。


 大階段に一人。片手にパン。

 妙に注目を浴びて、さあどうする? という圧を感じる。

 1階にいる千早たちと目が合った。手の甲を口に当てる。拳を作って指を広げる動作を彼女は繰り返して示した。歌え? 違うか……何か話せ、ということか。

 寮生を見渡し、私は声を上げる。


「私の名はアスタ・アーシュ。公国の聖王だ。公民の魂を運ぶ役目を彼女に捨てさせるつもりが、一緒に日本人になると言われて動揺している、正直にいうと迷っている。私の決心は何だったのか? 魔法の呪文を胸のうちで唱えるまでは固く決心していたのに。私はイワウと一緒にいたい。情けない……しかし情けない者であることをイワウに知られたくない!」

 

 2階で人が動きはじめる。イワウが戻ってくるので寮生が道を開けているのだ。

 現れた彼女は旅行鞄を持っている。両手で取っ手を握って慎重に階段を降りて来る。

 そして私と同じ段に至った。

 再び上半身を互いにねじって向かい合う。二人の間には旅行鞄が置かれた。底は階段に寄りかかって斜めに微妙なバランスを保っている。


「聖王様の声が聞こえたけど、何言ってたの?」

 大きく首を振って見せた。


「ああ、もう聖王様じゃないね、偽者の日本人、偽聖王様か、言いにくいなあ」

 何度か偽聖王様を繰り返して口に馴染ませようとしている。


「わたしももう聖棺ではないな、偽聖棺か、言いにくいなあ」

 何度か偽聖棺を繰り返して口に馴染ませようとしている。言う機会あるかな?


 独白で自分の心が少し整理できた。

 もう一辺声に出してやってみよう。


「役目のことは任せておけ、と言いたかった。イワウは日本人になればいいって、言いたかったが、一緒に日本人になると聞いたら私は嬉しかった。捨て切れないはずの役目がなぜか遠く感じる。ああそうか、捨て切れないと思ったのはイワウが果たそうとしていたからだ。一体私は何者なんだろう、偽聖王、はははは」


 理由は分からないが急に笑えてきた。


「公民には、千早や火狩にも恨まれるだろうが、私は偽者と言われてほっとしている」


 難しい顔をして口を細かくずっと動かしていたイワウがはっとして、


偽聖王にせいおう様! 偽聖王にせいおう様だね!」


 笑顔を見せて新しい呼び名を告げた。その瞬間に保たれたバランスを崩す旅行鞄。

 パンを持った手で受け止めようとする――袋の口を握った拳がつるっと鞄の角を滑った。

 もう一方の自由な手を伸ばす。届いたー、と思ったら異常に重い鞄に身体が引っ張られて両足が浮いた――


 鞄と一緒に階段を転がる。

 階段、鞄、階段、鞄、パン。大理石の床まで落ちて派手に硬い音が鳴った。

 着地の瞬間に鞄の口が開き、じゃらららら、と乾いた音を鳴らして中身の聖符が散らばる。

 背中で落ちて仰向けになった私を呼ぶイワウの声が聞こえる。


偽聖王にせいおう様! 偽聖王にせいおう様!」

 

  **


「別にいいんじゃない? 私は構わないけど、火狩は?」

「僕もそれでいい、二人が決めればいいさ」


 階段の落ちっぷりを寮生たちに褒められた後、肩を貸してもらいながら共有リビングのソファに辿り着く。ローテーブルを囲むユニットメンバー。

 役目を捨てることについて、3千4百と9枚分のうち2人は私たちを許した。


「他の公民だって同じようなものだと思うけど、あ、いいこと思いついた、公民に許してもらうために公国に行くのはどう? 私たちもついて行ってあげる、途中で英国のベルの家にも行ってもいいし」


 まあ、先の話だけどね、と千早は言って、


「明日は休みだから二人でどこか行ってきたら? ……どこかってそんなのどこでもいいじゃない」


 日本人の二人が休日を過ごす―― 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る